008. 牙をむく山路(2)
二足歩行。
グシカ森林で遭遇した個体と比べると、一回り大きい――中型か。
頭は、まるで先端の尖ったかぶとを装備しているような形状。
防御力がありそうな外見だけれど、頭部は特に硬そうだ。
「グゴ、グゴルゥ」
体格からするとあごは小さく、あまり発達していない。
しかし腕は、短いながらも太い。
加えて尾は長く、こちらを威嚇するように反り上げていた。
口には、滴るような唾液。
この恐竜が獲物を求めていることは間違いなかった。
「肉食だな。俺たち……いや、俺のことが、こいつには霜降りステーキにでも見えているんだろうさ」
確かに飢えた獣とはいえ、ゴーストである吾輩に食欲が湧くとは考えにくい。
狙いはトロールであるターボフさんだろう。
不謹慎かもしれないが、何ともありがたい話だ。
「俺は魔法が使えない。だから援護は頼んだぞ、ワガハイ」
「任せてください」
確認し合った吾輩たちは、それぞれに行動を開始する。
「いくぜ、石頭っ」
抜刀したターボフさんが、加速して前進。
彼は一瞬にして、闘気を体にみなぎらせた。
高さのある岩を利用しながら跳んで、中型恐竜の頭部に剣を下ろす。
「ふんっ」
鈍い音。
やはり、外見通りに硬いようだ。
石うろこの恐竜は、頭を振って、ターボフさんを弾き飛ばした。
「……ちっ」
着地したターボフさんだけど、手応えのないことにいらだっている様子。
そこに向かってくる、恐竜の尾。
しなる鞭どころではない勢いで、ターボフさんを襲う。
「〈火の飛礫〉」
「グゴフォ!?」
吾輩の魔法が、恐竜の腹部に直撃――ターボフさんへの攻撃が止まった。
ひるんだ隙に距離を詰め、
「〈魔力充填・鋼〉」
吾輩は、呪文を唱えて飛び上がる。
「〈錬鉄の拳〉」
魔法で変化した右腕――あごをえぐるように、やや下から拳を叩き込んだ。
「グルゴッ!?」
尾が上がっていて、下半身が不安定だったのだろう。
吾輩の攻撃を受けた石うろこの恐竜は、そのまま地面に倒れてしまった。
「ひゅーっ、さすがだな」
からかうようなターボフさんの反応。
彼の中で、また吾輩の評価が上がったみたいだ。
けれど、
「グ、ル……ゴルゥ」
石うろこの恐竜は立ち起きる。
さすがに一撃では、意識を刈り取れなかったか。
「ゴル、グル、グゴルゥゥゥッ」
吾輩たちの力を、本能的に認識したらしい石うろこの恐竜。
戦意はまだ失っていないようだが、いささか慎重に、こちらとの距離を保っていた。
「ワガハイ。お前、あと何発、あの鋼の拳を放てるんだ?」
「あれは、吾輩の得意な魔法体術の一つ。ご希望なら、いくらでもお見せしますよ」
魔法効果は継続中だ。
抜刀していない右腕はまだ、強固な篭手を装備しているような状態。
叩き込む準備はできている。
「だったら、もう一発頼む。やつのバランスは、俺が崩してやるから」
「なるほど、わかりました」
つまりターボフさんは、石うろこの恐竜が倒れた状況を再現しようと考えているんだ。
同じ技で二回も地を這うことになれば、嫌でも吾輩たちの力量を理解せざるを得ないはずだから。
「来いよ、石頭っ」
剣を引いたターボフさんが走り出す。
迎え撃つように空を切る、石うろこの恐竜の尾。
しかしターボフさんは体を滑らせて、器用に回避。
敵の足下に入り込み、流れのままに剣を振り抜いた。
「うりゃーっ」
「ルゴッ!?」
ターボフさんは剣の刃ではなく、剣の面を叩き込むように、恐竜の足首に当てたみたいだ。
硬いうろこは、簡単に切り裂くことができない。
しかし、怪力を誇るトロールの戦士がピンポイントで打撃を加えれば、いくら恐竜といえども、体勢を崩すのは必至。
吾輩はただ、そこを狙えばいいだけだ。
「〈錬鉄の拳〉」
「ゴガッ!?」
今度は、少し打ち落とすように拳を突き出した吾輩。
ターボフさんにお膳立てしてもらえたこともあって、先ほどより豪快に倒れた石うろこの恐竜は、
「ゴグ、ガ、ゥル……」
ずいぶんと情けない声でうなるだけだ。
戦意が消えていくのが、手に取るようにわかる。
ふらつきながら立ち上がった石うろこの恐竜は、長い尾を引きずりながら、振り返ることなく去っていった。
よし、何とか追い払えたみたいだな。
「あいつは今頃、弾けるような星が見えてるはずだぜ。お前の拳は効くからな。経験者は語る――ってやつだ」
滑り込んだことでついた砂を払いながら、近づいてきたターボフさんが言った。
剣を収めた彼は、闘気の気配を薄めている。
素早く切り替えができるのは、実力のある武人の証だ。
「ったく……お前が援護する役目だったはずなのに、おいしいところを持っていかれたぜ」
「あはは、すみません――けれど全部、ターボフさんのおかげですよ」
彼がいなければ、撃退にはもう少し時間がかかっていただろうから。
「まぁこれで、一応は道案内以外にも役に立てたってわけだ――さて、巫女たちのところに戻るぞ」
「ええ」
襲撃は退けられた。
ここから目的地まで、そう遠くもないらしい。
ユッカちゃんの体力が回復すれば、すぐにでも歩き出せるだろう。
しかしそこで、予想外の展開が。
「マルチェ!!」
岩場の陰から聞こえてきたのは、ユッカちゃんの声だ。
吾輩とターボフさんは、すぐに駆け寄る。
すると、
「マルチェ――どこに行ったのだ、マルチェ!?」
焦った様子で叫んでいるユッカちゃんの姿があるだけで、マルチェさんがどこにもいない。
地面には、割れたびんが二本――吾輩とマルチェさんが飲んでいた、あのグシカ草の紅茶が入っていたものに間違いなかった。




