003. 森の中、家の灯り
「……ねぇ、ワガハイくん」
クーリアが吾輩に呼びかける。
「私たち、もしかして迷ってる?」
「まぁ、そうみたいだね」
ガレッツ城下町へ向かうことを決めた――まではよかったんだけど、どうやらそういうことらしい。
「お互いに初めての土地だし、勢いのままに、知らない森の中へ飛び込んだんだ。こういうことにもなるよ」
「うわっ、何か他人事……冷静なのはいいけど、少しは緊張感を持ってよ。太陽だって、もうすぐ沈んじゃいそうなんだからさ」
「吾輩に文句を言われても困るよ……だいたい、この森は『旅人が迷うような場所』じゃないんでしょ? 吾輩は君の話を信じた結果、こんな状態になっているんだからね」
「うっ……こ、細かいことを気にしたらダメだよ、ワガハイくん。た、旅をしてる以上、こういうこともあるんだからね、うん」
分が悪いと思ったのか、クーリアはごまかすように、吾輩の指摘を流していた。
別に、クーリアを咎めたいわけじゃない。
彼女の言うように、旅とはこういうものなんだから。
とはいえ周囲は、うっそうとした木々ばかりだ。
もう、自分たちがどの方向から来たのかも、正直わからない。
気づけば夕暮れだ。
木漏れ日の光さえ、すっかり弱々しくなっている。
「野宿を覚悟した方がいいかもね」
それとなく、吾輩はつぶやく。
今日までの旅で、吾輩が学習したことの一つ――夜の森ではむやみに動くべきではない、ということ。
もう少しすれば、このまま日が沈む。
焦らず、休める場所を確保して、明るくなるのを待つのが、実は一番安全な過ごし方なんだ。
「も、もしかしてワガハイくん、こうなることを予想して!?」
「どういう意味?」
急に自分の体に腕を回したクーリアの様子に、これからの展開が何となく想像できなくもないけれど。
「人気のない森の中で、私の白い柔肌をペロペロするつもりで……」
ほら、予想通り。
「あのね、吾輩は紳士だから。クーリアにそんなこと、ぜったいにしないから」
「ぶぅ……それはそれで、女の子として傷つくんですけどぉ」
口を尖らせるクーリア。
まったく。
じゃあいったい、どうすればいいんだよ、吾輩は。
「ばかなこと言ってないで、夜に備えようよ。クーリアだって、この前まで一人旅をしていたんだから、野宿くらい経験してるでしょ?」
「うぅぅ……ダニエさん家が恋しいよぉ」
まぁ、クーリアが嘆くのもわからなくはない。
けれど旅人とは、雨風しのげる温かい部屋のベッドより、空を見上げて大地で眠るのを選んでしまう種族のこと。
吾輩たちは、そうやって生きていくのが楽しいんだからさ。
「とりあえず、少しだけ奥に進んで、大きな幹の木の下辺りを――」
「あっ、ねぇ、ワガハイくん」
突然クーリアが、吾輩の背後を指さした。
「あれって……家の灯りじゃない?」
夜が、すぐそこまで近づいている。
森の景色は、もう完全に薄暗い。
そんな中に浮かんでいたのは、遠くの窓から漏れてくる淡い炎の揺らめきだった。




