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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第4節] パジーロ王国>グシカ森林⇔ソノーガ山脈
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013. 牙をむく山路(7)

 そこで甲高かんだかい音がひびき、マルチェさんの攻撃がずれた――吾輩が剣で、彼女の武器を弾き返したからだ。


「くっ……」


 かすかに息をらしたマルチェさんは、受け身をとりながら地面を転がり、素早く立ち上がる。


 流れのまま着地した吾輩と適度な距離を保ちながら、それぞれに向き合うような形になった。


「……どういうつもりですか、ワガハイさん?」

「吾輩は、吾輩のやるべきことをやります――少なくともそれは、あなたが悲しみの中で手を汚すのを、だまって見守ることではありません」


 マルチェさんから投げかけられた当然の問いに、吾輩はいつわりのない想いを伝えた。


「な、何やってるんだよ、ワガハイ!?」


 あわてたようなターボフさんの声。

 マルチェさんを叩き落とすなどという吾輩の行動は、彼には意味不明に映ったことだろう。

 事実上、悪しき精霊を守るようなことをしてしまったのだから。


 けれど、マルチェさんはさっしている。


 吾輩の心の内を、きっと。


「……現状、ただきれいごとを語るだけでは、取り返しのつかない事態を引き起こしてしまいます。これは、従者としての私の使命。あなたの自己満足に付き合っている場合ではないのです」

「だとしても吾輩は、ユッカちゃんの命を本気でうばおうとしているあなたを、このまま見過ごすわけにはいきません」


「これは、私たちウィヌモーラ大教の問題――見過ごしていただかないと困るのですよ、ワガハイさん」

「ユッカちゃんは、吾輩の大切な友だち――その大切な友だちに殺意を向けるあなたを、どうして見過ごすことができるでしょうか?」


「……どいてください、ワガハイさん」

「それはできません、マルチェさん」

「…………」

「…………」


 吾輩とマルチェさん。


 無言ながら、異なる二つの闘気が、確かにぶつかっていた。


 そんな吾輩たちを、


『仲間割レトハ、実ニ都合ガイイ』


 奇怪な怪物が見下ろしてくる。


『クルキャァァァァァァァァッ』


 大きくらせた帯状の体を、ムチのごとくいだ黒ムカデ。

 どうやら、回復する時間を与えてしまったらしい。


 波打つ黒いしなりを、反転しながら回避する吾輩。


 マルチェさんも岩肌をり、大きく後退してやり過ごした。


 しかし、悪しき精霊の攻撃は止まらない。

 胴を持ち上げたとたん、自らを揺らして不気味な液体を発射。

 それが変化し、小型の黒ムカデが四匹出現した。


「〈火の飛礫イーゴ・ジェハ〉」

「〈岩石の矢ガルゴ・ナイ〉」


 襲いかかってきた小型黒ムカデに、魔法を放った吾輩とマルチェさん。


 火球と石杭に貫かれた小型の黒ムカデは、弾けて消滅。


 残りの二匹に対応しようと動く吾輩だが、やはりマルチェさんは本体しか狙っていない。


 わかっているんだ。


 これはあくまで、牽制けんせい程度の魔力で創られた黒ムカデの分身。

 やつを倒すには、やつ自身を攻撃するしかないことを。


 マルチェさんが唱える。


「〈岩石の矢ガルゴ・ナイ〉」


『先ホドハ不意ヲ突カレタガ、ソンナモノ、恐ルルニ足ラナイ』


 素早くうねる黒ムカデは、マルチェさんの魔法を器用にかわす。

 縦横無尽じゅうおうむじんに動く帯状の不気味な体は、回避能力に優れているということか。


「〈岩石の矢ガルゴ・ナイ〉〈岩石の矢ガルゴ・ナイ〉〈岩石の矢ガルゴ・ナイ〉」


 それでもマルチェさんは、周囲を円形に走りながら呪文を唱え続けた。


『ハハハッ――ムヤミニ魔法ヲ乱発シテハ、スグニ魔力ガ底ヲツイテシマウゾ』


 一方の黒ムカデは余裕よゆうの対応。


 マルチェさんの殺意に焦りを見せていた態度は、完全に消えていた。


 すると吾輩に、小型黒ムカデの残り二匹が襲いかかってきた。


「〈魔力充填・霊マギド・レージ・ネヴィマ〉――〈霊剣の斬撃ネヴィマ・フォル・パーザ〉」


 剣を流して、一太刀で二匹を撃破。


 吾輩も黒ムカデ本体に――と思った瞬間、異様な熱と光が伝わってくる。


『〈火の飛礫イーゴ・ジェハ〉』


 うなだれたままのユッカちゃんが両手を前にかかげ、巨大な火の玉を生み出していた。

 大地の女神の巫女の魔力をふんだんにぎ込んだ、特大の火球だ。


『ヤハリ、巫女ノ体ハ最高ダ』


 薄汚れたセリフと同時に放たれる、揺らめく赤き魔法。


 そのターゲットは、言うまでもなくマルチェさんだ。


 吾輩は剣を逆手に持ち、彼女に向かって駆けていく。


「〈霊剣の斬撃ネヴィマ・フォル・パーザ〉」


 マルチェさんに飛びつきながら、吾輩は剣を横薙ぎに走らせ、火球を切断――転がりながら、いびつな岩壁まですべっていった。


「大丈夫ですか?」

「……ええ」


 短く言葉を交わして、すぐに立ち上がる吾輩とマルチェさん。


 視線は黒ムカデから離さず、彼女が語りかけてくる。


「私を助けていいのですか、ワガハイさん?」


 ユッカさまを殺そうとしている、この私を――という意味なのだろう、彼女が言っているのは。


「確かに吾輩は、ユッカちゃんの友だちとしてここにいます。約束もしましたからね――もしもの時は、なぐってでも彼女を目覚めさせると」

「…………」

「けれど吾輩は、マルチェさんとも約束をしました――あなたの力になると。あなたとユッカちゃんの旅を、こんなところで終わらせないために」


 わかっている。


 マルチェさんが心を殺して、その上で従者としての使命を果たそうとしていることを、吾輩だってわかっている。


 それでも、それをげてしまったマルチェさんは、ぜったいに自分を許すことができないだろう。


 たとえ、ウィヌモーラ大教が認めていても。


 たとえ、ユッカちゃんの両親が、それを受け入れたとしても。


 他ならぬマルチェさん自身が、自分を死ぬまで責め続けるはずだ。


 そんな結末を、いったい誰が望むというのだろう?


「あきらめないでください、マルチェさん。あなたは一人じゃない、吾輩といっしょに――」

「お願いです、ワガハイさん。もう、もう何も言わないでください。希望を抱いてしまいます、もしかしたらと考えてしまいます……覚悟が、にぶってしまいますから」


 吾輩の言葉を、その平坦な口調でさえぎったマルチェさんは、


「私は、あの怪物に汚されているユッカさまを、一秒でも早く解放してあげたい――ただ、ただそれだけなのです」


 黒ムカデを――いや、捕らわれているユッカちゃんを見つめながら、一筋の涙を流していた。


 そして、マルチェさんが動く。


「〈岩石の矢ガルゴ・ナイ〉」


 今までと同じ――ではない。


 魔力量が、明らかにふくれ上がった。


『クッ……』


 黒ムカデも、それを感じ取ったらしい。

 回避しながらも、わずかに声を漏らしていた。


 マルチェさんのまとう殺気もまた、強くするどくなっていく。

 それだけで、悪しき精霊の胴を切りきざんでしまうほどに。


『ど、〈大地のドルク――〉』

「〈岩石の矢ガルゴ・ナイ〉」


 魔法を放つ間を与えない、マルチェさんの呪文詠唱じゅもんえいしょう


 頭部をかすめた魔法の石杭にひるんだ黒ムカデが、大きく体をしならせた。


 吾輩も加速し、その背後へ回り込む――が、波打つ尾が持ち上げられ、一気に接近できない。


 ならば、旋回せんかいして側面に。


 黒ムカデの頭部が、反動で逆サイドに揺れた。

 上下のはしが地面から離れ、胴体が開いたような状態になる。


 マルチェさんは、やはりそこを見逃さない。


 両手で斧槍を持った彼女は、折れてしまいそうなほどに体を引く。


 不気味な怪物を、その一太刀で斬り裂くために。


『コ、コノォォッ』


 無数の足をうごめかせる黒ムカデ。


 卑劣ひれつな怪物は当たり前のように、尾の付近まで後退させていたユッカちゃんを、盾のようにして突き出してきた。


 まずい――このままでは、マルチェさんの斧槍がユッカちゃんに届く。


 しかしここからでは、マルチェさんに飛びかかることも、ユッカちゃんの前で攻撃を弾き返すことも、吾輩にはできない。


 唯一、可能性があるのは魔法。

 威力を最小限にして、マルチェさんの武器に当てる――これしかない。


 鋭く、斧槍が伸びる――ユッカちゃんごと、悪しき精霊を切断する勢いで。


 火の飛礫イーゴ・ジェハ――吾輩がそう唱えようとした瞬間、操り人形のようだったユッカちゃんが、不意に顔を上げた。



「マルチェ、助けてほしいのだ」



 ユッカちゃんの、懇願こんがんするような声。


 ユッカちゃんの、不安そうな表情。


 迷いは振り払ったはずだ。


 覚悟もできていたはずだ。


 けれど、それでも、


「っ!?」


 大好きな『妹』を前にして、マルチェさんの動きが一瞬止まる。


 わかっているはずなのに。


 それが、彼女の言葉ではないことを、十分にわかっているはずなのに――。


「ゆ、ユッカさ――」

「ダメだっ、逃げろ、マルチェさんっ!!」


 吾輩が叫んだ直後、黒い体がまるで刃物のように、マルチェさんの腹部を貫いた。

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