016. 彼女を目覚めさせたもの(2)
そこに、
「ワガハイっ」
ターボフさんが駆けつける。
「とりあえず、従者の嬢ちゃんにできることはすべてやった。これで、回復系の魔効巻は全部使っちまったからな。もしダメージをくらっても、俺たちは根性で耐えるしかないぜ」
剣を抜いたターボフさんが、勇ましく言った。
回復魔法が使える聖職者や魔術師がいない以上、あとはマルチェさんの生命力を信じるしかない。
「んで、どうすりゃいいんだ、俺は? 難しいことはわからないが、体ならいくらでも張ってやるぜ、ワガハイ」
「さすが、頼もしいですね」
立派な武人の登場に、吾輩も心強い。
「ユッカちゃんに近づきたいんです。ですから、その隙を――」
話し終わる前に、残っていた岩肌の腕一本が、吾輩を襲ってきた。
こんなことなら、先に対処しておくべきだったか。
「〈霊剣の斬撃〉」
回避行動と同時に、霊気を保っていた剣で切断。
そのまま、ターボフさんに伝える――までもなく、
「要するに、あの黒い化け物の相手をしてればいいんだな」
もう彼は理解してくれたみたいだ。
「ええ、お願いします」
「任せろ、ワガハイ」
答えるやいなや、ターボフさんは片手で魔効巻を開く。
数が少なくなってきたからだろう。
残ったものを、すべて持ってきたみたいだ。
展開した魔効巻は緑色の輝きを放ち、ターボフさんの剣に魔力が宿る――大地や植物の属性を武器に帯びさせる補助系魔法のようだ。
おそらく『魔力充填』に近い術式だと考えられる。
「おい、こっちだ、化け物っ」
『フンッ、トロールモ湧イテキタカ』
叫んだターボフさんに、黒ムカデが反応。
彼が引きつけている間に、不気味な胴を揺らす背後へ。
吾輩に注意が向いていないため、すんなりと回り込めた。
やつの全身からは、邪悪な魔力が漂っている。
しかもその体は、体当たりでマルチェさんに重傷を負わせるほどの凶器でもある。
ゴーストの吾輩でも、突進や頭突きをまともにくらえば、大きなダメージを避けることはできない。
「どうした? 全然当たらないぜ、そんなの」
『クッ……小賢シイトロールメ』
ターボフさんにほんろうされているような黒ムカデ。
その波打つ尾を意識しながら、こちらの意図を悟られないように近づかなければならない。
この卑劣な怪物なら、必ず――。
すると、
『気ヅカナイトデモ思ッタカ』
つぶやいた黒ムカデが、ぐわんと胴をねじって吾輩の方へ。
剣を構えた吾輩は、逃げることなく進んでいく――やつの体を斬り裂く勢いで。
『ハハハッ、バカメ。オ前モ、アノハーフミノタウロスノヨウニシテヤル』
吾輩の前に差し出されたのは、やはりユッカちゃん。
顔を上げた彼女が、不安そうに語りかけてくる。
「ワガハイ……」
『優シサナドトイウ愚カナ感情ニ負ケ、オ前モマタ、私ノ餌食ニナルノダ』
剣が届く範囲まで、吾輩は飛び込む――振り抜けば、ユッカちゃんの首を落とせるくらいまで。
黒ムカデの頭部も迫る――吾輩を貫こうと、不気味にまがまがしく。
吾輩は、大きく剣を薙いだ。
「はぁーっ」
けれどそれは、ユッカちゃんへじゃない。
『クッ……』
向かってきた黒ムカデに対する牽制。
もちろんこれで、やつを倒せるとは思っていない。
当然のように避けられ、剣は空を切った。
だけど吾輩が狙っていたのは、最初から次の一手なんだ。
「ワガハ――んっ!?」
右手で剣を走らせた流れのままに、吾輩は左手で取り出したグシカ草を、操り人形状態でセリフを話すユッカちゃんの口へ押し込んだ。
「目を覚ませ、ユッカちゃん!!」
そこに迫ってくる、黒ムカデによる再度の攻撃。
吾輩は素早く後退して、距離を作り回避した。
「あ、う……ぺっ、ぺっぺっぺ!!」
『ナ、何ヲシタ、旅ノゴーストメ』
反射的にグシカ草を吐き出そうとしているユッカちゃんに、黒ムカデも戸惑い気味。
当然ながらあれは、やつが操っている行動なんかじゃない。
ユッカちゃんが、嫌いな苦い食べ物を口から出したいという本能的なものだ。
「聞こえるか、ユッカちゃん? ユッカちゃん!!」
今なら、黒ムカデの支配が一時的に弱まっているはず。
ユッカちゃんが意識を取り戻してくれれば、事態は完全に好転する。
届け、届いてくれ。
「ユッカちゃん!!」
しかし、グシカ草を吐ききった彼女は、
「…………」
再びうなだれて、もう顔を上げることはなかった。
「……くっ」
ダメだ。
吾輩の声は、ユッカちゃんに届かなかった。




