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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第4節] パジーロ王国>グシカ森林⇔ソノーガ山脈
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007. 牙をむく山路(1)

 陣形を整え直して、吾輩たちはさらに進む。


 悪しき精霊らの呪詛も、次第に気にならなくなってきた。

 慣れてきたというのもあるだろうが、単純に彼らが根負けしているということもあるかもしれない。


 少なくとも現パーティーのメンバーに、心の弱い者はいないみたいだから。


「はぁ、はぁ……」


 とはいえ、ユッカちゃんの体力の問題はシビアだ。


 もう何時間も歩き詰め。


 加えて、精神的な緊張もあるはず。


 おいそれと悪しき精霊に屈することはなくても、彼女の足取りは、やはりおぼつかなくなってきた。


 そんな様子に気づいたのだろう。

 ターボフさんが言う。


「この先の岩場の陰で、軽く休憩を取るぞ。焦ることはない。ここまでは、すこぶる順調だからな」

「わかりました――ユッカさま、もう少しの辛抱しんぼうですよ」

「うむ、大丈夫だ……ふぅ、はぁ」


 マルチェさんのはげましに、ユッカちゃんが答える。


 息が上がっているのは、あくまで単純な疲労。

 腰を下ろすことができれば、きっと回復するはずだ。


「ワタシは、まったくもって平気、なのだが、ワガハイは、のどがかわいて、いたりする、のだろう? 強がらなくても、いい、のだ。ワタシには、わかるの、だから」

「……そうだね、うん」


 どうやらユッカちゃんは、飲み物を求めているようだ。

 吾輩を口実にしているのは、弱音を吐きたくないからなんだろうな。


「安心しろ、ワガハイ。お前の大好きな、苦いグシカ草の紅茶を持ってきてある。飲めば渇きもえるし、体力だって回復だ」


 ターボフさんの革袋には、そういうものも入っているらしい。


 味はとにかくとして、グシカ草を材料にしている紅茶だ。

 疲労回復にはもってこいだろう。


「よかったですね、ユッカさま。無事に帰れるよう、私たちもいただきましょう」

「う、うぅぅぅ……わ、ワタシは、苦いものは、嫌い、なのだ」


 平坦な口調のままにからかうマルチェさんに、ユッカちゃんは嘆いていた。


「ふははっ――巫女は俺といっしょで、グシカ草の味が苦手みたいですね。大丈夫、熟れた果物もあります。汁気があって、さながら天然のジュースみたいですよ」

「わ、ワタシは、そっちの方が、いいのだ」


 助け船を出したターボフさんに、強く主張したユッカちゃん。


 グシカ草の紅茶は、吾輩とマルチェさんでいただくことになりそうだ。


 そこで、目指していた岩場の陰に到着。

 安全な場所とまでは言えないが、しばらく休むくらいのことはできるだろう。


「ユッカさま、ここへ」

「う、うむ」


 マルチェさんから、座りやすそうな平石ひらいしを指定されたユッカちゃんは、ため息を吐きながら、ゆっくりと腰を下ろした。


「ワガハイ」


 ターボフさんが、持っていた革袋を投げてくる。


「中の果物を、いくつか巫女にあげてくれ」


 そう言うと彼は、すでに取り出していた魔効巻スクロールの一本を、おもむろに開いた。


 直後、吾輩たちの周囲を、清らかな魔力が包み込む。


「悪しき精霊たちを完全に防げるわけじゃないが、最低限の結界にはなる。言うまでもなく、オトジャの聖職者である親父が作った魔効巻スクロールだからな」


 簡易な魔法障壁――といったところだろう。

 低俗な精霊なら、侵入することはおろか、その嘆きや呪いの声すら届かないに違いない。


 魔効巻スクロールの効果を理解したところで、吾輩はユッカちゃんに、熟した果物を差し出した。


「はい、ユッカちゃん」

「ありがとうなのだ、ワガハイ」


 そのまま彼女は、小さな口で果物を食べる。

 果汁の甘みが広がったのだろう。

 すぐに表情がほころんだ。


「どうぞ、マルチェさん」

「いただきます、ワガハイさん」


 マルチェさんには、グシカ草の紅茶が入ったびん。

 くせのある味だけれど、特別嫌いじゃないのなら、今はこれくらいパンチのある方がいいのかもしれない。


 吾輩も、グシカ草の紅茶を一本。

 せんを抜いて、ごくりと飲み込む。


 ……まぁ、当然のごとく苦いは苦いが、不思議と力がみなぎるような気がした。

 さすがはグシカ草。


「まったく、よくそんなものが飲めるな、ワガハイ」


 険しい顔をしながら、吾輩から革袋を受け取ったターボフさん。


「持ってきたのはあなたですよ」

「親父に持たされただけだ。俺は果実酒がよかったが……さすがに、今日はまずいだろ?」


 言いながらターボフさんは、革袋から取り出した果物をほおばった。

 彼もユッカちゃん同様、グシカ草に関するものは、一切口にしたくないらしい。


「目的の場所へは、あとどれくらいでしょうか?」


 ターボフさんに尋ねながら、吾輩は、果物を味わっているユッカちゃんを確認。


「下山のことまで含めて考えると、彼女の体力が気になります。悪しき精霊はとにかく、ここには、凶暴な獣がいたりもするでしょうから」


 今のところ、その手の野獣の気配はないが、いつ襲撃を受けてもおかしくはない。

 もちろんそうなれば、吾輩たちがユッカちゃんを守るわけだけど、やはり、彼女が元気なのが大前提だから。


「ああ、そうだな」


 ターボフさんが答える。


「だが、聖地までの道のりは、もう残りわずか。悪しき精霊の誘惑には対抗できているし、少なくとも巫女の気力は十分だ。油断はできないが、彼女ならきっと、無事に導きの啓示を得ることができるだろう」


 ソノーガ山脈内にある、ウィヌモーラ大教の聖地の一つ――そこに住まうは、特別な清き精霊。


 ユッカちゃんはその精霊から、大地の女神の巫女として成長するための指針を伝えられるという。


 ふと思う。


 清き大地の精霊は、ユッカちゃんの入山を認識しているのだろうか?


 自分のもとにたどり着けるかどうか――まるで、その資質を試すように、道中の彼女を、聖なる地からながめ見ているのだろうか?


 すると、荒々しい気配が。


 悪しき精霊ではない。


 もっと単純で、攻撃的なもの――。


「ワガハイ」

「ええ」


 ターボフさんは果物を口に押し込み、吾輩はグシカ草の紅茶のびんを脇に置いた。


「従者の嬢ちゃん――あんたは、ここで巫女についてろよ。向こうは、俺たちがやるから」

「わかりました」


 マルチェさんも気づいているようだ。

 座っているユッカちゃんを守るように立ち、すぐにうなずいた。


 ターボフさん、続いて吾輩が、岩場の陰から飛び出す。


 そこにいたのは、


「グゴルゥゥゥゥゥゥッ」


 石の破片はへんのようなうろこを持つ、灰色の恐竜だった。

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