070. 世界を大きく動かす力(3)
「……あなたのことだもの」
ここまでの経緯を理解したであろうクーリアが、またラフマンに詰め寄る。
「どうせイオレーヌさまを利用するだけ利用して、それでいつか裏切るに決まってるわ。そんなことをするなら、私はあなたを――」
「そんなことをすれば、今度こそ私は、本当に首を落とされますよ、お嬢さん」
諭すように、ラフマンが告げる。
「あなたが閣下をどこまでごぞんじなのかはわかりませんが、あの方は私の知る限り、最も恐ろしい為政者ですよ」
「……い、イオレーヌさまが、恐ろしい?」
「あなたのような少女には、そうそうピンと来ないでしょう。魔法は使えず、剣すら握れない――そこらの野犬に、すぐさま噛み殺されてしまうような若い女性が、私には、その白いドラゴンが成竜となって襲いかかってくるくらいに恐ろしいのです」
キューイを引き合いに出し、独自の表現をするラフマン。
そう語る彼の態度は、今までと、やや異なっていた。
「この世界には、武力や魔力とは種類の違う力が、確かに存在しているのです。王族貴族はその力を競い、そしてその力が、この世界を大きく動かしている。我が君主、イオレーヌ公閣下は、間違いなくその力を有しています。そうでなければ、いくら高貴な血筋の相手だとはいえ、身分が高いだけの小娘に仕えようなどと、私は考えません――まぁ相手次第では、あなたの言うように利用するだけ利用して、適当なところで裏切るのも悪くはありませんが」
「……じゃあ、イオレーヌさまに対しては違うって言うの?」
「ええ」
腑に落ちていない様子のクーリアに、ラフマンが答える。
「認めたのです、私は。あの方を、本物の為政者として」
そう、この目だ。
ベテック陛下との謁見時、ラフマンが一瞬見せたその瞳には、どうにも既視感があった。
吾輩は、その理由に思い当たる。
『イオレーヌさま……あなたが導くガレッツ公国に、永遠の栄光を』
サンドロさんだ。
自ら命を絶つ瞬間の、あの恍惚とした表情と同じ。
吾輩はラフマンに、公国の輝かしい未来を確信して自害した副騎士団長の影を見たんだ。
「あなたがどう思おうと、私は『賢い』。それゆえ、己の分はわきまえています。閣下を裏切るなど、土台私には不可能なこと。実行に移す前に、おそらく粛正されてしまいます。それならば、あの方の近くで、ガレッツを大きくしていく方が何倍も愉快だ。金と地位は、その過程で十分に手に入りますからね」
なるほど。
ラフマンもまた、イオレーヌさまに強く心酔しているらしい。
しかし、サンドロさんのような純粋で盲目的な忠誠ではなく、立身出世と自己保身という利害を有した打算的なそれ――であるがゆえに、ある意味でバランス感覚のある強固なもの。
元汚職役人にして現主席行政官、ラフマン。
人としてはとにかく、政治の右腕としては、確かに最適な男だ。
彼を引き上げたのも、やはりイオレーヌさまの才覚がなせる業なのかもしれない。
「以上が、私が現在の地位を拝命した経緯と理由です――おわかりいただけましたか?」
「……ええ、十分に」
「よろしい」
吾輩の了承に、ラフマンは権威を示すようにうなずいた。
「ふんっ。ガレッツの上級役人になれたとしても、あなたなんか、またぜったい悪さをして、それで今度こそ本当に捕まっちゃうんだから」
言い捨てたクーリア。
不満はあるだろうが、とりあえず彼女も受け入れたらしい。
対する主席行政官は、わずらわしそうに鼻で笑うだけ。
うるさい小娘だ――と、まるで顔に書いてあるようだった。
細かな点はとにかく、ラフマンの処遇に政治的な力が働いているであろうことは、説明を受けるまでもなく予想できた。
そうでなければ、投獄された元役人が国家の中枢に入るなどあり得ないのだから。
吾輩が本当に知りたいのは、このガレッツからの使者がもたらした、あの大胆な提案について。
さらに言えばイオレーヌさまが、その先で何を為そうとしているかだ。
「ラフマンさん――公国の主席行政官であるあなたに、うかがいたいことがあります」
過去に因縁があるとはいえ、今の彼は一国の上級役人。
敬称をつけて、吾輩は尋ねた。
「どうぞ」
「あなたはイオレーヌさまの意思を伝える形で、巨大人の心臓の譲渡を、ベテック陛下に求めました」
「その通り。こちらからは対価として、パジーロ城などの再建に関わる費用の全額を負担することを提示させていただきました。もちろん、うそやはったりではなく、それをまかなうに余りある財力を、我がガレッツは有していますから」
前君主であるガウター公から引き継いだであろう豊かな財源。
あの派手好きな国家元首をして破綻しなかった経済的国力には、やはり十分な裏付けがあるらしい。
だが、重要なのはそこじゃない。
「いったいイオレーヌさまは、巨大人の心臓をどうするつもりなのですか?」
気になるのは、やはり利用目的。
あの禁忌物をイオレーヌさまが欲しているという事実を、吾輩は無視することができない。
あの夜の彼女は、絶対的な『武力』が必要なのだと語っていた。
その『武力』として注目したのが巨大人の心臓なのだろうか?
今回の事件が起こり、偶然にもそれを聞きつけた青髪の姫君は、いったい何を思って――。




