066. もたらされた提案(3)
親書を託された使者が、訪問先の君主を前に、こらえきれず吹き出したかのような態度。
たとえ正式な権限を有する外交官であったとしても――いや、正式な外交官であるならなおさら、相対する国家元首への礼儀を忘れるべきではない。
器の大きな陛下も、これには不快感を覚えたようで、
「……何か、おかしなことでも?」
険しい表情で、そう尋ねた。
「いえ、すみません。気分を害されたのなら謝ります、陛下」
すぐに謝罪し、再度ひざを折ったラフマン。
だが、その不敵な表情は変わらない。
「これは、あくまで個人的なことになるのですが……こちらの提案に対する陛下の反応が、我が君主が想定し、私に伝えていたものとまったく同じだったものですから、つい」
そちらがどう出るのかを、こちらは予想していましたよ――という発言。
これは、外交の場において明らかに無礼だ。
他国の国家元首に向かって、一使者が口にしていいものではない。
ベテック陛下は、それでも冷静。
しかし役人や憲兵たちは、ガレッツからの来訪者に攻撃的な視線を飛ばしていた。
さすがに腹立たしかったのだろう。
その中の一人が声を上げる。
「おい、今の言動は――」
「少し踏み込んで話をさせていただきます、陛下」
「……くっ」
外野は黙っていろ――と言わんばかりに、言葉を続けるラフマン。
「この城下町の復興に際して、何かと物入りではありませんか?」
「…………」
沈黙で答える陛下。
徐々にだが、空気が変わってきたような気がする。
「大通りや、この城の様子を見る限り、必要となる人員は確保できているようです。それどころか、これからも数は増えるでしょう。パジーロの民は皆、この国のために立ち上がる気概を持つ人々なのでしょうから」
ラフマンのペースに。
「しかし、それでも先立つものは必要です。再建のための資材、働く者たちの食料、その他もろもろを考えれば、生半可な額では済まない――いかかですか?」
いや、違うな。
ラフマンが本当にガレッツの使者なのだとしたら、彼の背後にいるであろう、あの人物のペースに。
「ここは王都、国の中心です。特にパジーロ城は、建物としての復興だけではなく、機能としての復興も求められる。異国の使者が訪れたとして、仮の玉座の間に通さざるを得ないようでは、パジーロ王国の名に恥じるというものでしょう?」
「…………」
現状を指摘され、否定できない様子のベテック陛下。
悔しさが、吾輩にも伝わってきた。
「国内の資材や食料だけでまかなえないのなら、当然、異国から調達するしかありません。遠方から取り寄せるとなれば、それ相応の負担がプラスされるのも当たり前のこと。加えて、一日も早い復興を目指すなら、金はいくらあっても足りません」
この空間の主は、国王であるベテック陛下のはずだ。
けれど、どうしてだろう。
いつの間にか、ラフマンがこの場を支配していた。
「賢王たる陛下ならおわかりになるでしょうが、たとえ城下町の復興を成し遂げたとしても、国の財政は必ず苦しくなります。本来なら必要のない支出があったわけですから、火を見るよりも明らかですよね?」
「……何が言いたい?」
「形式的には『今までの』城下町が戻ってきたとしても、事実上、経済的に疲弊してしまったパジーロ王国が、万が一『どこかの異国』に攻められでもしたら、どうなると思いますか?」
聞き返したベテック陛下に、ラフマンは驚愕の言葉を告げた。
これはもう、外交的な挑発というレベルを超えている。
明確な脅しだ。
「十分に断っておきますが、今の『どこかの異国』とは、決して我が公国ではありません。言わずもがな、パジーロとは長年の友好国。攻め込む理由も利益も、まったくありませんので――ですが、他の国がどう思うかは、さすがにわかりかねますが」
半壊状態の城の再建を中心とした王都の復興により、当然ながらパジーロ王国は経済的損失を受ける。
経済力は、国力の要だ。
経済的に弱くなっているときに他国から攻め込まれれば、この国は、より本質的な被害を受けるだろう。
ラフマンは以上の論理で、ベテック陛下を揺さぶる。
しかも、少なくともガレッツは、パジーロの敵国にはならないと強調して。
「攻め込まないでやるから、だから巨大人の心臓をよこせ――と? 悪いがラフマンどの、その程度で私が首を縦に振ると考えていたなら、さすがに認識が甘すぎる」
今度は陛下が、ラフマンに笑ってみせる。
「仮にも我が国は、武人であった初代国王が起した国。戦を好みはしないが、義のない侵略には、堂々と対抗するつもりだ。それがガレッツでも、他の国だとしても」
パジーロの長としての意志を示したベテック国王。
「そもそも外交とは、互いの国が共に――」
「失礼しました、陛下。私の言葉が足りないばかりに、少し勘違いをさせてしまったようです。ここで、我が公国がパジーロに刃を向ける気がないことをあらためて述べさせていただきつつ、こちらの真意を、端的に申し上げたいと思います」
何やら、仰々しく前振りをしたラフマン。
しかし彼の発言は、それに値するだけの内容だった。
「この度の復興に関わる金銭を、我がガレッツ公国が、全額持たせていただきましょう」
「なっ!?」
表情の変化はあったものの、ここまで落ち着きを保っていた陛下が、初めて声を上げる。
役人と憲兵たちは、もう声すら出さない。
復興に要する経済的負担のすべてを、ガレッツが――。
「……新君主即位の報告を告げに来た特使にしては、やや越権的な発言ではないのか、ラフマンどの?」
一呼吸おいたベテック陛下が、ゆっくりと尋ねる。
「申し訳ないが、私の知るイオレーヌ公閣下は、二十代の若く美しい女性だ。以前は、何ら政治の表舞台には立っていなかったと記憶しているが……それにしては、ずいぶんと大胆な提案だ。この件について、本当に彼女は了解しているのか?」
「了解も何も、私の発言のすべては、我が君主によるものに他なりません。私はただ、あの方の『口』として、この場に参上したに過ぎないのですから」
ひざを折っているラフマンの奥に、吾輩ははっきりと、あの青髪の姫君の――イオレーヌさまの姿を見た。
動き出したんだ、彼女は。
為政者として、ガレッツの長として――。




