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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第4節] パジーロ王国>グシカ森林⇔ソノーガ山脈
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015. 彼女を目覚めさせたもの(1)

 硬質な大地をなでるがごとく、かわいた風が吹き抜ける。


 吾輩を待ち受けるように山路やまじをふさいでいたのは、


『逃ゲ出シタノカト思ッタゾ、旅ノゴースト』


 マルチェさんの攻撃から完全に回復した黒ムカデだ。


『ドウダ? アノ、ハーフミノタウロスノ娘ハ死ンダカ? ハハハハハッ』


 ユッカちゃんの体と魔力をもてあそび、マルチェさんの優しさを笑った悪しき精霊に、さすがの吾輩も穏やかではいられない。


「……どうか覚悟してください。このいきどおりを押し殺せるほどに、吾輩は人格ができていませんので」

『ヌカセ。覚悟スルノハ前ノ方ダ、旅ノゴーストヨ――〈大地の腕ドルク・ラコ〉』


 もはや自分の得意技のように、四本の岩肌の腕を出現させた黒ムカデ。


 傷ついているマルチェさんを守るため、吾輩は岩陰から離れるように移動。


 吾輩をターゲットにしているからか、太い四本の腕も、流れるように追いかけてきた。


 小刻みに切り返しながら、向かってきた魔法の腕をかわす。

 空振りした硬い拳が、ガスッ、ドスッと、地面や岩壁を揺らしていた。


『ハハハッ、ドウシタ? ソンナコトデハ、私ヲ倒スコトナドデキナイゾ』


 悔しいが、確かにその通り。


 しかし、どうしたらいいのかがわからないんだ。


 吾輩にとって、黒ムカデの呪文も、分身も、たいした驚異ではない。

 あいつの魔力が尽き果てるまで、何度でもかき消してみせる。


 けれどそれでは、いたずらに時間をついやすだけだ。


 吾輩だけならとにかく、今は重傷のマルチェさんがいる。


 もしも可能なら、次の一撃に吾輩の魔力を注ぎ込んで、すぐに決着をつけたいくらいだ。

 一秒さえも惜しい状況なのだから。


 しかし、焦って下手に近づけば、やつはユッカちゃんを利用してくるだろう。


 卑劣な精霊の行動に、マルチェさんはやられたんだ。


「〈魔力充填・霊マギド・レージ・ネヴィマ〉――〈霊剣の斬撃ネヴィマ・フォル・パーザ〉」


 魔法剣術で、二本の腕を撃破。


 対処しながらも、吾輩はとにかく考える。


 重要なのは、ユッカちゃんを黒ムカデから解放すること。


 もちろんそれは、彼女の命を絶つことなんかじゃない。

 無事に救い出し、マルチェさんのもとへ連れていくことだ。


 現在の黒ムカデは、ユッカちゃんを取り込み、その潜在的魔力を支配している状態。

 そしてそもそも、モルコゴさんの魔効巻スクロールによる結界を抜けて、岩陰からマルチェさんを強引に移動させるほどの精霊――あの怪物は、決してあなどれる相手ではないのだろう。


 しかしながら、やつはマルチェさんの幻を見せてから、動揺していたユッカちゃんに接触した。

 正面から攻撃を仕掛けたのではなく、技巧的ぎこうてきな工作を仕掛けた上で、彼女を取り込むことに成功したんだ。


 つまり、大地の女神の巫女であるユッカちゃんとまともにやり合うことを、あえて避けたのだと考えることができる。


 ならば、もしもユッカちゃんが正気に戻れば、彼女自身の力で、あの黒ムカデを追い払うことが可能なのではないか?


 試してみる価値はありそうだ。


「〈火の飛礫イーゴ・ジェハ〉」


 火の呪文で、岩肌の腕一本を破壊した吾輩は、動き続けたままで叫ぶ。


「ユッカちゃん! 聞こえているかい、ユッカちゃん!!」

「…………」


 黒ムカデの帯状の胴体にからまっているユッカちゃんは、当然のように反応を示さない。


「吾輩だよ、ユッカちゃん! 君の友だち――ゴーストのワガハイだ!!」

『ハハハッ、無駄ナコトヲ』


 吾輩の行動を、黒ムカデがあざ笑う。


『大地ノ女神ノ巫女ニハモウ、心ナド残ッテハイナイ。私ノ一部ニ過ギナイノダカラ』


 うるさい、黙っていろ。


 吾輩は、ユッカちゃんと話しているんだ。


「ユッカちゃん、ユッカちゃん!!」

「…………」

『ハハッ、ハハハハハッ』


「答えてよ、ユッカちゃん!!」

「…………」


 くっ、ダメか。


 彼女が目覚めてくれれば。


 目覚めてさえ……目覚めて?


 そこで吾輩は、先日の光景を思い出す。


 オトジャの村へ向かう、朝のグシカ森林での出来事。


 野宿で一晩を過ごしたユッカちゃんが眠たそうにしていた時、マルチェさんがかいがいしく、いろいろと世話をしていたことを――。



『まずは、葉ですくった小川の水です。のどをうるおして、すっきりさせてください』

『うむ……ありがとうなのだ、マルチェ(ごくり)』

『次は、甘い木の実です。おいしいですから、食べれば目も覚めるでしょう』

『うむ……甘い木の実は大好きだぞ、マルチェ(はむはむ、もぐもぐ)』



『最後に、栄養のある野草です。これで、目的の村まで元気よく歩けますよ』

『うむ……いつもすまないのだ、マルチェ(はむ)』



『うぇっ!? ぺっぺっぺ!!』



『し、舌がおかしくなった気がするぞ、マルチェ』

『栄養のあるものを食べても、舌はおかしくなりませんよ、ユッカさま』

『む、むぅ……栄養があろうとなかろうと、ワタシは苦いものが嫌いなのだ――ぺっぺっぺ』



 吾輩は自分のコートのポケットを探る――あった、グシカ草。

 眠気まなこだったユッカちゃんが、一瞬で目覚めるほどの苦みを持つ野草だ。


 クーリアの機嫌を損ねて、それで保存食代わりにんでおいたわけだけど、意外なところで役に立ちそうだな。

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