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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第4節] パジーロ王国>グシカ森林⇔ソノーガ山脈
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008. 牙をむく山路(2)

 二足歩行。

 グシカ森林で遭遇そうぐうした個体と比べると、一回り大きい――中型か。


 頭は、まるで先端の尖ったかぶとを装備しているような形状。

 防御力がありそうな外見だけれど、頭部は特に硬そうだ。


「グゴ、グゴルゥ」


 体格からするとあごは小さく、あまり発達していない。

 しかし腕は、短いながらも太い。

 加えて尾は長く、こちらを威嚇いかくするように反り上げていた。


 口には、したたるような唾液だえき

 この恐竜が獲物を求めていることは間違いなかった。


「肉食だな。俺たち……いや、俺のことが、こいつには霜降しもふりステーキにでも見えているんだろうさ」


 確かに飢えた獣とはいえ、ゴーストである吾輩に食欲が湧くとは考えにくい。

 狙いはトロールであるターボフさんだろう。

 不謹慎ふきんしんかもしれないが、何ともありがたい話だ。


「俺は魔法が使えない。だから援護は頼んだぞ、ワガハイ」

「任せてください」


 確認し合った吾輩たちは、それぞれに行動を開始する。


「いくぜ、石頭っ」


 抜刀したターボフさんが、加速して前進。

 彼は一瞬にして、闘気を体にみなぎらせた。

 高さのある岩を利用しながら跳んで、中型恐竜の頭部に剣を下ろす。


「ふんっ」


 鈍い音。


 やはり、外見通りに硬いようだ。


 石うろこの恐竜は、頭を振って、ターボフさんを弾き飛ばした。


「……ちっ」


 着地したターボフさんだけど、手応えのないことにいらだっている様子。


 そこに向かってくる、恐竜の尾。

 しなるむちどころではない勢いで、ターボフさんを襲う。


「〈火の飛礫イーゴ・ジェハ〉」

「グゴフォ!?」


 吾輩の魔法が、恐竜の腹部に直撃――ターボフさんへの攻撃が止まった。


 ひるんだすきに距離を詰め、


「〈魔力充填・鋼マギド・レージ・ルアイゼ〉」


 吾輩は、呪文を唱えて飛び上がる。


「〈錬鉄の拳ルアイゼ・オスト〉」


 魔法で変化した右腕――あごをえぐるように、やや下から拳を叩き込んだ。


「グルゴッ!?」


 尾が上がっていて、下半身が不安定だったのだろう。

 吾輩の攻撃を受けた石うろこの恐竜は、そのまま地面に倒れてしまった。


「ひゅーっ、さすがだな」


 からかうようなターボフさんの反応。

 彼の中で、また吾輩の評価が上がったみたいだ。


 けれど、


「グ、ル……ゴルゥ」


 石うろこの恐竜は立ち起きる。


 さすがに一撃では、意識を刈り取れなかったか。


「ゴル、グル、グゴルゥゥゥッ」


 吾輩たちの力を、本能的に認識したらしい石うろこの恐竜。

 戦意はまだ失っていないようだが、いささか慎重に、こちらとの距離を保っていた。


「ワガハイ。お前、あと何発、あの鋼の拳を放てるんだ?」

「あれは、吾輩の得意な魔法体術の一つ。ご希望なら、いくらでもお見せしますよ」


 魔法効果は継続中だ。

 抜刀していない右腕はまだ、強固な篭手こてを装備しているような状態。

 叩き込む準備はできている。


「だったら、もう一発頼む。やつのバランスは、俺が崩してやるから」

「なるほど、わかりました」


 つまりターボフさんは、石うろこの恐竜が倒れた状況を再現しようと考えているんだ。


 同じ技で二回も地をうことになれば、嫌でも吾輩たちの力量を理解せざるを得ないはずだから。


「来いよ、石頭っ」


 剣を引いたターボフさんが走り出す。


 迎え撃つように空を切る、石うろこの恐竜の尾。


 しかしターボフさんは体をすべらせて、器用に回避。

 敵の足下に入り込み、流れのままに剣を振り抜いた。


「うりゃーっ」

「ルゴッ!?」


 ターボフさんは剣の刃ではなく、剣の面を叩き込むように、恐竜の足首に当てたみたいだ。


 硬いうろこは、簡単に切り裂くことができない。

 しかし、怪力をほこるトロールの戦士がピンポイントで打撃を加えれば、いくら恐竜といえども、体勢を崩すのは必至ひっし


 吾輩はただ、そこを狙えばいいだけだ。


「〈錬鉄の拳ルアイゼ・オスト〉」

「ゴガッ!?」


 今度は、少し打ち落とすように拳を突き出した吾輩。


 ターボフさんにお膳立ぜんだてしてもらえたこともあって、先ほどより豪快に倒れた石うろこの恐竜は、


「ゴグ、ガ、ゥル……」


 ずいぶんと情けない声でうなるだけだ。


 戦意が消えていくのが、手に取るようにわかる。


 ふらつきながら立ち上がった石うろこの恐竜は、長い尾を引きずりながら、振り返ることなく去っていった。


 よし、何とか追い払えたみたいだな。


「あいつは今頃、弾けるような星が見えてるはずだぜ。お前の拳は効くからな。経験者は語る――ってやつだ」


 滑り込んだことでついた砂を払いながら、近づいてきたターボフさんが言った。

 剣を収めた彼は、闘気の気配を薄めている。

 素早く切り替えができるのは、実力のある武人の証だ。


「ったく……お前が援護する役目だったはずなのに、おいしいところを持っていかれたぜ」

「あはは、すみません――けれど全部、ターボフさんのおかげですよ」


 彼がいなければ、撃退にはもう少し時間がかかっていただろうから。


「まぁこれで、一応は道案内以外にも役に立てたってわけだ――さて、巫女たちのところに戻るぞ」

「ええ」


 襲撃は退けられた。


 ここから目的地まで、そう遠くもないらしい。


 ユッカちゃんの体力が回復すれば、すぐにでも歩き出せるだろう。


 しかしそこで、予想外の展開が。


「マルチェ!!」


 岩場の陰から聞こえてきたのは、ユッカちゃんの声だ。


 吾輩とターボフさんは、すぐに駆け寄る。


 すると、


「マルチェ――どこに行ったのだ、マルチェ!?」


 焦った様子で叫んでいるユッカちゃんの姿があるだけで、マルチェさんがどこにもいない。


 地面には、割れたびんが二本――吾輩とマルチェさんが飲んでいた、あのグシカ草の紅茶が入っていたものに間違いなかった。

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