010. 銅製の徽章(前編)
「外が騒がしいと思ったら……原因はあなたですか?」
オーヌの町の役人、ラフマン。
砦の中の一室。
堂々と乗り込んできた吾輩に慌てることもなく、彼はそう尋ねてきた。
「はい、申し訳ありません――でも、最初に仕掛けてきたのは憲兵の皆さんでしたので。吾輩は、あくまで自分の身を守っただけです」
先ほど向かってきた憲兵たちは、全員返り討ち。
もちろん、少し横になってもらっているだけだけれど。
「(ちょ、ちょっとまずいよ、ワガハイくん。これじゃ……この砦にケンカを売っているようなものじゃない)」
盗賊を自称しているハーフエルフの女の子も、さすがに怖じ気づいているみたいだ。
クーリアが小声で話しかけてくる。
確かに吾輩、昨晩はここでお世話になっていたから、お礼参りと思われても仕方がないかもしれないね。
「……お名前は?」
「ワガハイ、です」
「用件は?」
「昨日こちらで没収された、吾輩の剣を返してもらいたくて」
役人らしい事務的な質問。
素直に答えたつもりだけど、剣の返却を求めて――という理由じゃ、ラフマンは納得してくれない。
冷静さを装っていた彼も、ここで怒りをあらわにする。
「……アンデッド風情が何の用だと、この私が聞いているんですよ?」
回りくどいのは嫌いなようだ。
だから、単刀直入に切り込む。
「あなたを、ここの役人の地位から引きずり下ろしたいんです、吾輩」
「なっ、ちょ!?」
反応したのはクーリア。
一方でラフマンは、吾輩をにらみつけたまま視線を逸らさない。
「どうやらあなたは、ここの役人としてふさわしくないみたいですね。オーヌが宿場町なのをいいことに、結構貯め込んでいるんだとか」
「ふんっ。誰に吹聴されたかは知らないが、貧乏な旅人ごときが、いったい何を言っているんです?」
「ここでは大手を振るうあなたでも、逆らえない立場の方はいるでしょう? もっと上の貴族なり王族なりに話を通せば、あなたたちがここでやっていることくらい、すぐに明らかになると思いますけど」
「…………」
適当にやり過ごすつもりだったろうラフマンの表情が、強く変化した。
こういう小役人は、自分より大きな権力を持つ者に弱いんだ。
とはいえ『アンデッド風情』の『貧乏な旅人ごとき』が王族貴族と口にしたところで、図太い悪党が簡単にひるむはずもないわけで。
「はははっ、おもしろい。ならば、どうぞどうぞ。貴族さまや王族さまに、私の悪事を報告してくださいよ。高貴な方々は、実にお忙しい。私のように、無礼にも乗り込んできたどこぞのゴーストなんかの話を聞いてくれるとは、とても思えませんけどね――ふは、ふははっ」
吾輩をさげすむような態度のラフマン。
「わ、ワガハイくん……」
クーリアは悔しそうに、吾輩のコートのひじの部分を握った。
『結局世の中なんて、どうにかしたくても、どうにもならないことばかり……なんだよ』
ダニエさんや子どもたちに何もしてあげられないと、クーリアが力なくつぶやいていた言葉。
そうかもしれない。
だけど、それじゃいけないんだ。
そういう世界だからこそ、間違っている道理に対抗できる『本当の力』が必要なんだ。
少なくとも吾輩は、そうやって生きていきたい。
本当の力ってやつを、信じて生きていきたい。
ダニエさん、子どもたち、クーリア――声を上げたくても上げられない、もがいても助けてもらえない彼らを支えることができる力が、少なくとも、吾輩には与えられているのだから。
「この世界って、何でできていると思います?」
「「…………」」
吾輩の言葉に、クーリアもラフマンも固まる。
「正解は、空と海と大地ですよ」
突然のことに、
「……ワガハイ、くん」
クーリアの視線は、どこか吾輩を哀れんでいるみたいにも思える。
まぁ確かに、突拍子がなさすぎるか、こんなの。
「空は高く、海は波打ち、大地は広がる――いかなる国もどんな種族も、この中で成立し、この中に存在している……これが、吾輩たちの生きる世界のすべてなんです」
「急に説教ですか? いい加減にしてくださいよ。呪われているんじゃないですか、あなた? ゴーストのくせに、勘弁してもらいた――なっ!?」
ばかにしたようなラフマンの態度が変わる。
吾輩が、コートの内側に隠していたペンダントを見せたからだ。
「そ、その徽章は……『国境なき騎士団』の!?」
銅製の円形ペンダントには、交わる三本の剣が彫られている。
それぞれの剣が意味しているのは、空と海と大地――つまり、この世界のすべてだ。
自らがいかなる種族だろうと、そこがいかなる国であっても、相手がいかなる地位にあろうとも、この徽章を持つ者は、恐れることなく、この世界の悪に剣を突き立てる――このペンダントは、その誓いを形にしたもの。
種族も国境も権力も超え、ただ、よりよい世界の明日を願い、剣を握った者たち――それが、国境なき騎士団。