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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第7節] パジーロ王国>パジーロ城下町
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074. かんぱい!!

 なごやかなうたげは続く。


 しばらく談笑した後、ハッシュ王子は家臣の皆さんをねぎらうため、他のテーブルに移動していった。

 酔った仲間が、殿下に粗相そそうをしては困る――と、ターボフさんも、それに従って席を立っている。


 だから今このテーブルに着いているのは、吾輩たちパーティーと、ウィヌモーラ大教の二人だけになっていた。


「それにしてもすごいよね、ユッカちゃん」


 お腹がふくらんでいるキューイをなでながら、クーリアが言う。


「もちろん、ユッカちゃんが大地の女神の巫女だってことは知っていたけど、それでも、あんなに大きな精霊を、魔法でズバッと呼び出しちゃうんだもん」


 ヘゲテーゼンとの戦いで、ユッカちゃんはモザンゴアを召喚した。


 クーリアは、ソノーガ山脈への道中に参加していない。

 ユッカちゃんが大地の女神の巫女として、条件付きながらモザンゴアに認められた光景を、彼女は目にしていないんだ。


 あの雄々おおしい精霊獣を、小柄こがらなユッカちゃんが堂々と使役する姿は、クーリアにとっては新鮮で、また、十分に驚くべきものだったんだろう。


「私、尊敬しちゃったよ、ユッカちゃん」

「ま、まぁ、たいしたことはないのだ(えへへ)」


 賞賛するクーリアに、まんざらでもないユッカちゃん。


 確かに、この幼くも勇敢な聖職者がいなければ、今夜の宴を楽しむこともできなかったはず。

 吾輩の相棒が敬意を示すのも当然のことだね。


「でもワタシは、ここで立ち止まってはいけないのだ」


 クーリアの言葉に照れ笑いのユッカちゃんだけど、すぐに表情を引き締める。


「モザンゴアからの導きの啓示けいじ――ソノーガ山脈とは違うウィヌモーラ大教の聖地へ向かい、そこに住まう清き大地の精霊獣に、ワタシは認めてもらわなければならない。修行の旅は、まだまだこれからなのだ」


 自分の首にかけられているネックレスに、ユッカちゃんが触れる。

 口元には、さっきまで食べていたパスタのソースがついていて、やっぱりかわいらしくもあるけれど、それでも凛々りりしい巫女の顔をしていた。


「そっか……またユッカちゃんは、別の聖地を訪れなければならないんだね」


 大地の女神の巫女としての過酷な宿命を、第三者ながら、すでに知ってしまっているからだろう。

 クーリアは、少し悲しそうにつぶやいていた。


「大丈夫なのだ、クーリア」


 そんな吾輩の相棒の心の内を見抜いたように、ユッカちゃんが答える。


「ワタシは一人ではない。頼れる仲間と、ずっといっしょなのだから――なぁ、マルチェ?」

「はい、ユッカさま」


 巫女と従者――いや、妹と姉の、いつものやり取り。

 強くて温かい、二人の絆。


 ユッカちゃんがナプキンで口をぬぐい、不意に姿勢を正す。


「ワガハイ。ワタシたちは、そろそろパジーロ王国を出ようと思っているのだ」

「……うん」


 どこかあらたまった様子の彼女に、吾輩は、優しくうなずいた。


「この町の受けた被害は小さくないが、それでも、ここにいる騎士、憲兵、役人、それに多くの国民が、それぞれに力を合わせている。パジーロ王国は、彼らの国なのだ。だからワタシは、ワタシのやるべきことをやるために、次の国へ向かおうと思うのだ」


 ユッカちゃんの宣言を受けて、マルチェさんが続く。


「ここから西へ進み、大陸の西部沿岸へ出ようと考えています。そして、港を持つ国から、船で別大陸への移動を」


 どうやら二人は、このルドマ大陸を離れ、また新しい大陸に入ろうとしているらしい。


 ユッカちゃんとマルチェさんの当面の目標は、世界のどこかにあるウィヌモーラ大教の聖地を訪れ、残り二体の清き大地の精霊獣に認めてもらうこと。

 詳しくは知らないが、その聖地は当然、こことは別の地に存在しているのだろう。

 彼女たちがルドマ大陸を飛び出し新天地へ向かうのは、考えるまでもなく当たり前のことだ。


「西海岸の国々は、内陸部であるパジーロ王国とは違った文化が根付いているはずですし、海を有する地域ならではの素晴らしい景色にも出会えることでしょう。ワガハイさんのお口に合う、おいしい魚介類料理も味わえるかもしれません」


 いつになく流暢りゅうちょうに、マルチェさんが説明してくれる。

 表情は相変わらずだけど、どこか必死さすら感じられた。


 そして、しばらく無言。


 この妙な沈黙を破ったのは、ユッカちゃんの一言で。


「いっしょに来るか、ワガハイ?」


 それは、パーティーへの誘いだった。


「ワタシは、友だちであるお主が大好きなのだ。クーリアもキューイも大好きなのだ。だからこれからも、お主たちと旅ができたらどんなに楽しいだろうと、そう思っている。この国での出会いを、ワタシはずっと大切にしていきたいのだ」


 はにかむことすらなく、ユッカちゃんは真っ直ぐに、その気持ちを伝えてくれた。

 もう、こちらが恥ずかしくなるくらいに、堂々と。


「うれしいなぁ、そう言ってもらえると。私、聖地はちょっと怖いけど……でも、二人といっしょなら、おもしろい旅になりそう」

「キュイ、キューイ」


 クーリアとキューイは、そろって賛成の意思を示す。


「ワガハイさんが望むなら、いつでも、好きなようにしていただいて構いませんので」


 何やら胸を強調して、こちらにアピールしてくるマルチェさん。


「むっ、そういうのは困りますよ、マルチェさん」

「……わかりました。クーリアさんの前では自重じちょうします」

「わ、私の前じゃなくてもダメですっ」


 クーリアとマルチェさんの、反応に悩むような言い合い。


 こういうのは勘弁だけど、確かに、ウィヌモーラ大教の二人と旅ができるのなら、間違いなく退屈しない日々になるだろう。


 けれど、吾輩はずっと気になっていた。



『我が国は「公国」であり、私たち一族が治めてきた国家――しかし、私たちが持つ「公爵」という爵位は、とある王国の国王一族と血縁関係にあるという理由から、私の先祖が国土と共に与えられたものに過ぎないのです」



『……その王族の治めている国が、この「ベンデノフ王国」』



『ガレッツ公国が存在するこの大陸――「ルドマ大陸」最大の国家にして、大陸を事実上統べているベンデノフの影響を、ガレッツは無視することができない……現状では、どうしても』



『私は、ガレッツを「世界で」一番の国家にするのですよ? だからベンデノフなど、あくまで通過点に過ぎません』



 あの夜のガレッツ城、青髪の姫君の言葉。


 そして、



『私はこれから、ベンデノフ王国を目指さなくてはなりません』



『我が公国とベンデノフは、歴史的に関わりの深い国。私は特使として、先方で我が君主を迎えるための対応をしなければならないものですから』



『あの方は現在、おそらくはベンデノフ王国を見ています。このルドマ大陸の中心とも言える、あの大国を』



 その青髪の姫君が遣わした、あの元汚職役人の発言。


 何も起こらないかもしれない。


 けれど、何かが起こるかもしれない。


 何かが起こったとして、吾輩に何ができるのかなんてわからない。


 だけど、この大陸にとって大きな出来事が起きてしまうかもしれないのに、それを無視してルドマを去ることなんてできない。


 だから、吾輩は――。


「ごめん、ユッカちゃん……吾輩は、ここから北へ――ベンデノフ王国へ向かうよ」


 予想外だったのかもしれない。


「えっ……」

「キュイ?」


 クーリアとキューイは、きょかれたように固まった。


 何より、


「…………」


 マルチェさんが、意外なほど大きく肩を落としていて、何だか胸が苦しくなる。


 でも、ユッカちゃんだけは違っていた。


「そうか……うむ、わかったのだ」


 晴れやかな笑顔で、吾輩の答えを受け入れてくれた。


「ワタシたちは友だち。だから、またどこかで、必ず会えるのだ」

「うん、必ず」


 それだけで、ユッカちゃんはもう、すべてを理解してくれたようだった。


 もちろん、吾輩の考えを詳細に把握したわけではない。

 そもそも彼女は、あの青髪の姫君を知らないはずだから。


 けれど、そういうことじゃない。


 大地の女神の巫女として――いや、一人の旅人として、ユッカちゃんは、吾輩の意思を尊重してくれたんだ。 


 幼くも器の大きな彼女の快活さに、クーリア、キューイ、マルチェさんも、吾輩の判断に納得してくれた様子。

 お互いに顔を合わせながら、それとなくうなずいていた。


「じゃあ、あらためて『かんぱい』するのだ。大人なワタシは、こういうときにそういうことをするのを知っているのだぞ」


 山ぶどうのジュースが入った木製のコップを、ぐいっと高く掲げたユッカちゃん。


「……そうだね、うん」


 続いてクーリアが、ミルクの注がれたコップを手にする。


「キュイ」


 ドラゴンのキューイは、お皿に並べられた口直しの甘い木の実を、両手で胸の前へ。


「ほら、マルチェもやるのだ」

「はい、ユッカさま」


 いつもの感じで、マルチェさんもコップをつかむ。

 中身は、酸味の強い柑橘系果汁を砂糖水で割ったものだ。


「よし」


 吾輩も、紅茶のコップを『目線』の高さへ。


「ワタシたちの出会いと、これからの旅に――かんぱぁーい!! なのだ」

「「「乾杯」」」

「キュイーッ」


 こつん、という音を合図に、吾輩たちはまた、笑顔で語り合った。


 近づく、一時の別れを惜しむように。


 これからも続いていくであろう、この友情を確かめ合うように――。

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