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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第4節] パジーロ王国>グシカ森林⇔ソノーガ山脈
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016. 彼女を目覚めさせたもの(2)

 そこに、


「ワガハイっ」


 ターボフさんが駆けつける。


「とりあえず、従者の嬢ちゃんにできることはすべてやった。これで、回復系の魔効巻スクロールは全部使っちまったからな。もしダメージをくらっても、俺たちは根性でえるしかないぜ」


 剣を抜いたターボフさんが、勇ましく言った。


 回復魔法が使える聖職者や魔術師がいない以上、あとはマルチェさんの生命力を信じるしかない。


「んで、どうすりゃいいんだ、俺は? 難しいことはわからないが、体ならいくらでも張ってやるぜ、ワガハイ」

「さすが、頼もしいですね」


 立派な武人の登場に、吾輩も心強い。


「ユッカちゃんに近づきたいんです。ですから、そのすきを――」


 話し終わる前に、残っていた岩肌の腕一本が、吾輩を襲ってきた。


 こんなことなら、先に対処しておくべきだったか。


「〈霊剣の斬撃ネヴィマ・フォル・パーザ〉」


 回避行動と同時に、霊気を保っていた剣で切断。


 そのまま、ターボフさんに伝える――までもなく、


「要するに、あの黒い化け物の相手をしてればいいんだな」


 もう彼は理解してくれたみたいだ。


「ええ、お願いします」

「任せろ、ワガハイ」


 答えるやいなや、ターボフさんは片手で魔効巻スクロールを開く。


 数が少なくなってきたからだろう。

 残ったものを、すべて持ってきたみたいだ。


 展開した魔効巻スクロールは緑色の輝きを放ち、ターボフさんの剣に魔力が宿る――大地や植物の属性を武器に帯びさせる補助系魔法のようだ。

 おそらく『魔力充填マギド・レージ』に近い術式だと考えられる。


「おい、こっちだ、化け物っ」

『フンッ、トロールモイテキタカ』


 叫んだターボフさんに、黒ムカデが反応。


 彼が引きつけている間に、不気味な胴を揺らす背後へ。

 吾輩に注意が向いていないため、すんなりと回り込めた。


 やつの全身からは、邪悪な魔力が漂っている。

 しかもその体は、体当たりでマルチェさんに重傷を負わせるほどの凶器でもある。

 ゴーストの吾輩でも、突進や頭突きをまともにくらえば、大きなダメージを避けることはできない。


「どうした? 全然当たらないぜ、そんなの」

『クッ……小賢シイトロールメ』


 ターボフさんにほんろうされているような黒ムカデ。

 その波打つ尾を意識しながら、こちらの意図を悟られないように近づかなければならない。


 この卑劣な怪物なら、必ず――。


 すると、


『気ヅカナイトデモ思ッタカ』


 つぶやいた黒ムカデが、ぐわんと胴をねじって吾輩の方へ。


 剣を構えた吾輩は、逃げることなく進んでいく――やつの体を斬り裂く勢いで。


『ハハハッ、バカメ。オ前モ、アノハーフミノタウロスノヨウニシテヤル』


 吾輩の前に差し出されたのは、やはりユッカちゃん。

 顔を上げた彼女が、不安そうに語りかけてくる。


「ワガハイ……」

『優シサナドトイウ愚カナ感情ニ負ケ、オ前モマタ、私ノ餌食えじきニナルノダ』


 剣が届く範囲まで、吾輩は飛び込む――振り抜けば、ユッカちゃんの首を落とせるくらいまで。


 黒ムカデの頭部も迫る――吾輩を貫こうと、不気味にまがまがしく。


 吾輩は、大きく剣をいだ。


「はぁーっ」


 けれどそれは、ユッカちゃんへじゃない。


『クッ……』


 向かってきた黒ムカデに対する牽制けんせい

 もちろんこれで、やつを倒せるとは思っていない。

 当然のように避けられ、剣は空を切った。


 だけど吾輩が狙っていたのは、最初から次の一手なんだ。


「ワガハ――んっ!?」


 右手で剣を走らせた流れのままに、吾輩は左手で取り出したグシカ草を、操り人形状態でセリフを話すユッカちゃんの口へ押し込んだ。


「目を覚ませ、ユッカちゃん!!」


 そこに迫ってくる、黒ムカデによる再度の攻撃。


 吾輩は素早く後退して、距離を作り回避した。


「あ、う……ぺっ、ぺっぺっぺ!!」

『ナ、何ヲシタ、旅ノゴーストメ』


 反射的にグシカ草を吐き出そうとしているユッカちゃんに、黒ムカデも戸惑い気味。


 当然ながらあれは、やつが操っている行動なんかじゃない。


 ユッカちゃんが、嫌いな苦い食べ物を口から出したいという本能的なものだ。


「聞こえるか、ユッカちゃん? ユッカちゃん!!」


 今なら、黒ムカデの支配が一時的に弱まっているはず。

 ユッカちゃんが意識を取り戻してくれれば、事態は完全に好転する。


 届け、届いてくれ。


「ユッカちゃん!!」


 しかし、グシカ草を吐ききった彼女は、


「…………」


 再びうなだれて、もう顔を上げることはなかった。


「……くっ」


 ダメだ。


 吾輩の声は、ユッカちゃんに届かなかった。

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