001. 席を立つ旅人
ふらりと立ち寄った、町の大衆食堂。
年齢も性別も、種族すらバラバラな者たちが、古びた平屋の中で席を共にしている。
お世辞にも清潔とは言えない場所だけど、店に入ってからずっと、おいしそうな匂いが吾輩の食欲を刺激していた。
隅っこの丸テーブルから、ちらりと厨房を確認。
ちょうど昼時ということもあって、たぶん主人は大忙しなんだろうな。
吾輩が注文したのは、鶏のソテーと野菜スープのランチ。
どこにでもあるタイプのシンプルなメニューだけど、そういうものでこそ、店の味がわかるってものなんだよね、これが。
さて、まだかな、まだかな。
急かすつもりはないが、他のテーブルで食事をかき込んでいるお客さんを見ると、どうしても心が落ち着かない。
まぁ、空腹もスパイスだけどね。
それとなく店内に意識を向けると、一人、妙な動きをしている少女の姿が。
食事をしているでもなければ、席に座って空腹と戦っているわけでもない。
各テーブルのわきを、うつむきながら通り過ぎていくだけだ。
店の従業員だろうか?
いや、厨房から料理を運んでくることもなければ、空になった皿を片づけることもしない。
するとそこで、
「はいよ、鶏ソテーのランチ。出来たてをどうぞ、旅の方。うまいよ、ウチのは」
おそらくは女将さんであろう人間の中年女性が、明るい調子で、吾輩が注文していた料理をテーブルに置いた。
加熱された肉の香ばしい香りと、透き通ったスープから立ち上る湯気――。
「…………」
一つ言えることは、何ともタイミングが悪いということだ。
誘惑に駆られながらも吾輩は、乱雑に用意されたナイフとフォークを持つこともなく、あらためて店内を確認――あの少女が、まさに食堂から出ようとしているところだった。
「……はぁ」
正義感に燃えているわけじゃないけれど、見つけてしまったものは仕方がない。
こんな気持ちで無視して食べても、たぶん鶏のソテー、おいしくいただけないだろうし……我ながら小心者だ。
願わくば、早く済ませられますように。
普段は無関心な神に祈りを捧げつつ、吾輩は料理を残して席を立った。