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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第7節] パジーロ王国>パジーロ城下町
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072. 同郷の絆

 ラフマンが去った数時間後。


 吾輩は、先日ターボフさんと二人で訪れた、あの食堂に来ていた。


麦酒ばくしゅ、ここは五人前だ」

「こっちは、根菜のピクルス」

「私は、あぶり肉をお願いします。黒こしょう多めで」


 活気ある男性たちの声が、以前にも増して、店内に響いている。


 それもそのはず。


 貸し切りである今夜の客の八割は、国を支える働き盛りの忠臣たちなのだから。


「いかかですか、殿下。俺のなじみの店は?」

「え、あ、う、うん……な、なかなか独特な場所なんだな、ここは」


 ターボフさんの問いかけに、緊張気味のハッシュ王子が答えた。

 いくら王都にあるとはいえ、こういう庶民的しょみんてきな食堂を訪れた経験など、王族である彼にはないのだろう。


 しかし、このうたげの主催者は、何を隠そう、こちらの高貴なる少年だ。


「ワガハイくん、あの日はターボフさんと、ここで食事をしていたんだね」

「キュイ、キューイ」


 クーリアとキューイは、大半がお酒をたしなむ男性客であるこの空間にも、すぐになじんでいた。

 豪快な笑い声が響く店内を、興味深そうにながめている。


「なるほど。ここでワガハイは『ぱふぱふあんあんぽわわんげへへ』を楽しんでいたのだな、マルチェ?」

「はい、ユッカさま。ワガハイさんは、ここで『ぱふぱふあんあんぽわわんげへへ』を楽しんでいたようです」

「…………」


 先日は来られなかったからか、ユッカちゃんもまた、目を輝かせながら周囲を確認している。


 一方でマルチェさんは、天然なのか何なのか、吾輩としては沈黙するしかない適当な返答をしていた。


 食堂内の一角。


 吾輩のいる大きなテーブルには、クーリアとキューイ、ユッカちゃんとマルチェさん、ターボフさんとハッシュ王子がいる。


 他のテーブルには、オトジャの村から駆けつけてくれたトロールの皆さんや、パジーロに仕える騎士、憲兵、役人の方々がたくさん。

 お酒や料理を注文する声は、ほとんどが彼らのものなんだ。


 まだ飲み物も料理も届いていない中、ターボフさんがすくっと、席から立ち上がる。


「みんな。今日は我らが騎士団長でもある殿下が、こうやって俺たちに声をかけてくれたんだ。俺たちの夜遊びを、殿下にも楽しんでもらおうぜ――もちろん殿下は、俺たちとは違って、お茶とジュースでだけどな」

「「「「「「「「「「うぉーい」」」」」」」」」」


 ターボフさんの呼びかけに、四方八方のテーブルから野太い声が。


 おとなしそうな役人の方は別だろうけど、騎士や憲兵の多くは、休日にこういう場で息抜きをしているのかもしれない。


 パジーロ城下町は、先日の一件で少なくない被害を受けた。

 復興は進み始めているものの、国王であるベテック陛下の心労は、吾輩のような気ままな旅人でも、想像するにかたくない。


 それを、息子であるハッシュ王子が感じないはずはない。


 彼は、父親の気晴らしになればと、以前からひそかに興味を抱いていたターボフさんなじみの店を貸し切り、吾輩たちや家臣の方々を誘ってくれたんだ。

 この手の場所の方が、みんなが気兼きがねなく楽しめると、そう考えたのだろう。


 まぁ、庶民的な食堂を営むこちらの主人にしてみれば、王子が直々に訪れるなんて、さすがに想像もしていなかっただろうけどね。


 しかし残念ながら、この場にベテック陛下はいない。


 加えて、モルコゴさんもまた。


 理由は、ラフマンがもたらした『提案』にあるとみて間違いない。


 陛下とモルコゴさん、それと一部の上級役人は、あれから、城内の一室で話し合いを続けているようだ。


 ハッシュ王子の誘いにも、陛下はただ『楽しんできなさい』と返しただけなのだとか。


 言うまでもなく、あの巨大人の心臓タイタンズハートの処分や管理は、この国にとっての最重要事項。

 パジーロの未来を左右するものだ。


 息子の呼びかけに応じない父親の心境も、わからないものではなかった。


「殿下と巫女は果物のジュースで――って、おいおい!? ワガハイも飲めないってことは、このテーブル、むのは俺だけじゃねーか」


 ターボフさんが嘆く。


 クーリアとキューイ、それにマルチェさんも未成年だから、飲酒は禁止だ。


 年齢不詳の吾輩だけど、筋金入りの下戸げこなのは、もう言わずもがな。


「何だよ、つまんねーなぁ……今夜は、たらふく呑むつもりなのによ」

「呑み過ぎはいけないのだ――なぁ、マルチェ?」

「はいユッカさま、呑み過ぎはいけません」

「み、巫女に言われちゃ、さすがにかなわないなぁ……」


 肩を落とすターボフさん。


 お酒が大好きな彼としては、それもまた本心なのだろう。


「あーあ、せめてワガハイが、ちゃんと呑める男だったらよかったのによ」


 けれど吾輩には、ターボフさんがいつもより大げさに嘆いているように思えた。

 まるで、誰かからの指摘を待っているかのように。


「たとえワガハイさんがお酒をたしなんでいたとしても、ターボフが呑み過ぎていい理由にはならないぞ」

「き、厳しいことを言いますね、殿下……」

「厳しくなどない。騎士団長として当たり前のことだ」


 それはきっと、ベテック陛下やモルコゴさんが参加できなかったことで、ハッシュ王子が落ち込んだりしないように――つまりは、ターボフさんなりの優しさなんだろう。


「大酒飲みのターボフも、巫女と殿下の前ではタジタジだな」

「はははっ、違いない」

「いっそのこと、今日は禁酒にしたらどうだ、ターボフ?」

「それはいいですね。代わりに、僕たちがターボフさんの分までいただいちゃいましょう」

「もちろん全額、ターボフ持ちでな」

「「「「「「「「「「がははははっ」」」」」」」」」」


 別テーブルから大きな笑い声。

 立派な体格を揺らす、オトジャのトロールの皆さんだ。

 同郷の友人がやりこまれている光景を、からかいながら高みの見物――といったところかな。


「お、お前ら、調子に乗りやがって……今夜は、泊まっている部屋の戸締とじまりに気をつけろよ。子供の頃みたいに、そのでかいケツを蹴り飛ばしに行くからな。覚悟しとけよ、全員だからな」


 気のおけない仲間たちへ、ターボフさんが言い放つ。

 ちょっと手荒な物言いだけど、何だか、すごくうれしそうに。


 きっとこれが、彼らのきずなの証。

 幼少期から今日までの時間でつちかわれた友情が確かに存在しているから、みんな笑顔でいられるんだ。


 もしかしたら、ターボフさんの内心をおもんばかって、それで同郷の彼らは、あえて――そんな風にすら、吾輩には思えた。


 でも、ある意味で純粋すぎるユッカちゃんは、まっすぐ額面通がくめんどおりに受け取っちゃったみたいで。


「こらターボフ、友だちに乱暴なことをしてはいけないのだ――なぁ、マルチェ?」

「はいユッカさま、友だちに乱暴なことをしてはいけません」

「あ、いや……これは違うんですよ、巫女」 


 いきなりの注意に、ターボフさんは戸惑いを見せた。


「別に俺は、本気で宿に乗り込む気なんかないんですよ? ただ、久しぶりの城下町で浮かれている田舎者いなかものに、ガツンと言ってやっただけなんです。それにあいつらとは、もうくさえんでして。多少は……ご、強引なあれこれも、いわゆるスキンシップといいますか、その――」

「お前も、俺らと同じオトジャ出身だろーが」

「そーだ、そーだ」

「「「「「「「「「「がははははっ」」」」」」」」」」


 苦笑いのターボフさんに、仲間たちからのキツイ追い打ち。


「ちょ、お前ら!? 巫女と話している時にちゃちゃ入れるのは卑怯ひきょうだぞっ、反則だ!!」


 吾輩の『目』にも、今度のターボフさんは少し本気で訴えているように映る。

 ウィヌモーラ大教の信者である彼にとって、やっぱり大地の女神の巫女というのは、すごく特別な相手なんだね。


「たとえ本気ではないとしても、むやみに乱暴な言葉を使うのだってよくないぞ。できる限り、優しく上品な言葉を口にするべきなのだ――なぁ、マルチェ?」

「はい、ユッカさま。できる限り、優しく上品な言葉を口にするべきです」

「うっ……そ、それは、確かにごもっともで」


 ユッカちゃんの正論を前に、ターボフさんは白旗しろはた

 大きな体が、心なしか一気にしぼんでいく。


「「「「「「「「「「がはははははっ」」」」」」」」」」


 我らの勝利と言わんばかりに、別テーブルがまた、豪快に揺れた。


 すると、


「あは、あははははっ」


 トロールの皆さんにつられるように、ハッシュ王子が吹き出す。

 それは、腹の底からおもしろそうに。


「……殿下にまで笑われたじゃねーか。お前らのせいだぞ、まったく」


 ターボフさんがゆっくりと、その『腐れ縁』の友人たちへ視線を向ける。


「やっぱり今夜は、お前たち全員、きっちりシメないといけないみたいだな」


 その殺伐さつばつとしたセリフに合わず、


「あーあ、怖い怖い」

「これは、戸締まり要注意ですね」

「あいつのことだから、扉を壊してでも入ってくるぜ、きっと」


 言う方も言われた方も、なぜかおだやかな表情で――。


 やっぱりオトジャの皆さんは、いろいろと察していたんだなと、そう思った。


 だからそれとなく、彼に伝えてみる。


「あなたは素晴らしい騎士ですね、ターボフさん」


 こういうことを言われるのは、当人にしてみれば、やや恥ずかしいことなのかもしれないけれど。


「あの素敵なご友人たちの存在が、あなたが尊敬すべき武人であることの、間違いのない証明ですよ」

「な、何だよ、お前まで妙なことを……」


 案の定、ばつの悪そうなターボフさん。


「やめてくれ、むずがゆくなる」


 けれど、どこか誇らしそうに続けた。


「でもまぁ、そう思っているなら、お茶でも構わない――最後まで付き合えよな、ワガハイ」

「ええ、喜んで」

「ふっ」


 吾輩の答えに小さく笑ったターボフさんが、一際大きな声を上げる。


「俺に麦酒を頼む、でっかいうつわでな」

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