071. 世界を大きく動かす力(4)
吾輩の問いに、ラフマンは、
「……ふふっ」
意味深な表情を見せる。
「閣下は私に多くを語らない。私はただ、与えられた役目を果たすのみです」
はぐらかされたか?
ならば、再度踏み込んでみる。
あれは、吾輩たち種族が不用意に扱うべきアイテムじゃないんだ。
「いいですか。巨大人の心臓は、あなたが想像している以上の力を秘めています。あれは間違いなく、平和な国や、そこで生きる国民の命を脅か――」
「しかし、今の閣下が何を考えているのかを推測することくらいはできます。元罪人とはいえ、これでも主席行政官。役人としての経験は、人並み以上にありますからね」
自らの肩書を誇るように、ラフマンは続けた。
吾輩の忠告など完全に無視。
耳を傾けてくれる様子もない。
「あの方は現在、おそらくはベンデノフ王国を見ています。このルドマ大陸の中心とも言える、あの大国を」
ベンデノフ。
『我が国は「公国」であり、私たち一族が治めてきた国家――しかし、私たちが持つ「公爵」という爵位は、とある王国の国王一族と血縁関係にあるという理由から、私の先祖が国土と共に与えられたものに過ぎないのです』
『……その王族の治めている国が、この「ベンデノフ王国」』
『ガレッツ公国が存在するこの大陸――「ルドマ大陸」最大の国家にして、大陸を事実上統べているベンデノフの影響を、ガレッツは無視することができない……現状では、どうしても』
『私は、ガレッツを「世界で」一番の国家にするのですよ? だからベンデノフなど、あくまで通過点に過ぎません』
やはり、ベンデノフか。
「私に与えられた仕事は当初、パジーロとベンデノフの国王に、閣下の新君主即位を伝えるという特命のみでした。これは、関係国に対する外交上の礼儀として、以前から行われていたこと。過去、主席行政官が使者として派遣された記録はないようですが、私の外交的な『顔見せ』を兼ねて選んでくれたのだと、そう理解できます。しかし、この町で起きた出来事を受けて、閣下は私に、巨大人の心臓に関する特別な言付けを指示された。これにより、単なる外交上の礼儀とは異なる『別の意味』が付与されたことは明白ですよね?」
確かに、慣習的なあいさつの場で、あそこまでの外交提案はしないだろう。
だとするなら、その『別の意味』とは?
「公国が大きく発展していくためには、通らなくてはならない『道』があります。そこには当然、厄介な『壁』もある……閣下は、いつか訪れるであろうその『壁』と対峙する日を想定しているのでしょうね。そういう意味において巨大人の心臓は、おそらく一つのピースになるはずです」
つかみどころのない抽象的な表現。
しかしラフマンは、イオレーヌさまが描いているガレッツの未来像を、おぼろげながら把握しているようだ。
「……そのために巨大人の心臓が必要だと?」
「どうでしょうかね? すべては閣下の頭の中にのみあることですから、正確なことは何も」
結局は煙に巻いてきたラフマン。
クーリアと同様、吾輩も彼を好きになれそうにない。
けれど役人としては、やはり優秀なのだろう。
饒舌なくせに、口を閉じるときは閉じる。
食えない人間だな、本当に。
「さて、すっかり話し込んでしまいました。そろそろ、おいとまさせていただきますよ」
仰々しく振り返り、従者を待たせている城門付近へと歩いていくラフマン。
高級そうな薄手の外套が、これみよがしに揺れていた。
「また、いつか――とはいえあなたたちとは、もう二度と会いたくありませんがね」
「…………」
「私だって、あなたの顔なんか見たくないんだからっ」
背中で捨て台詞を放ちながら、復権した元汚職役人は去っていった。
残された、吾輩たちパーティー。
「キュ、キュイ……」
キューイにしてみれば、クーリアを不機嫌にさせる相手がいなくなり、胸をなで下ろす気持ちかもしれない。
意外な展開ではあったが、こういう再会も、つれづれならない旅の中では起こりえること。
これが、吾輩や仲間たちに何をもたらすのか、今は誰も予想できない。
据わりの悪い空気の中、クーリアが口を開く。
「イオレーヌさま、何であんなやつを許しちゃったのかな?」
吾輩の相棒は、穏やかな姫君としてのイオレーヌさましか知らない。
為政者としての彼女を、リアルに想像することができないんだ。
「それに、巨大人の心臓まで……」
クーリアもまた、ヘゲテーゼンの強大な力を目の当たりにしている。
巨大人の心臓について、いろいろと思うところがあるのだろう。
答えになるかはわからない。
ただ、吾輩の考えを、それとなく言葉にしてみる。
「さっき、ラフマンが言ってたよね――この世界には、武力や魔力とは種類の違う力が確かに存在し、王族貴族はその力を競い、その力が世界を大きく動かしているって」
「……うん」
「自由気ままな旅人ゴーストには、根拠のない想像しかできないけれど」
断りを入れつつ、いぶかしい表情のクーリアへ伝える。
「一部の為政者は、その力を強く求める。その力を増大させる可能性のあるものには、何であれ手を伸ばす。それが目的のために必要となるなら、迷うことなく受け入れ、自らの糧にしていく……吾輩たちからすれば、ちょっと納得できない場合でもね」
時には善し悪しの判断すら飲み込み、あらゆるものを利用して拡大していく王族貴族たちの『世界』――彼らが覇権を争う戦いに、あの青髪の姫君は参加を表明したらしい。
「世界を動かす力を競う――というのは、つまり、そういうことなのかもしれないよ」
その知らせは今日、確かに吾輩のもとへ届けられた。
ラフマンという、因縁のある男との再会によって。




