007. 牙をむく山路(1)
陣形を整え直して、吾輩たちはさらに進む。
悪しき精霊らの呪詛も、次第に気にならなくなってきた。
慣れてきたというのもあるだろうが、単純に彼らが根負けしているということもあるかもしれない。
少なくとも現パーティーのメンバーに、心の弱い者はいないみたいだから。
「はぁ、はぁ……」
とはいえ、ユッカちゃんの体力の問題はシビアだ。
もう何時間も歩き詰め。
加えて、精神的な緊張もあるはず。
おいそれと悪しき精霊に屈することはなくても、彼女の足取りは、やはりおぼつかなくなってきた。
そんな様子に気づいたのだろう。
ターボフさんが言う。
「この先の岩場の陰で、軽く休憩を取るぞ。焦ることはない。ここまでは、すこぶる順調だからな」
「わかりました――ユッカさま、もう少しの辛抱ですよ」
「うむ、大丈夫だ……ふぅ、はぁ」
マルチェさんの励ましに、ユッカちゃんが答える。
息が上がっているのは、あくまで単純な疲労。
腰を下ろすことができれば、きっと回復するはずだ。
「ワタシは、まったくもって平気、なのだが、ワガハイは、のどが渇いて、いたりする、のだろう? 強がらなくても、いい、のだ。ワタシには、わかるの、だから」
「……そうだね、うん」
どうやらユッカちゃんは、飲み物を求めているようだ。
吾輩を口実にしているのは、弱音を吐きたくないからなんだろうな。
「安心しろ、ワガハイ。お前の大好きな、苦いグシカ草の紅茶を持ってきてある。飲めば渇きも癒えるし、体力だって回復だ」
ターボフさんの革袋には、そういうものも入っているらしい。
味はとにかくとして、グシカ草を材料にしている紅茶だ。
疲労回復にはもってこいだろう。
「よかったですね、ユッカさま。無事に帰れるよう、私たちもいただきましょう」
「う、うぅぅぅ……わ、ワタシは、苦いものは、嫌い、なのだ」
平坦な口調のままにからかうマルチェさんに、ユッカちゃんは嘆いていた。
「ふははっ――巫女は俺といっしょで、グシカ草の味が苦手みたいですね。大丈夫、熟れた果物もあります。汁気があって、さながら天然のジュースみたいですよ」
「わ、ワタシは、そっちの方が、いいのだ」
助け船を出したターボフさんに、強く主張したユッカちゃん。
グシカ草の紅茶は、吾輩とマルチェさんでいただくことになりそうだ。
そこで、目指していた岩場の陰に到着。
安全な場所とまでは言えないが、しばらく休むくらいのことはできるだろう。
「ユッカさま、ここへ」
「う、うむ」
マルチェさんから、座りやすそうな平石を指定されたユッカちゃんは、ため息を吐きながら、ゆっくりと腰を下ろした。
「ワガハイ」
ターボフさんが、持っていた革袋を投げてくる。
「中の果物を、いくつか巫女にあげてくれ」
そう言うと彼は、すでに取り出していた魔効巻の一本を、おもむろに開いた。
直後、吾輩たちの周囲を、清らかな魔力が包み込む。
「悪しき精霊たちを完全に防げるわけじゃないが、最低限の結界にはなる。言うまでもなく、オトジャの聖職者である親父が作った魔効巻だからな」
簡易な魔法障壁――といったところだろう。
低俗な精霊なら、侵入することはおろか、その嘆きや呪いの声すら届かないに違いない。
魔効巻の効果を理解したところで、吾輩はユッカちゃんに、熟した果物を差し出した。
「はい、ユッカちゃん」
「ありがとうなのだ、ワガハイ」
そのまま彼女は、小さな口で果物を食べる。
果汁の甘みが広がったのだろう。
すぐに表情がほころんだ。
「どうぞ、マルチェさん」
「いただきます、ワガハイさん」
マルチェさんには、グシカ草の紅茶が入ったびん。
くせのある味だけれど、特別嫌いじゃないのなら、今はこれくらいパンチのある方がいいのかもしれない。
吾輩も、グシカ草の紅茶を一本。
栓を抜いて、ごくりと飲み込む。
……まぁ、当然のごとく苦いは苦いが、不思議と力がみなぎるような気がした。
さすがはグシカ草。
「まったく、よくそんなものが飲めるな、ワガハイ」
険しい顔をしながら、吾輩から革袋を受け取ったターボフさん。
「持ってきたのはあなたですよ」
「親父に持たされただけだ。俺は果実酒がよかったが……さすがに、今日はまずいだろ?」
言いながらターボフさんは、革袋から取り出した果物をほおばった。
彼もユッカちゃん同様、グシカ草に関するものは、一切口にしたくないらしい。
「目的の場所へは、あとどれくらいでしょうか?」
ターボフさんに尋ねながら、吾輩は、果物を味わっているユッカちゃんを確認。
「下山のことまで含めて考えると、彼女の体力が気になります。悪しき精霊はとにかく、ここには、凶暴な獣がいたりもするでしょうから」
今のところ、その手の野獣の気配はないが、いつ襲撃を受けてもおかしくはない。
もちろんそうなれば、吾輩たちがユッカちゃんを守るわけだけど、やはり、彼女が元気なのが大前提だから。
「ああ、そうだな」
ターボフさんが答える。
「だが、聖地までの道のりは、もう残りわずか。悪しき精霊の誘惑には対抗できているし、少なくとも巫女の気力は十分だ。油断はできないが、彼女ならきっと、無事に導きの啓示を得ることができるだろう」
ソノーガ山脈内にある、ウィヌモーラ大教の聖地の一つ――そこに住まうは、特別な清き精霊。
ユッカちゃんはその精霊から、大地の女神の巫女として成長するための指針を伝えられるという。
ふと思う。
清き大地の精霊は、ユッカちゃんの入山を認識しているのだろうか?
自分のもとにたどり着けるかどうか――まるで、その資質を試すように、道中の彼女を、聖なる地からながめ見ているのだろうか?
すると、荒々しい気配が。
悪しき精霊ではない。
もっと単純で、攻撃的なもの――。
「ワガハイ」
「ええ」
ターボフさんは果物を口に押し込み、吾輩はグシカ草の紅茶のびんを脇に置いた。
「従者の嬢ちゃん――あんたは、ここで巫女についてろよ。向こうは、俺たちがやるから」
「わかりました」
マルチェさんも気づいているようだ。
座っているユッカちゃんを守るように立ち、すぐにうなずいた。
ターボフさん、続いて吾輩が、岩場の陰から飛び出す。
そこにいたのは、
「グゴルゥゥゥゥゥゥッ」
石の破片のようなうろこを持つ、灰色の恐竜だった。




