022. 二人で一つ(4)
ターボフさんと二人、じゃまにならない程度の傍観者を気取っていたつもりだが、その求めに応じ、一歩前へ――吾輩は、モザンゴアと対峙した。
『ユッカとマルチェへの助力、このソノーガ山脈に住まう精霊獣として、心から感謝します。あなたがいなければ、おそらくユッカは、永遠に悪しき精霊に飲まれ続けていたことでしょう――どうもありがとう、ワガハイ』
「いいえ。吾輩は自らの好奇心を満たすために、友人となってくれたユッカちゃんの道中に参加させてもらったまで。いささかヒヤリとさせられましたが、実に興味深い経験をさせていただきました」
『……なるほど。謙遜――とは、少し異なりますね。あなたはただ、心から自由に生きているのでしょう。風の向くまま気の向くまま、あらゆるものに囚われないという哲学が、私を前にしても乱れないということでしょうか』
「そのようにたいそうな思想を、吾輩は持ち合わせていません。あるのはただ、自分自身とこの世界を、できる限り楽しみたいという想いだけ――その過程で、もしも誰かの役に立てることがあるのなら、それ以上の幸せはないと考えてはいますけれど」
『……そうですか』
どこか含みのある雰囲気で、モザンゴアは答えた。
『ユッカの友人ということですから、私は今後、あなたとそれなりに関わることになるかもしれません――一つ、うかがっても?』
「どうぞ」
『あなたからは、わずかにドラゴンの臭いがします――心当たりは?』
「それは、間違いなくキューイでしょう」
『キューイ? あなたは、ドラゴンを眷属にしているのですね』
「モザンゴア――あなたが『眷属』をどう定義しているのかはわかりませんが、キューイは吾輩の旅の仲間です。もしも上下関係を意味しているのであれば、それは訂正していただきたい。彼は吾輩にとって、そういう対象ではありませんから」
『……それは失礼しました』
「いえ」
それからモザンゴアは、吾輩を注意深く観察しているようだった。
姿かたちだけではなく、帯びている魔力や、その魂さえも見抜こうとするみたいに。
『ワガハイ』
「はい」
『あなたは、非常に特異なゴーストのようです。この世界と完全に調和しているのに、あなたは常に、この世界の中に埋没することができない』
「……矛盾する表現のように聞こえますが?」
『言い換えましょう――良くも悪くも、この世界に存在する「特別な存在」が、あなたに興味を抱かずにはいられないのです』
「特別な存在、ですか?」
『もちろんそれらには、その聖邪を問わず、神や私たち精霊も含まれるでしょう。しかしそれだけではなく、世界中のあらゆる種族が、あなたを無視することができない――もちろん、聖邪を問わずです』
「ずいぶんな話ですね、それは」
こんなしがない旅のゴーストに、神や精霊を含むあらゆる存在が、まったく、どんな思惑で近づいてくるというのだろう。
正直、冗談を聞いているようにしか思えなかった。
『私は、決して予言者ではありません。あくまで、あなたたち種族より、多少は高次の存在として崇められている精霊獣としての勘と経験から、偉そうに語らせてもらっているだけのこと。その上で言わせてもらえるなら、あなたは少なくとも私たちのような魂を、間違いなく引きつける力を持っています。神や精霊があなたに――いや、もしかしたらあなたから神や精霊に、強く強く関わってしまうのかもしれませんね』
「あなたのような物わかりのいい精霊ならとにかく、邪悪な存在には、あまり関わりたくはないのですが」
先ほどの黒ムカデのような相手には、どうかご遠慮願いたい。
『あくまで私の見立てですよ、ワガハイ――しかし、もしもあなたに興味を抱く「清らかな」神や精霊がいたとして、あなたがその対象を誠実に認めることができるのであれば、ぜひ、彼らを受け入れてみてください。きっと、あなたの力になってくれることでしょう』
「……吾輩は、ユッカちゃんのような聖職者ではありません。あなたのような存在が、吾輩などに進んで力を貸してくれるとは思えませんが?」
『難しく考えることはありません。あなたは、キューイというドラゴンを「旅の仲間」だと、私に教えてくれました。その感覚で構いません。むしろそうであるからこそ、彼らはあなたに好感を持つのでしょう――もしかすると、あなたの仲間であるキューイは、あなたの力になるために、あなたを選んだのかもしれません』
「彼は、まだ幼いですから、そういうことは……それに吾輩は、ただ気ままな旅をしているだけ。力になるも何もないと思いますよ」
まぁ確かに、吾輩がクーリアの機嫌を損ねたときに、キューイは優しくフォローしてくれる。そういう意味で彼の存在は、非常にありがたいけれど。
『ええ。ですから、あくまで私の見立てです』
「…………」
発言の責任を放棄するようなモザンゴアに、吾輩は肩すかしをくらったような気分。
清き大地の精霊は、意外と適当なのかもしれない。
『最後に一つ』
断りを入れて、モザンゴアが続ける。
『本当に恐ろしいのは、神や精霊ではありません。人間、エルフ、トロール、ゴーストなど、あなたたちと同じような各種族――もちろんその中の、悪しき魂を持った存在たちです。神や精霊以上に、あなたは彼らを引きつける可能性がある。注意深く旅を進めることを、老婆心ながら忠告させていただきましょう』
「……覚えておきます」
言いたいことを言い終えたのだろう。
終始落ち着いた深い声を響かせていたモザンゴアは、そこでまた、淡い輝きに包まれる。
『さて、ユッカよ――マルチェと共に、大地の女神の巫女としての修行を続けてください。今日から私は、常にあなたと歩みます。あらためて、どうかよろしくお願いします』
「うむ。よろしく頼むのだ、モザンゴア」
ユッカちゃんが答えると、
『では、あなたが私を必要とする時に、また――』
モザンゴアは姿を消し、聖地を囲っていた四つの岩も、石碑も、元の状態に戻っていた。
「は、はぁ……」
直後、ユッカちゃんがへたり込む。
すべてが済んで、気が抜けてしまったのだろう。
「ユッカさま」
そんな彼女に呼びかけるマルチェさん。
本当に、無事でよかった。
「お主には迷惑をかけてしまったが、とりあえずワタシは、モザンゴアに認めてもらえたぞ、マルチェ」
「……はい、立派です、ユッカさま」
「きっとこれからも、お主には迷惑をかけると思うが、ワタシは頑張るのだ。だから、これからも、ワタシと――」
マルチェさんが、ユッカちゃんを抱きしめた。
「もちろんです、ユッカさま……ずっと、ずっといっしょですよ」
「う、うむ……ま、まぁ、お主の気持ちは、聞かなくてもわかっていたのだ」
恥ずかしそうに、けれど幸せそうに――ユッカちゃんはマルチェさんの腕の中で、そうつぶやいていた。
「終わりよければすべてよし――だな、ワガハイ」
ターボフさんが、吾輩に肩を回してくる。
「今夜の酒は、すこぶるうまそうだぜ」
支え合う二人の少女をながめながら、ターボフさんが言う。
「付き合えよな、ワガハイ」
「グシカ草の紅茶でいいなら、いくらでも」
「……やっぱり、つまんねーやつだな、お前は」
毒づきながら、ターボフさんは笑っていた。




