017. 彼女を目覚めさせたもの(3)
『ハハハッ。何ヲシタカハ知ラナイガ、オ前ノモクロミハ失敗シタヨウダナ』
ユッカちゃんの反応が鎮まったことで、黒ムカデはまた、その態度を大きくする。
「ワガハイ、どうなったんだ?」
状況を見ていたであろうターボフさんが、こちらに駆け寄ってきた。
モルコゴさんの魔効巻は破られ、マルチェさんは傷を負い、望みを託したグシカ草の秘策も効果がなかった。
あきらめたくない、ぜったいに。
けれどもう、打つ手が思い浮かばない。
ユッカちゃんを救い出すための、その手段が。
吾輩は無言のまま、ターボフさんに首を振った。
「……くっそ」
悔しそうに、ターボフさんが嘆く。
直後、
「うっ!? ぐあっ!!」
うなだれた彼を弾き飛ばす、黒ムカデのムチのような攻撃。
「ターボフさん!?」
岩壁に叩きつけられた彼は、そのまま地面を転がる。
「だ、大丈夫だ、ワガハイ……」
剣を頼りに何とか立ち上がったターボフさんだけど、不意を突かれたことで、大きなダメージを受けてしまった。
自分を支えるのが、今はやっとのようだ。
『サテ、旅ノゴーストヨ』
「…………」
邪悪な魔力を強くしながら、黒ムカデが言う。
『オ前タチトノ遊ビニモ、モウ飽キタ。ソロソロ終ワリニサセテモラウゾ――ルキュァァッ』
奇声と共に、不気味な体が吾輩を襲う。
ジャンプして回避。
それから、やつを中心に、旋回しながらの移動。
『逃ガサナイ』
波打つ悪しき精霊は、体液のようなものを放ち、またしても分身の小型黒ムカデを生み出す――その数は三匹。
さらに、
『〈大地の腕〉』
岩肌の腕を四本も出現させた。
『最後ダ、旅ノゴースト――ルキャァァァァァァァァァァァァァァッ』
もはや、それは一斉攻撃。
やつが吾輩を仕留めようとしているのは明らかだった。
岩石の拳をかわし、黒い分身に剣を入れる――と同時に呪文を唱え、火球で本体を牽制し、滑り込むようにして距離を詰めた。
壁のような魔法の腕の間から確認できたのは、やはり意識の戻らないユッカちゃんの姿。
「くっ」
怒りと歯がゆさの中で剣を薙ぎ、向かってきた岩肌の腕を破壊。
そこに飛んできた、黒ムカデ本体の頭突き。
下がっていた岩石の拳を足場に、攻撃を避けて移動。
上空へ抜けた吾輩は、隙のできた不気味な体を狙う。
「〈魔力充填・霊〉」
今なら、卑劣な怪物がユッカちゃんを盾にするより速く、吾輩の剣が届く。
渾身の力で斬り伏せれば、やつを倒せるはずだ。
これは、賭け。
黒ムカデを制圧することでユッカちゃんが正気に戻るのなら、吾輩の勝ち。
しかし、それでもユッカちゃんが悪しき精霊から解放されないのなら……吾輩の負けだ。
信じるしかない。
大地の女神の巫女の、勇敢で清らかな魂を。
吾輩と友だちになってくれた、かわいらしい女の子――ユッカちゃんのことを。
覚悟を決めた以上、迷うな。
これが失敗すれば、彼女は永遠に汚され続けるのだから。
青白い魔力が輝きを増す。
下降する勢いそのままに、この斬撃を――。
だが、
「ワガハイ、そんなことをしてはいけないのだ」
黒い波に浮かんでいるようなユッカちゃんが、吾輩へ手のひらを向けてきた。
「〈火の飛礫〉」
ニヤリと口元をゆがませた彼女は、一瞬にして巨大な火の玉を創り出す。
やつは、ユッカちゃんを盾にではなく、武器として吾輩を――。
『ハハハッ。死ネ、旅ノゴーストッ』
まるで、不気味なうごめきの中の太陽。
あれをくらえば、吾輩もただでは済まない。
放たれた火球を切断して――いや、ダメだ。
下には、黒ムカデの胴が這っている。
からみつかれたら身動きがとれない。
「に、逃げろ、ワガハイっ」
ターボフさんの声。
しかし、空中で逃げることなど――。
「さヨならナのダ、ワガハイ」
ユッカちゃんの本心であるはずもないひずんだセリフが聞こえた瞬間、邪気を帯びた火球が、吾輩へと放たれた。
くっ、やるしかない。
たとえ大地の女神の巫女の魔力であっても、邪悪な魔法に、吾輩の剣が負けるわけにはいかない。
「〈霊剣の斬撃〉」
一閃。
青白い斬撃が、巨大な火の玉をかき消した――しかし、問題はここからだ。
岩肌すら確認できない、そこはまるで黒い海。
飲まれたら、吾輩も――。
すると、うごめく黒い波の中を、何かが横切った。
怪しい魔力に染まることもなく、素早く、向かうべき場所しか見えていないように。
「ダメですよ、ユッカさま」
そして、悪しき存在に汚された小さな体を、優しく抱きしめた。
「ワガハイさんは、ユッカさまのお友だちではないですか」
マルチェさん、マルチェさんだ。
血まみれで、とても動けないはずの彼女が、確かにそこにいた――ユッカちゃんを抱きしめていた。




