表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第7節] パジーロ王国>パジーロ城下町
208/278

070. 世界を大きく動かす力(3)

「……あなたのことだもの」


 ここまでの経緯を理解したであろうクーリアが、またラフマンに詰め寄る。


「どうせイオレーヌさまを利用するだけ利用して、それでいつか裏切るに決まってるわ。そんなことをするなら、私はあなたを――」

「そんなことをすれば、今度こそ私は、本当に首を落とされますよ、お嬢さん」


 さとすように、ラフマンが告げる。


「あなたが閣下をどこまでごぞんじなのかはわかりませんが、あの方は私の知る限り、最も恐ろしい為政者ですよ」

「……い、イオレーヌさまが、恐ろしい?」

「あなたのような少女には、そうそうピンと来ないでしょう。魔法は使えず、剣すら握れない――そこらの野犬に、すぐさま噛み殺されてしまうような若い女性が、私には、その白いドラゴンが成竜となって襲いかかってくるくらいに恐ろしいのです」


 キューイを引き合いに出し、独自の表現をするラフマン。

 そう語る彼の態度は、今までと、やや異なっていた。


「この世界には、武力や魔力とは種類の違う力が、確かに存在しているのです。王族貴族はその力を競い、そしてその力が、この世界を大きく動かしている。我が君主、イオレーヌ公閣下は、間違いなくその力を有しています。そうでなければ、いくら高貴な血筋の相手だとはいえ、身分が高いだけの小娘に仕えようなどと、私は考えません――まぁ相手次第では、あなたの言うように利用するだけ利用して、適当なところで裏切るのも悪くはありませんが」

「……じゃあ、イオレーヌさまに対しては違うって言うの?」

「ええ」


 に落ちていない様子のクーリアに、ラフマンが答える。


「認めたのです、私は。あの方を、本物の為政者として」


 そう、この目だ。


 ベテック陛下との謁見えっけん時、ラフマンが一瞬見せたその瞳には、どうにも既視感があった。


 吾輩は、その理由に思い当たる。



『イオレーヌさま……あなたが導くガレッツ公国に、永遠とわの栄光を』



 サンドロさんだ。


 自ら命を絶つ瞬間の、あの恍惚こうこつとした表情と同じ。


 吾輩はラフマンに、公国の輝かしい未来を確信して自害した副騎士団長の影を見たんだ。


「あなたがどう思おうと、私は『賢い』。それゆえ、己の分はわきまえています。閣下を裏切るなど、土台私には不可能なこと。実行に移す前に、おそらく粛正しゅくせいされてしまいます。それならば、あの方の近くで、ガレッツを大きくしていく方が何倍も愉快だ。金と地位は、その過程で十分に手に入りますからね」


 なるほど。


 ラフマンもまた、イオレーヌさまに強く心酔しているらしい。


 しかし、サンドロさんのような純粋で盲目的な忠誠ではなく、立身出世と自己保身という利害を有した打算的なそれ――であるがゆえに、ある意味でバランス感覚のある強固なもの。


 元汚職役人にして現主席行政官、ラフマン。


 人としてはとにかく、政治の右腕としては、確かに最適な男だ。


 彼を引き上げたのも、やはりイオレーヌさまの才覚がなせるわざなのかもしれない。


「以上が、私が現在の地位を拝命した経緯と理由です――おわかりいただけましたか?」

「……ええ、十分に」

「よろしい」


 吾輩の了承に、ラフマンは権威を示すようにうなずいた。


「ふんっ。ガレッツの上級役人になれたとしても、あなたなんか、またぜったい悪さをして、それで今度こそ本当に捕まっちゃうんだから」


 言い捨てたクーリア。

 不満はあるだろうが、とりあえず彼女も受け入れたらしい。


 対する主席行政官は、わずらわしそうに鼻で笑うだけ。

 うるさい小娘だ――と、まるで顔に書いてあるようだった。


 細かな点はとにかく、ラフマンの処遇しょぐうに政治的な力が働いているであろうことは、説明を受けるまでもなく予想できた。

 そうでなければ、投獄された元役人が国家の中枢に入るなどあり得ないのだから。


 吾輩が本当に知りたいのは、このガレッツからの使者がもたらした、あの大胆な提案について。

 さらに言えばイオレーヌさまが、その先で何をそうとしているかだ。


「ラフマンさん――公国の主席行政官であるあなたに、うかがいたいことがあります」


 過去に因縁があるとはいえ、今の彼は一国の上級役人。

 敬称をつけて、吾輩は尋ねた。


「どうぞ」

「あなたはイオレーヌさまの意思を伝える形で、巨大人の心臓タイタンズハートの譲渡を、ベテック陛下に求めました」

「その通り。こちらからは対価として、パジーロ城などの再建に関わる費用の全額を負担することを提示させていただきました。もちろん、うそやはったりではなく、それをまかなうに余りある財力を、我がガレッツは有していますから」


 前君主であるガウター公から引き継いだであろう豊かな財源。

 あの派手好きな国家元首をして破綻はたんしなかった経済的国力には、やはり十分な裏付けがあるらしい。


 だが、重要なのはそこじゃない。


「いったいイオレーヌさまは、巨大人の心臓タイタンズハートをどうするつもりなのですか?」


 気になるのは、やはり利用目的。

 あの禁忌物きんきぶつをイオレーヌさまが欲しているという事実を、吾輩は無視することができない。


 あの夜の彼女は、絶対的な『武力』が必要なのだと語っていた。


 その『武力』として注目したのが巨大人の心臓タイタンズハートなのだろうか?


 今回の事件が起こり、偶然にもそれを聞きつけた青髪の姫君は、いったい何を思って――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ