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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第7節] パジーロ王国>パジーロ城下町
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067. もたらされた提案(4)

「…………」


 提案をあしらっていたベテック陛下の表情が、大きく変わっていた。


 ガレッツが、必要な財源のすべてを提供する――もしもイオレーヌさまが本気なのだとしたら、これはもうごとではない。

 憂慮ゆうりょされる経済的負担が完全になくなるんだ。

 王都の復興は、間違いなく加速する。

 陛下にとって、これ以上の恩恵はないだろう。


 しかし、その対価が巨大人の心臓タイタンズハート

 当然ながら、おいそれと受け入れられるものではない。


 そんなベテック国王の内心を、ラフマンは読みとったのだろう。


「返事は、今でなくとも構いません」


 理解を示しつつ、続ける。


「おそらくは数日以内に、我が君主が、陛下との謁見えっけんを求めてこの地を訪れます。ガレッツの新元首としてのあいさつに加え、パジーロの民へのお見舞い――そして、陛下のお答えを確認するために」


 自らが実際にベテック陛下と対面することまでを計画し、その上でラフマンをつかわしたというのか、あの青髪の姫君は。


 つまり、ヘゲテーゼン復活の件を耳にした当初から、彼女は、ここまでのことを――。


「それまでに、どうかご自分の心を決めておいてくださると助かります」


 へりくだりながらも、ラフマンのそれは、もはや命令に等しい。


「一応お伝えしておきますが、我が公国は、パジーロ王国に道義的援助をしても十分にあまりある財力を確保しております。そして互いに、今後とも友好国として発展していきたいと考えていることにいつわりはありません」


 その点については、どうぞ信頼してください――そう言って、ラフマンは立ち上がる。


「私はこれから、ベンデノフ王国を目指さなくてはなりません」


 ルドマ大陸の北部に位置する、ベンデノフ王国。


 ラフマンは、ここからさらに北上するらしい。


「我が公国とベンデノフは、歴史的に関わりの深い国。私は使者として、先方で我が君主を迎えるための対応をしなければならないものですから」


 ということは、イオレーヌさまはベンデノフの王家にも、即位報告のあいさつへ向かうということか。


「お忙しい中、私のために時間をいていただいたこと、心より感謝いたします――それでは」


 玉座の陛下へ、うやうやしく頭を下げたラフマン。


 直後、去り際の彼の視線が、吾輩を射抜いた。


 自ら扉を開けて外に出たラフマン。


 クーリアは険しい表情を崩さず、キューイは不安そうに漂うだけだ。


 ラフマンがいなくなり、無言が支配する部屋。


「陛下」


 沈黙の数秒を破り、吾輩は玉座の前へ。


 ベテック国王は、例の提案に心が動いているようだった。


 部外者である吾輩が、こんなことを言うのは差し出がましい。

 わかっている。


 しかしながら、あのイオレーヌさまが、あろうことか巨大人の心臓タイタンズハートを求めて、この国に使者を送ってきたんだ。


 吾輩は、どうしても気になってしまう。



『国家を支える力って、いったい何だと思いますか?』



『それは、経済力と武力ですよ』



『幸いなことに、我が公国は潤沢じゅんたくな資金を確保しています』



『けれど、武力は足りておりません。もちろん、町の治安維持には問題のない騎士と憲兵がそろっておりますが、この場合の「武力」とは、もっと対外的で決定的なものを指しているのですから』



『たとえば事が起こったときに、その存在によって流れが変わるはずの何か、その使用によって結果を逆転させてしまうような何か――』



 あの夜、彼女が語っていた言葉が、どうしても。


巨大人の心臓タイタンズハートは、言うまでもなく恐ろしい魔法アイテム。相手が誰であれ、あれを譲渡するということには、十分に慎重であるべきだと――」

「あの使者が言っていたことは、おおむね真実だ」


 力なく、ベテック陛下が吾輩の訴えをさえぎった。


「城や教会堂の再建には、少なくない費用がかかる。国家の財政は、明らかに疲弊ひへいするだろう。もちろん、この機に乗じて他国が侵略してくるなど、さすがに現実的ではないが、それでも、この状況が長引くとすれば、パジーロの民の負担になることに変わりはない」

「……陛下」

「何より、私は怖いのだ。また、あの怪物が、この地で復活してしまうことが、何よりも……」


 目を閉じたベテック国王のまぶたには、あの巨体が映っているのだろうか。

 月明かりの下で暴れる、無慈悲なヘゲテーゼンの姿が。


「……モルコゴを呼んでくれ」


 ひたいに拳を当てながら、陛下が言う。


 指示を受けた役人と憲兵は、すぐさま部屋の外へ。


 続けて、


「悪いがワガハイどの、少し一人にさせてもらえないか? 考えたいことが……いや、考えなければならないことがあるのだ」


 陛下は吾輩にも。


「……わかりました」


 受け入れるしかない吾輩は、何か言いたそうなクーリアと戸惑うキューイを連れ、悩める王の間をあとにした。

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