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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第4節] パジーロ王国>グシカ森林⇔ソノーガ山脈
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014. 牙をむく山路(8)

「がはっ!?」


 血しぶきが舞う。


「マルチェさん!!」


 彼女の斧槍が、


おろカダナ、実ニ』


 邪悪な怪物に届くことはない。


 力の抜けたマルチェさんは、ねじれるようにして背中から倒れた。


「まったく愚かなのだ――ははっ、はははははっ」


 ユッカちゃんが――いや、黒ムカデに操られている彼女が笑う。


 つくづく、この精霊は外道だ。


「う、うそだろ、おいっ!?」


 突然の事態に、ターボフさんも困惑を隠せない。


「くっ――〈火の飛礫イーゴ・ジェハ〉」


 当初の予定とは違ってしまったが、牽制けんせいのために、黒ムカデへ火球を放つ吾輩。


 そのすきに、横たわっているマルチェさんへと駆け寄った。


「マルチェさん、大丈夫ですか? マルチェさんっ」

「うっ、くぁ、は……わ、ワガハ、イ、さん」


 よかった、息はある。


 完全に胸を貫かれたかのように思えた傷も、腹部側面をえぐられただけのようだ。

 武人としての感性でとっさに体が反応し、瞬時にしんらしたんだろう。


 とはいえ、出血がひどい。


 呼吸も、明らかに浅かった。


 とにかく、ここから運び出さないと。


 吾輩は、マルチェさんをかつごうと肩を回す。


 そこに素早く、ターボフさんがやってきた。


「どけ、ワガハイ。お前の細腕じゃ、従者の嬢ちゃんを引きずっちまう――岩陰まで行くぞ」

「わかりました、お願いします」


 慎重に、けれど軽々とマルチェさんを持ち上げて、ターボフさんが走り出す。


 吾輩は、黒ムカデの動向に注意しながら、二人を護衛ごえい

 何とか、休憩きゅうけいしていた場所まで戻ることができた。


 吾輩は、警戒を継続。


 一方でターボフさんは、血まみれのマルチェさんを優しく横たえた。


「これは、ひどいな……ワガハイ、回復魔法の心得は?」

「残念ながら門外漢もんがいかんです――回復系の魔効巻スクロールを、モルコゴさんから預かっていませんか?」

「あるにはある。しかし、基本的なものしか……止血と魔効巻スクロールの効果で時間稼ぎはできるが、どこまで持つかわからない。一刻も早く親父クラスの聖職者や魔術師にてもらわないと、この嬢ちゃんは死んじまうぞ」


 つまりマルチェさんは、今すぐにでも下山が必要な状態ということだ。


「ここで最低限の対処をして、今からターボフさんがマルチェさんと共にオトジャまで帰った場合、助かる可能性は?」

「嬢ちゃん本来の体力次第になるが……難しいだろうな」

「そう、ですか……」


 退くことも、進むことも困難。


 最悪の状況に、最悪の状況が重なった。


 それでも、ここで立ちすくんでいるわけにはいかない。


「マルチェさんをお願いします、ターボフさん――あいつの相手は、吾輩が」


 回復魔法にうとい吾輩がここにいても、何の役にも立たない。


 マルチェさんのためにも、ユッカちゃんを助ける――それしか、吾輩にできることはないのだから。


「……ああっ、くっそ――わかった。死ぬなよ、ワガハイ」

「ご安心を――吾輩は、あなたをなぐり飛ばしたゴーストですよ、ターボフさん」


 ふざけてみせた吾輩に、彼はかすかに笑ってくれた。


「ここで、従者の嬢ちゃんにできる限りのことをしたら、俺も加勢する。一人より二人の方が、何かチャンスを作れるはずだ」

「そうですね」


 とはいえ、やつがユッカちゃんを盾にしている以上、数的優位すうてきゆういがどこまで機能するかわからないが。


「とにかくここに、やつを近づけさせはしません。ターボフさんは魔効巻スクロールで、マルチェさんの回復を――」

「ワガ、ハイさ、ん……」


 そこで、息の抜けた声のマルチェさんが、吾輩を呼んだ。


「ど、うか、ユッカさ、まを……あ、の方は、あの方だ、けは、どう――ごっ、か、かっ」

「わかっています、わかっていますから」

「私は、どう、なっても、構いま、せ、ん……だから、ユッカ、さまを――」


 抑揚よくようのない声が細くなる。


 わずかに聞こえてきた浅い吐息だけが、マルチェさんが生きていることを確認させてくれた。


「……いってきます」


 ターボフさんと――そして、きっと届いているだろうマルチェさんに告げて、吾輩は岩陰から飛び出した。

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