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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第1章 第2節] ガレッツ公国>イダの森
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001. パーティーの主導権

 流されるままに、ハーフエルフの少女――クーリアとパーティーを組まされてしまった吾輩。

 予想外にもできてしまった相棒(?)は、実に機嫌よくとなりを歩いている。


「天気がいいと、何だか、春の匂いを全身で感じられるよね――うーん、気持ちいい」


 正直、独りは嫌いじゃない。


 けれど、誰かとの予期せぬ出会いこそ、こういう旅の醍醐味でもある。


 吾輩のどこを気に入ってくれたのかわからないけど、いつか来るかもしれない別れの時までは、彼女に付き合うのもおもしろいかもしれないな。


「ねぇ、ワガハイくん」


 オーヌの町を出発してしばらくすると、不意にクーリアが尋ねてくる。


「あてのない旅だって、ワガハイくんは言っていたけど、本当にそうなの? 国境なき騎士団のメンバーとしての仕事が、実はあったりとかさ」


 どことなく、クーリアから向けられる視線がキラキラしている気がする。

 彼女はすっかり、吾輩を国境なき騎士団員の『ワガハイ』として認識してしまっているみたいだ。


「正体を隠して、各地で世直し――みたいなことだったり♪」


 もしかしたら吾輩を、悪をくじく凄腕のヒーローだとでも考えているのか?


 だとしたら、すごく恥ずかしい。


 オーヌの町での一件、もっとこっそりやればよかったのかもしれない。


「期待に応えられなくて申し訳ないけどね、吾輩は本当に、目的のない旅をしているだけだから。いろいろあって国境なき騎士団には所属しているけど、それは成り行きのこ――」

「私的にはね、ワガハイくんはきっと、何か特別な密命を受けているんじゃないかって思うんだよね。王族とか貴族とかに指示されて、世界を混乱させるような、ものすごい悪者を追っているの――そうでしょ、ワガハイくん?」

「残念だけど、まったく違うよ」


 吾輩、クーリアの中では正義の間者になっちゃってるね、これは。


 訂正が必要だ、即訂正。


「国境なき騎士団の構成員は、当然ながら他にもたくさんいるし、吾輩なんて下っ端も下っ端。いてもいなくてもいいような立場の、本当に名前だけ貸してもらっているような一兵卒だよ。単なるお情け。王族や貴族からの密命とか、そんなレベルの話が吾輩に来るはずがな――」

「いいの、わかってるって。やっぱり、本当の目的がばれたらまずいんだよね。だからワガハイくん、ただの貧乏な旅人にしか見えない、地味で質素な格好をしてるんでしょ? あえてなんだよね、あえて」


「……君の無邪気な指摘によって、吾輩の心は深く傷ついたよ」

「大丈夫、私、全部わかっちゃってるから」


 わかってないクーリアに、吾輩の気持ちが伝わるはずもない。


「私、口は堅いから。そういうの、全然、本当に安心してもらっていいからね。だから今後、私にできることがあれば、何でも言ってね。相棒だもん、全力で協力するよ」

「…………」


 クーリアの笑顔に、少し戸惑う。

 その推理(?)は実に的外れだけど、彼女が吾輩に何かを期待していることだけは間違いなさそうだから。


 隠すことじゃない。

 だから、ちゃんと話しておこうと思う。


 彼女は一応、吾輩の相棒になったみたいだからね。


「あのさ、クーリア」

「ん?」

「吾輩にはね、過去の記憶がないんだ」


 躊躇なく、するりと。


 あまりに自然で、しかも唐突だったからか、クーリアは微笑んだまま、ただ首をかしげるだけだ。


「正確には、この十年以前の記憶を、吾輩は完全に失っている――自分の名前以外の、そのすべてを」

「…………」


 理解が追いついたのか、クーリアの表情が変わる。

 言葉は返ってこなかったけれど、吾輩の話を真剣に聞こうとしているみたいだ。


「気づいたときには、吾輩は『ワガハイ』だったんだ。それだけは確信できたし、疑問すら湧いてこなかった。だから不思議と、不安に思うこともなかったよ」

「……もしかしてワガハイくん、自分の記憶を求めて旅を?」


 吾輩の事情を知ったクーリアが初めて口にしたのは、ある意味、すごく真っ当な質問。


 記憶のない者が、あてのない旅を続ける理由としては、ものすごくしっくりくるなって、吾輩も思う。


 だけど、


「ううん」


 吾輩は首を振る。


「吾輩はね、自分の過去に興味がないんだよ――ほんの少しもね」


 過去を知ることが怖いわけでも、今の自分が『自分』なんだという強がりでもない。


 吾輩は心の底から、そう思っているんだ。


「上手く言葉にはできないんだけどね、吾輩は、やっと吾輩になれたような気がしているんだよ」

「……ワガハイくんが、ワガハイくんに?」

「うん、そう。吾輩にとっての一番古い記憶――自分が『ワガハイ』だという認識以外のすべてを持っていなかったあの瞬間から、吾輩は今日までずっと、毎日毎日ワクワクしている。この世界のすべてが、何だか全部、吾輩に合っているような、吾輩を求めているような、そんな気がしてならないんだ」


 言葉にすると偉そうな表現にはなるけれど、別に、神や支配者を気取っているわけじゃない。


 ただ、祝福されているような感覚はある。


 この世界に生まれたことが正しいと、他の誰かを介することなく、自分自身で肯定できるような、そんな魂の叫びが――。


「確認も主張も必要ない。吾輩が『ワガハイ』であることは、吾輩が知っている真理――だから、失った記憶になんて、吾輩は少しもワクワクしないんだよ」


 これから、どんな出会いがあるのだろう。

 これから、どんな景色を見られるのだろう。

 これから吾輩は、この世界で、いったい何をしていくのだろう。


 そんなことを考えるだけで、吾輩の心は躍る。


 魂が笑うんだよ、クーリア。


「わかってもらえたかな?」

「うん……ありがとう、ちゃんと話してくれて」


 お礼を言われるようなことはしていないけど、クーリアは吾輩に、そう答えた。


「あの、さ……一つ、聞いてもいい?」


 吾輩の中では、記憶がないことなんてどうでもいいことだが、やはり一般的には、ちょっと重たい話なのかもしれない。


 妙に神妙なクーリアが、吾輩を気遣うような雰囲気で尋ねてくる。


「わ、ワガハイくんが記憶を失っていることは理解できたけど、そ、それならワガハイくんって……いったい、いくつなの?」

「…………え?」


 何だか、もっと深い質問を投げかけられるような気がしていた吾輩は、あまりのことに間抜けな反応しかできない。


「だってさ、だいたい十年前までの記憶しかないんでしょ? アンデッドの年齢を、外見から判断するのは難しいじゃん。そういうのが重要な意味を持たない種族だとされているし、特にゴーストなんて、まったく全然わからないよ」


 確かにそうかもしれないけど、吾輩の年齢なんて、別にどうでもいいような気が……。


「もしかしたらワガハイくん、すっごいおじいちゃんかもしれないってことだよね?」

「まぁ、その可能性は否定できないね」


「だけど逆に、十歳の男の子っていうこともあるよね?」

「うーん……さすがに、それはどうかな」


 だとしたら吾輩、ダニエさんのところで出会った子供たちと、ほとんど変わらないくらいになっちゃう。


「ワガハイくんって説教くさいところがあるから、そこそこのオジサンなんじゃないかな、たぶん? 盗賊の私に、盗んだ物を返しなさい――的なことを言ってきたし」

「誰でも言うよ、それは」


「でも、あのオーヌのネズミ役人を前に、自分に酔っているような子供っぽいセリフを話していたよね? 声も男性としては高いような気もするし、ワガハイくん、意外と年下とか?」

「恥ずかしいから、あんまりいじらないでもらえる、ああいう場面での発言は」


 一応、国境なき騎士団員として行動する以上、それらしく振る舞わないといけないんだよ。


「で、いくつなの、ワガハイくん?」

「残念だけどね、それもわからないんだ。クーリアの言うように、アンデッドの年齢なんて、あってないようなものだからね。だいたい吾輩がいくつかなんて、別に関係な――」

「関係あるよ、ワガハイくん」


 そこでぐわっと、クーリアが身を寄せてくる。


「もしもワガハイくんが年上のオジサンだったら、若い美少女ハーフエルフである私との二人旅になるんだよ、これから。そんなの、幸運もいいとこじゃん。普通なら、お金を払わないとできない体験だよ。しかも、違法な商売のやつ。国境なき騎士団に目をつけられたら、すぐに捕まっちゃうようなやつ。私、十七歳だから。清い体の、ピチピチ十七歳だからねっ」

「……あんまり強調されると、吾輩は本当に君の年齢を疑いたくなるよ」


 ハーフエルフとはいえ、あくまで半分はエルフの血が入っているんだからさ。


「とにかく、よかったね、ワガハイくん。男性を知らない未成年の女の子と、これから毎晩、ドキドキの夜を過ごせるよ」


 いたずらっぽく、クーリアが笑う。


「でも……いかがわしい関係だって憲兵とかに疑われたりしたら、ワガハイくん、また牢屋行きになっちゃう。宿屋に私を連れ込むときは、十分に気をつけないとだねぇ」

「言っておくけど、吾輩が十歳の無垢な男の子である可能性もあるんだからね。無理やり夜の宿屋に連れ込んだとなれば、十七歳の自称美少女さんの方が問題になるから、そのつもりで」

「えへっ、大丈夫♪」


 どこか楽しそうに、クーリアが吾輩の腕に絡んできた。


「お互いに同意の上ですって言うから――ほらほら、どんどん行くよ」

「……まったく」


 春風に優しく押されながら、吾輩たちは草原の道を歩いていく。


 どうやらこのパーティーの主導権は、すでにクーリアが握っているらしい。

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