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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第7節] パジーロ王国>パジーロ城下町
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069. 世界を大きく動かす力(2)

「オーヌでの一件を受けて、私は収容されました。公国領内の僻地へきちにある、ほの暗い牢獄ろうごくへね。看守かんしゅの多くは、私より若い小僧たちでしたよ」


 説明を始めたラフマンに対し、


「自業自得じゃない、そんなの」


 不機嫌そうにクーリアがつぶやく。


 確かに、汚職には当然のむくいだろう。


「当時は、閣下の兄君あにぎみであるガウター公が君主の地位にありました。先代は、なかなか感情的なところがありまして……まぁ、この辺りのことは、あなた方もごぞんじでしょう?」


 こちらをうかがうようなラフマン。


 吾輩たちがガレッツ城を訪れていたことを、やはり彼は知っているようだ。


 ガウター公の人となりについては、城下町でもうわさになっていた。

 オーヌの町の役人だったラフマンなら、実際に謁見えっけんしたこともあったかもしれない。


「私の犯した不正くらいなら、数年間の懲役刑ちょうえきけいが主流。死刑にはなりません。もちろん、財産は没収されますし、役人の世界で生きていくことはできなくなりますが」


 そうだろうな。


 吾輩も、彼がそうなっているだろうと想像していたから。


「しかし、時はガウター公の治世ちせい。あの方の地方への関心が薄かったために、私は『自由』に振る舞えたわけですが……プライドの高い人でしたからね。私のしていたことは、いわば役人としての越権行為えっけんこうい。正直、通常の刑以上のものが科されるかもしれないと、内心ではおびえていたのですよ」


 そこでラフマンは、思い返すように視線を遠く移す。


「むち打ちか、それとも水攻めか――もしかすると、普通ではあり得ない極刑きょっけいさえも……恐怖心に支配された牢獄の夜は、さすがにあなたを呪いましたよ、ワガハイさん」

「ふんっ、お門違かどちがいもいいところだわ」


 吾輩の代わりに、クーリアが文句を言ってくれる。


「どうなろうと、全部が全部、あなたのせいなんだから」

「キュイ」


 難しいことまではわからないだろうが、キューイもそれとなく、ラフマンがほめられた人間ではないことを理解し始めたみたいだ。

 クーリアを援護するようにうなずいていた。


ろうに入ってから数日後です。罪人となった私を、ガレッツ城の者が訪ねてくると、看守の一人に聞かされました――来たな、と。ガウター公から、私に執行人がつかわされたのだと、そう思いました」

「…………」


 今までは攻撃的だったクーリアも、ここでは沈黙。

 いくらラフマンを許せない彼女でも、特別な執行人が遣わされるような刑を、彼に科すことまでを求めてはいなかっただろうから。


「だが、私の前に現れたのは刑の執行人などではなかった――陰湿いんしつ監獄かんごくにはまったく似つかわしくない、あのガウター公の妹君いもうとぎみだったのです」


 つまり、イオレーヌさま、その人――。


「これでも私は、一応はオーヌの町を任された経験を持つ役人。過去、参上した城でお顔を拝見したことくらいはありました――印象は、単なる箱入り娘。世の中を知らない、知る必要もない環境に生まれた女性。それ以上でも、それ以下でもありません」


 おそらく、それがラフマンの率直そっちょくな感想だろう。

 恵まれた境遇きょうぐうにある公女へ嫌みを言いたいのではなく、本当にそう思ったに違いない。


「しかし、鉄格子てつごうし越しに対面したあの方は、私の知る『箱入り娘』とは、まるで別人でした。もちろん、姿かたちは妹君そのもの。他人が入れ替わっている、などと疑ったわけでもない……けれど、そうである方が納得できるほどに、彼女の放つ雰囲気は大きく変わっていました」


 わかりますよね、あなたなら――そう言いたげな目で、ラフマンが吾輩を見る。


「護衛の憲兵を従えた彼女は、戸惑う私に言ったのです――もう一度、この国に仕える気持ちはないかと」


 やはり、彼女が彼を――。


「ガウター、コンラート両兄君が亡くなり、ご自身がガレッツの君主になったことを、私は、あの方から知らされました。いきなりのことに、頭が少々混乱しましたがね」


 投獄されている間に、自国の政治情勢が大きく変化していたんだ。

 混乱も、わからなくはない。


「それでも、あの方の話は非常にシンプルでした――あらためて公国に忠誠を誓うなら、オーヌでの罪を恩赦おんしゃすると」


 恩赦。


 それは、為政者が自らの権限で、咎人とがびとの罪の全部、または一部をなかったことにするという特別な行為。


「願ってもない言葉――であると同時に、いぶかしさも覚えました。自分で言うのもおかしいですが、つまるところ私は、ガレッツの公爵家に背いて、不当に私腹を肥やしていた地方の役人ですからね。君主の椅子に座ったばかりの若い女性の勧誘を、おいそれと真に受けるような人間ではありませんので」

「冷静でしたね、ずいぶんと」


 吾輩は、素直に口をついてしまう。


 裏があるのではと、そう疑ったということだ。


 くさっても役人。

 ほめられたものではないが、長きに渡り汚職を続けてきたことで、その手の防衛本能が働いたんだろう。


「組織から距離のある銅の騎士ブロンズナイトとはいえ、国境なき騎士団に所属しているようなあなたから見れば、私などおろかな小悪党に過ぎないのでしょうが、それでも自分が人並み以上に『賢い』ことは、幼少期から認識していました――だからこそ私は、ガレッツ中央の目を盗んで、あのようなことができたのです」


 自己評価の高いラフマンに、


「あなたみたいな人のことを、世の中じゃ『賢い』なんて言わないんだから」


 クーリアは拒否反応を示していた。


 鼻で笑い、ラフマンは続ける。


「返答に躊躇ちゅうちょしていた私に、あの方は気づかれたのでしょう――『あなたの狡猾こうかつさがほしい』と、そう言われました」

「……狡猾さ」


 吾輩がつぶやくと、


「このような表現なら、あなたも納得してくれますか、お嬢さん?」


 ラフマンは、クーリアを挑発するように尋ねていた。


「…………」


 言い返さない彼女の態度を同意ととらえたのか、彼は進める。


「あの方は、ご自分自身の分析を十分になさっているようでした――為政者としての能力と知識はあるが、世間知らずゆえに、リアルな政治経験にとぼしい。そのため、自分の決定や判断を具体的に実行してくれる右腕が必要なのだと、そう話してくれました。加えて、自分には『毒気』がないので、多少は『よこしまな人間』の方が好ましいとも」

「……それは、ずいぶんとざっくばらんな」

「ええワガハイさん、その通り。しかし、きれいごとを並べられただけでは、私のような『邪な人間』はうなずかない。それくらい腹を割ってくれた方が、上辺だけの善人より、何倍も信頼できます」


 確かに、自称『賢い』小悪党には有効な口説き文句。

 わかっていたんだ、彼女は。

 ラフマンのような男は、おそらく人一倍警戒心が強い。

 そこを突破するために、あえてむき出しの表現を――。


「しかも驚いたことに、あの方はルドマ大陸各国の現状を、すらすらとそらんじて見せてくれました。まったく政治を知らなかったはずなのに、いったいどこで学んだのかと、私は絶句してしまいましたよ」


 壁一面の巨大地図に、積み上げられた書籍――高貴なる女性のあの部屋を、吾輩は思い出していた。


「そして最後に、こう告げられました――『私は、ガレッツ公国を世界一の国家にしたいのです』と」


 あの夜、あの場所で、



『私は公国を、一番の国家にしたいのです……それが、明日からの――いえ、この瞬間からの私に与えられた機能だと確信しています』



 あの方が吾輩に語った言葉と同義。


 そこでラフマンは、天をあおいだ。


「偶然? 幸運? 運命? 宿命? 何でもいい、何とでも好きに呼べばいい。あなた方に想像できますか? もう二度と、役人としては這い上がれないと覚悟した――いや、死すら頭をよぎった私にもたらされた、あの、この上ない瞬間をっ!!」


 拳を握り、感情を爆発させる。


「疑念など瞬時に吹き飛び、心がたぎりましたよ。あの方に従えば、私はまた、役人として生きていけるのですからっ!!」


 高笑いを抑えるように、ラフマンは震えていた。


 正直、奇妙でしかない光景。


 数秒の沈黙の後、再び彼は口を開く。


「私は、その場で、新たなるガレッツ公国に忠誠を誓いました。その結果、私は主席行政官の地位を拝命したのです」


 つまりラフマンは、新君主であるイオレーヌさまの恩赦を受けて、オーヌでの罪を不問とされた。

 加えて彼女に、ほめられはしないその狡猾さを買われ、公国役人の最上級職を与えられたと――。

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