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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第1章 第2節] ガレッツ公国>イダの森
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007. 白いドラゴンの親子(1)

 淡い洋灯ランプの炎が示す方へ進んでいくと、ヒズリさんが声を上げる。


「着いた。あそこよ、あそこ」


 そこは、湿った木々の香りが強い場所。

 なだらかな土手のような隆起があって、苔の生えた岩の隙間から、細い水の流れが確認できた。

 周囲の植物が吸い取っているからなのか、局所的に溜まっているようなこともない。


 あれが、魔法水ってことか。


「何となく私、ちょっとした泉のようなものかなって思っていたんだけど……これじゃ、教えてもらわないとわからないね」


 クーリアが、素直な感想を漏らしていた。


「おそらくあの水は、この土地の地下水が湧き出ているものだよ。樹齢数百年単位の大木もあるだろう森の中を流れることで、潜在的に多くの魔力を含んだ水なるのかもしれないね」


 普通、月明かりを浴びたくらいで、何でもない水が魔力を帯びることはないはず。

 そもそも、そういった要素を備えた水だからこそ、魔法水に変化できるんだ。


「うん、今夜はいい月ね。二人のおかげで、すごく上質な魔法水が採れそう♪」


 軽く空を確認したヒズリさんは、吾輩が持ってきていた袋から空瓶を取り出し、慣れた手つきで採水を始めた。

 しばらくは、ここで待機だ。


 しかし――。


「……ん、どうかした、ワガハイくん?」


 森の奥を気にしていた吾輩に、クーリアが尋ねてきた。


「いや、さっきから少しね……この森には、何かがいるような気がするんだ」

「もしかして、さっきと同じ野犬?」

「ううん、そうじゃない。もっと……もっと、いろいろな意味で大きな――」

「あわっ!?」


 するとそこで、ヒズリさんの声。


 何かあったのかと、とっさに駆け寄ろうとする吾輩――まさか、認識できなかっただけで、また野犬が? 

 一瞬、緊張が走った。


 けれどそこにいたのは、荒々しい野犬なんかじゃなかった。


 驚きながらも、どこかクーリアは、突然現れたその姿に興奮している。


「あっ!? 見て見て、ワガハイくん。あれ、ドラゴンじゃない? ねぇ、ドラゴン♪」


 土汚れてはいるが、全身を覆う白いうろこからは、どことなく気品が感じられる。

 前足と後ろ足、それぞれ二本。

 背中から生えた翼を動かし、ゆらりと宙を舞っていた。


 クーリアの言うように、その姿は、確かに――。


 ドラゴン。


 幻獣と総称される種族の中でも、特に秀でた知力と戦闘力を有する存在。

 基本的に巨大で、場合によっては、小規模な村や町くらい、一体の成竜に壊滅させられることすらある。


 いくらクーリアが度胸のある女の子だったとしても、そんな相手がいきなり出現すれば、こんなに脳天気な態度を表すことはできないだろう。


 彼女が喜んでいるのは、


「キューイ」


 吾輩たちが出会ったのが、凶暴そうな成竜ではなく、小さく幼い子供のドラゴンだったからだ。


「う、うわぁ……私、ドラゴンって初めて。まさか、この森にいたなんてね」


 少し戸惑ってはいるみたいだけど、ヒズリさんもまた、目の前に現れた子供のドラゴンに感動を覚えているらしい。


「ほら、おいでおいで、怖くないよぉ」


 クーリアが優しく、白いドラゴンに呼びかける。


 けれど、どういうわけか、


「……え、あっ、ちょっと」

「キューイ」


 幼いドラゴンが興味を示したのは、なぜか吾輩。


「キュイ、キューイ、キュイ」


 吾輩の周囲を二周ほど回ると、被っていたフード越しに、首の辺りをすりすりと擦り付けてきた。


「あら、ワガハイさん。その子に気に入られちゃったみたいね」

「キュイーッ」


 まるで、ヒズリさんのセリフを肯定するみたいに、子供のドラゴンが高い鳴き声を出していた。


「えぇーっ、ずるい、ワガハイくん」


 不満を口にするクーリア。


 確かにこのドラゴン、小さくてとてもかわいらしい。

 吾輩としても、なつかれて悪い気はしないな。


 とはいえ、幼くともドラゴンはドラゴン。

 成竜になったときの大きさと力を考えると、かわいいだなんて、さすがに脳天気すぎる感想だけれど。


「王族や貴族の中には、特定の種族のドラゴンを飼育している方もいるって聞いたことがあるから、意外となついたりするのかもしれないわね」


 吾輩への幼竜の態度を見て、ヒズリさんが言った。


 アンデッドにゴーストやルワイト、スケルトンがいるように、ドラゴンというくくりの中でも、多種多様な種族がいる。


 ドラゴンは、吾輩たちと言葉を交わせる上級種と、そうではない下級種とに大きく分かれる。


 上級種のドラゴンにおいて、彼らには彼らのコミュニティーがあり、一般的には、吾輩たちのような種族と、今日に至るまで、あまり深く関わってきてはいない。


 他方で下級種の一部は、吾輩たちの社会で利用されていたりもする。

 ヒズリさんが口にしたのは、その一例だろう。


「キュイ、キュイ」


 この子は具体的に、ドラゴンの中のどういう種族なんだろう。


 言葉は話せないみたいだけど、これは幼いからなのか、それとも、単純に下級種だからか?

 ドラゴンの生態に特別詳しくない吾輩には、なかなか判断できない。


「ほらほら。そんな無愛想なワガハイくんより、私の方が優しいんだよ。さぁ、おいで、おいで」

「吾輩は無愛想なんじゃなくて、無愛想に見えるだけだってば、クーリア」


 のっぺらぼうなんだから、それは仕方ないじゃないか。


 心は、すごく優しいよ。


「キュイ、キューイ」


 吾輩が無愛想に見えるから――というわけじゃないと思うけど、幼いドラゴンは、クーリアの求めに応じて、その周りを飛行する。

 同じように数周回ると、小さな舌で、彼女のほほを軽く舐めた。


「あはっ、くすぐったい♪」


 かわいらしい行動に、クーリアの機嫌が直った。


 まぁ、いくら吾輩を気に入ってくれたからって、ほほを舐めたいとは、あのドラゴンも思わないだろうな。

 だって吾輩、ゴーストだし。


「二人がドラゴンと遊んでくれている間に、私は作業、作業」


 ヒズリさんはまた、採水に取りかる。


 その、直後だった。


 強烈な闘気と魔力が、一瞬にして森を飲み込んだ。


 まずい、これは――。


「クーリア、ヒズリさん、すぐにこっ――」



「グアォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」



 二人への吾輩の呼びかけは、けたたましい咆哮によってかき消されてしまう。


 月明かりが一瞬、その巨体で隠れた。


 風が乱れる。


 まるで、大地が揺れているみたいだ。


「っ……」

「あ、あぁ……」


 クーリアもヒズリさんも、息が止まってしまったように絶句。


 当然だ。

 夜の森の上空に突如として現れたのは、子供のドラゴンなんかじゃない――完全なる、巨大な成竜だったんだから。

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