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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第1章 第2節] ガレッツ公国>イダの森
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004. 森で暮らす職人の女性(前編)

「あら、めずらしい」


 ガレッツ公国領土内の森林地帯に、ひっそりと建っていた丸太造りの家。


 好奇心のままに訪ねてみると、家主は意外にも、吾輩とクーリアを笑顔で迎え入れてくれた。


「お客さんなんて、ここに来てから初めてかも――さぁ、どうぞ、入ってくださいな」

「…………」


 扉をノックしたのはこちらとはいえ、あまりに警戒心の薄い相手に、吾輩は少し戸惑う。

 こういう場所で暮らしている方というのは、何となく、旅人の訪れを嫌うものだと思っていたから。


「あなたたち、たぶん道にでも迷ったんでしょ? この『イダの森』って、慣れてない旅人には少し複雑だから」


 ずいぶんと好意的な丸太の家の住民は、人型の骨をむき出しにした姿に、かわいらしい色合いのローブを羽織った――要するに、吾輩と同じアンデッドの女性だった。


「ゴーストさんと、そちらは……エルフさんでしょ? さぁ、遠慮しないで。すぐに日も沈むし、外で野宿するよりも、私の家で過ごす方が安全だから」

「あの、訪ねてきて何ですが……いいんですか?」


 同族ということで親近感を抱いてくれたのかもしれないが、吾輩は少し心配になる。

 相手は、一人暮らしの女性。

 成人してはいるだろうけれど、声の感じからすると、まだまだ女盛りに間違いない。

 旅人としてはありがたいが、いささか不用心な気もしてしまう。


 しかし、確認してみた吾輩をよそに、クーリアはといえば、


「よかったね、ワガハイくん。今晩は野宿をせずに済みそうだよ――ではでは、すみませんがおじゃましまーす♪」

「…………」


 社交的なのか遠慮を知らないのか、まるで親戚の家に遊びに来たようなテンションで、アンデッドの女性の好意にすぐさま甘えていた。


「私は、クーリア。ハーフエルフのクーリアです」

「あら、ハーフエルフさんだったのね――ようこそ、クーリアちゃん。私は『ヒズリ』。ルワイトのヒズリ、よろしくね」


 女性同士だからか、二人はすぐさま自己紹介をしていた。


 悪い相手じゃなさそうだし、向こうも喜んでくれている以上、ここまで来て帰るわけにもいかない。

 クーリアよりは恐縮しながら家に入った吾輩は、そっと部屋の扉を閉めた。


「お招きありがとうございます。吾輩はワガハイ、ゴーストのワガハイです。お察しの通り、森で迷ってしまいまして」

「ごていねいにどうも、ワガハイさん。私、こんなところで一人だから、お客さんは大歓迎なの。ゆっくりしていって」


 優しく言葉をかけてくれた女性――ヒズリさんは、そのまま台所らしき場所へ歩いていく。


「お茶を淹れるから、適当に座っててね」

「おかまいなく」


 ヒズリさんの背中に答えながら、吾輩は部屋の中を確認する。


 女性の一人暮らしだからか、全体的にかわいらしいインテリアが多い。

 掃除も行き届いていて、どこもかしこもこざっぱりしている印象だ。


 特徴的な物といえば、魔法に関する書物が、一般的な女性の住まいにしては目立つこと。

 それに、微量の魔力を放っているインクの瓶もちらほら。


 もしかして、この女性は――。


「ヒズリさんって、魔法の勉強とか、ここでされているんですか?」

「勉強っていうかね……私、実は魔効巻スクロール職人なの」


 クーリアが尋ねると、振り向くことなくヒズリさんが答えた。


 魔効巻スクロールとは、オーヌの町でラフマンが使用したような、魔法効果が封印された巻物。

 一般的に魔効巻スクロールは、魔法に長けた者が直接、あるいは間接的に関わって作成されている。


「これでも元々はね、有名な先生に師事して、かなり専門的に魔法を学んでいたのよ。それに、海外にある大きな都市の工房で働いていた経験だってあるんだから……けれど何だか、少し疲れちゃって」


 明るかったヒズリさんの声色が、少し変わる。


「このままでいいのかなぁーって、ちょっと悩んだりして……それでふと、人里離れた見ず知らずの土地で暮らしたいなって思ってね。それから、この森で一人暮らし」


 ヒズリさんの手元では、小さな魔法の炎が生まれ、薪の置かれたかまどへ飛び移る。

 魔法を家事に使うことに、ずいぶんと慣れているみたいだな。


「魔法での戦闘は苦手なんだけど、一応、魔効巻スクロール職人としての腕には自信があるから。ここで作った物をオーヌや城下町に卸せば、一人で十分に生きていけるの。人恋しいときもあるけど、今、結構幸せなんだ」


 簡単に身の上話を語ってくれたヒズリさんが、紅茶の入ったカップを持ってくる。


「さぁ、どうぞ。この森で採れた、淹れ立てのハーブティー」

「どうも」

「いただきます」


 テーブルの席に着いた吾輩とクーリアは、ヒズリさんの紅茶をいただいた。


 うん、おいしい。

 さわやかな香りだけれど、独特の深い風味がある。


「でも、立派ですね。スケルトンの女性が、優秀な魔効巻スクロール職人だなんて。魔法が苦手な方が多いって話も聞きますし」


 クーリアが、何気なくそう言うと、


「あのね、クーリアちゃん。私はルワイトだよ、ルワイトっ」


 ヒズリさんは、語気を強めて訂正してきた。


「あ、す、すみません……」


 その反応に、クーリアも恐縮する。


 外見的には、非常に似ているスケルトンとルワイト。


 どちらも吾輩と同じアンデッドだけれど、両者の特徴は大きく違う。


 一般的にスケルトンは、その身体能力が高いと言われていて、憲兵や傭兵などの職業に就くことが多いとされている。


 対してルワイトは、見た目はスケルトンと変わらないように思えても、魔法や学問を得意とする種族。

 ヒズリさんのような魔効巻スクロール職人、あるいは魔法学者をしているルワイトも少なくないんだとか。


 スケルトンとルワイトは、それぞれに間違えられることを非常に嫌う。

 まぁ、どんな種族だろうと、自分のアイデンティティーを理解されないのは気分の悪いことだ。


 ハーフエルフのクーリアにしてみれば、ここまでの旅で、ルワイトよりもスケルトンに出会うことの方が多かったのだろう。


 自己紹介を受けた上での間違いだから、もちろん失礼ではあるけれど、クーリアの気持ちもわからなくはなかった。


「アンデッドは、いろいろな偏見を受けたりしますからね」

「そうそう、そうなの。やっぱりワガハイさんは、同族のアンデッドね。ちゃんとわかってくれてる♪」


 吾輩がフォローすると、ヒズリさんは機嫌よくうなずいてくれた。


「心ない方には、とにかく怖がられるっていうのが基本だけど、私たちって、他の種族と違って、老いが外見的に出にくいから、逆に舐められたりもしちゃうしね。都で働いていた時なんか、お酒を買うのだって大変だったんだから。子供じゃないって、ちゃんと伝えたのに」

「それだけ、ヒズリさんが若いってことですよ」

「紳士だわぁ、ワガハイさん♪」

「……確かに、ワガハイくんもヒズリさんも、年齢が全然わからない」


 ハーフエルフのクーリアは、吾輩たちを交互に見ながら悩んでいた。


「あ、でも……同じアンデッドのヒズリさんなら、吾輩くんの年齢がわかるかも――ねぇ、ヒズリさん。ワガハイくんって、いくつくらいに見えるんですか?」


 クーリアにうながされたヒズリさんが、吾輩を注視してくる。


 何だか、すごく恥ずかしいな。


「……うーん、わからない」

「えぇーっ、そんなぁ」


 匙を投げたヒズリさんに、クーリアが嘆く。


「ルワイトであるヒズリさんにもわからないんじゃ、ワガハイくんの年齢なんて、ぜったいわからないじゃん」

「でもね、クーリアちゃん。アンデッドの年齢なんて、あってないようなものだから――ね、ワガハイさん?」

「そうですね」

「ちなみに私は、ばっちり結婚適齢期――でも、正確な年齢は秘密だからね♪」


 細い指を口元に当てて、ヒズリさんはおどけていた。

 優しくて茶目っ気のある方みたいだな。


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