065. もたらされた提案(2)
物言わぬ石像のように侍っていた役人や憲兵たちが、
「えっ!?」
「なっ!?」
「っ……」
それぞれに動揺の声を上げた。
戸惑う彼らを無視するように、ラフマンは続ける。
「巨大人の核は、巨大人の心臓という魔法アイテム――こちらの国ほど深い関わりはなくとも、それくらいのことは我がガレッツも、一つの知識として把握しております」
「…………」
ベテック国王は、無言ながら冷静な様子。
臣下たちのように取り乱すことはない。
「巨大人が巨大で、驚異的な力を持っていることは、各地の巨人伝説が示しているところ。もちろん私は、その存在を現実に確認してはいませんが……こちらの城の状況を見れば、巨大人に関する言い伝えは、間違いのない歴史的事実なのでしょう。もっとも、パジーロ王国の君主にして、先日、実際にそれを目の当たりにした陛下には、あえて断る必要もありませんが」
相変わらず、口調はていねい。
態度も、形式上は礼儀をわきまえている。
けれどラフマンは、どこか挑発的だ。
「お言葉ですが陛下。今回の一件、巨大人の心臓なる禁忌物がこの地にあるから、このような不幸に見舞われたのではないでしょうか?」
その問いかけに、ベテック国王がわずかに反応。
心が小さく波打ったように、吾輩には感じられた。
おそらくその理由は、ラフマンの言葉が、
『こんなものがこの地にあるから、我が国は――いや、我が愛すべき民たちは、自らに責任のない痛みを、不条理にも味わうことになってしまうのかもしれない』
『……こんなものさえ、この地になければ』
以前、あの方が自ら口にしたそれと同じだったから――。
「先ほど申し上げた通り、我が君主は、今回のこの国の不幸に、ひどく胸を痛めております。ガレッツに悲惨な一報が届いてから、私が使者として旅立つ直前まで、我が君主は悩まれていたのです――パジーロ王国やその民に、隣国の為政者としてできることはないのか、と」
まるで舞台の演技者のように、とうとうと語るラフマン。
「そこで我が君主は、私が先ほど申し上げた真理にたどり着かれた――すなわち、すべての元凶である巨大人の心臓の存在に」
いつの間にか立ち上がった面長の男は、身振り手振りを交えながら続けた。
「巨大人の心臓がなければ、もう二度と、パジーロに巨大人が現れることはない。パジーロの民が、その恐怖に怯えることもなくなる。だから我が君主は決意しました。それが、先刻のご提案――おぞましい巨大人の心臓を、ガレッツ公国が引き受けるということなのです」
どうにも芝居じみたラフマンの訴え。
しかも、その内容は、国家間における巨大人の心臓の受け渡し。
どう考えても、簡単に飲める話じゃない。
だが、少なくとも上辺だけは誠実さを保っている使者の男は、まったくひるむことなく、堂々とそれを言い切った。
そんな彼に、やはり吾輩の相棒は黙っていられない。
「ふざけないでっ!! そんなの、あまりに身勝手よっ!! あなたのことだから、きっと巨大人の心臓を利用して、ガレッツや他の国で悪さを――」
「私ではありませんよ」
二度目だからか、ラフマンはやや食傷気味に、クーリアを制する。
「巨大人の心臓を欲しているのは、我が君主ですよ、お嬢さん」
ちらりと、横目でクーリアを威圧するラフマン。
その瞳の奥に、吾輩は不思議と既視感を覚えた。
あれは、どこかで――。
「……話は理解した、ラフマンどの」
ヒートアップしそうな二人をなだめる意味もあるのだろう。
ベテック陛下が口を開く。
「あなたの言うことには一理ある。しかし、パジーロの国王にして、実際に巨大人を目の当たりにした私に言わせてもらえば、あれは間違いなく天災だ。ガレッツだろうと他の国だろうと、どこにあろうと件の禁忌物は、国家や民を害する」
為政者として、すこぶる理性的な意見だ。
「おそらくあなたは――いや、イオレーヌ公閣下は、巨大人の力を国防や外交に利用したいのだと思うが、甘く考えない方がよろしい」
そして、あれの恐ろしさを体感した一人としても、また。
「別に私は、巨大人の心臓が惜しいわけではない。考えてもみてくれ。もしもあれを国益のために利用できるとしたら、過去歴代のパジーロ王たちが、迷うことなくそうしてきたはずだ。しかし、そのような事実はない。我が国が建国以来、あの禁忌物を封印し続けてきたことが、何よりの証拠だ」
確かに、そのようなことが可能だったなら、教会堂の地下に押し込めたりはしていなかっただろう。
「正直なところ、あなたの言ったように、この地に巨大人の心臓がなければと、私も思っていた。しかし、そういう次元ではないのだ。仮にガレッツがあれを引き取ってくれたとしても、巨大人が暴走しないという保証はない。パジーロの民が苦しまなくとも、ガレッツの民が苦しむかもしれない――それは、私の本意ではないのだ」
誠意ある、ベテック陛下の返答。
自国の民だけではなく、他国の民のにも配慮した上で、外交上の意思を伝えていた。
しかし、そんな賢王たる態度に、なぜかラフマンは笑みを浮かべる。
「ふふっ」




