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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第7節] パジーロ王国>パジーロ城下町
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068. 世界を大きく動かす力(1)

 陛下が一人残る部屋を離れ、がらんとした廊下を進む吾輩たち。

 クーリアは、不服そうに口を結んだままだ。

 少し重い空気の中、か細いキューイの鳴き声だけが聞こえる。

 特に会話をすることもなく、建物の大扉から庭先へ出た。


 するとそこに、ラフマンの姿が。

 彼は微笑びしょうを浮かべながら、いまだに半壊状態の城閣を、しげしげとながめていた。


「……おや」


 こちらに気づいた様子のラフマン。

 もしかしたら、吾輩を待っていたのか?

 さも当然のように話しかけてくる。


「あなたとは、妙な縁がありますね、ワガハイさん」


 どこか余裕を漂わせながら、彼は言った。


 因縁の相手を前にして、クーリアは我慢ならなかったんだろう。

 彼女が声を上げる。


「ちょっと、あなた」


 正式な外交の場における礼儀――という制約から解放された吾輩の相棒は、ずんずんとラフマンへ詰め寄った。


「どういうつもり? ガレッツの使者だなんてうそをついて、今度はパジーロで何をたくらんでるの!?」

「……うそ? ふっ、ふははっ」


 興奮気味のクーリアに対して、ラフマンは笑って返した。

 まるで、無知な子供をあしらうみたいに。


「な、何がおかしいの!?」


 クーリアは、今にもつかみかかりそうな勢いだ。


「あなたなんかが、ガレッツの使者なわけない! 本物のふりをしてるに決まってるわ!!」

「キュ、キュイ!? キュイ、キュイ」


 手が出てもおかしくないと感じたのか、慌てたようにキューイがなだめる。


 さすがにそんなことはしないだろうけど、彼女の気が立っているのは明らかだった。


「だいたい、あなたはワガハイくんにやられて、それで捕まっちゃったはずよ。ここにいること自体、すごくおかしいんだから」


 確かにその通り。


 オーヌの町での一件により、ラフマンは役人としての職を解かれた。

 その具体的な刑罰の詳細までは把握していないものの、おそらくはすべての財産を没収され、国内の牢獄ろうごくに一定期間収容されるのが通常だろう。


 ほぼ同時期に、ガレッツの公爵家内部では、さまざまな出来事が起こったわけだが、彼の処分に影響が出ることはあり得ない。


 しかしそれは、あくまで普通に考えた場合。


 もしも、普通ではない政治的な『力』が働いたとすれば――。


「あなたも、そう思いますか?」


 クーリアからの敵意を軽く流して、ラフマンが吾輩に聞いてくる。


「あなたも、私が身分を偽り、あろうことかパジーロの国王相手に口からでまかせを述べた――などと、そう思っていますか?」

「…………」

「どうです、国境なき騎士団員のワガハイさん?」


 試されているような気分。


 ラフマンは、この状況を楽しんでいるようですらあった。


「城門付近で待機している馬や馬車・従者の方々は、お金を積めば用意できなくはありません。しかし、ベテック陛下の手に渡った親書は別です。もちろん文書の偽造は可能ですが、相手は一国の王。しかも、昨日今日即位した経験不足の君主ではありません。在位年数の長いパジーロの現国王が正式なものとして受け取った以上、それを持参してきたあなたの地位は疑いようもない――あなたは間違いなく、ガレッツの外交特使です」

「……ふふっ、結構。理解が早くて助かります」


 ここまでの経緯から推測した吾輩の回答に、ラフマンは満足そうにうなずく。


「現在の私は、ガレッツ公国の『主席行政官しゅせきぎょうせいかん』という立場にあります。簡単に言えば、国の役人のトップなのですよ、ワガハイさん」


 つまり、事実上の公国ナンバー2。


 投獄されたはずの汚職役人が、ずいぶんな出世だな。


「あなたには感謝していますよ、ワガハイさん。あなたに『殴っていただいた』おかげで、私は今の地位を手に入れられたようなものですから」


 吾輩を威圧するように、ラフマンは自らのほほに触れていた。


「…………」

「まぁ、過去のことは水に流しましょう、お互いに」


 勝手に清算してくれた汚職役人――もとい主席行政官は、どこか勝ち誇ったようにそう言った。


 一方のクーリア。


「……うそよ、私はだまされない」


 彼女も頭では、この妙な状況を受け入れているのかもしれない。

 けれど、オーヌでの一件に心を痛めていた日々が、吾輩の相棒を感情的にさせてしまうんだ。


「ガレッツの今の君主は、あのイオレーヌさま。あの方が、あなたにそんな偉い役職を与えるはずがな――」

「あなたの話は聞いていますよ、ワガハイさん」


 クーリアの発言を一蹴いっしゅうするように、ラフマンが話題を向けてくる。


「我が君主、イオレーヌ公閣下から、直接に」


 吾輩の興味を、強くあおるように。


「あなたにとっては、私の地位それ自体など、正直どうでもよいのでしょう? 真に知りたいのは、その経緯と理由――あなたに失脚させられた私が、どうして主席行政官として、異国の国王に親書を届けるまでになったのか」


 もっと踏み込んで言えば――と、ラフマンは続ける。


「あなたが、その『目』で見ているのは、この場にいる私ではない。私の背後に見えているであろう『あの方』――違いますか?」

「…………」


 悔しいが、ラフマンの言葉を否定することはできない。


 この男がパジーロ城に現れた直後から、何か予感めいたものはあった。


 それを、先ほどの玉座の間で、吾輩ははっきりと認識するにいたる。


 あの青髪の姫君が、確かに動き出したのだと――。


「お話ししましょうか? あなたに粛正しゅくせいされてから、私に起こったすべてを。どうやらあなたは、閣下にとって、かなり特別な相手のようですからね」


 若く美しき女性君主の『特別な相手』――しがない旅人ゴーストにとっては、何とも仰々ぎょうぎょうしい称号だが、もちろん甘美な意味など含まれていないのだろう。


 幸か不幸か高貴なる彼女は、この新しい側近に伝えてしまうほどには、吾輩を忘れないでいてくれているらしい。


「しかもどうやら、パジーロの国王からも信頼を得ているようで……まったく、あなたというゴーストは実に恐ろしい。国境なき騎士団など抜けて、どこかの国で行政に関わってみてはいかがですか? 汚職で失脚した役人程度には出世できるかもしれませんよ」


 半笑いではあったが、内容から考えて、ばかにしているのではなさそうだ。

 ラフマンはラフマンなりに、吾輩を評価しているのかもしれない。

 とはいえ彼も、本気で役人をすすめているわけではないだろうが。


「私は、あなたとここで再会するなどとは想像もしていませんでしたし、さすがの閣下も、また同様でしょう。ベンデノフでお迎えするに際し、いいみやげ話になります」

「……聞かせてもらえるなら、早く話を進めてくれませんか。あなたも、ここで油を売っているひまはないのでしょう?」

「ふははっ、そうですね」


 うながした吾輩に従い、ラフマンが語り出す。


 ここまでの経緯を。


 吾輩がガレッツを離れてからの、あの方とのことを――。

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