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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第4節] パジーロ王国>グシカ森林⇔ソノーガ山脈
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006. 優しい心(後編)

 次の瞬間、マルチェさんがユッカちゃんの腕をつかむ――と同時に、背中の武器を素早く、泣いている少女へと投げ込んだ。


「ま、マルチェ!?」


 強引に制止されたことよりも、泣いている少女に攻撃を仕掛けたことに、ユッカちゃんは驚いているようだった。


「な、何をしているのだ、マルチェ!? ま、まさか、お主、悪しき精霊に負け、気が触れてしまっ――」

「よく見てください、ユッカさま」


 マルチェさんは冷静に、ユッカちゃんをさとす。


「あれは、道に迷った少女などではありません」


 マルチェさんが指し示した先――泣いている少女が座っていたはずの岩には、あの大きな斧槍ふそうが突き刺さっているだけだ。

 幼い女の子はおろか、誰かが存在していた気配すら残っていない。


「『魔鉱石ミネラル』が創りだした幻です」


 ユッカちゃんに告げたマルチェさんは、そのまま前進。

 泣いている少女がいたはずの場所から、自分の武器を抜き取る。

 そして、がんがんがんと三回ほど、ごつごつとした岩を叩いた。


 表面のくすんだ灰色の部分が砕かれ、中から出てきたのは輝く結晶。

 いびつではあるが鮮やかな緑色をしていて、反射する日の光が美しかった。


「あっ……」


 巫女としての教育を受けているユッカちゃんは、それを見て理解したようだ――道に迷っている幼い少女など、実際には存在していなかったことを。


 魔鉱石ミネラル


 それ自体が魔力を帯びている、自然が生み出した鉱物の総称。


 色や形が一様ではない魔鉱石ミネラルは基本、『魔宝石ジェム』と呼ばれる状態に加工され、各国へ流通する。

 そのため一般には、後者の名前の方が知られているはずだ。


 この魔宝石ジェムの用途は多岐たきに渡る。


 単純な装飾品、旅人の護身具、専門家が装備するような魔法武器――あるいは、国家間の戦争の切り札にいたるまで。


 用途が多岐に渡る以上、その市場価格の幅も広い。


 町の道具屋などで気軽に買えるレベルのものもあれば、貴族の領地と領民すべてと等価だと判断されるものまで。


 加工される前の原石――すなわち魔鉱石ミネラルは世界各地に存在しているが、いくつかの地域からは、特に産出量が多いと聞く。


 細道の岩石から出てくるということは、どうやらこのソノーガ山脈、それなりの量を埋蔵まいぞうしているらしい。


 とにかく、先ほどもお世話になった魔効巻スクロールと同様に、広く知られた魔法アイテムの一つ――それが魔宝石ジェムなんだ。


「ユッカさまのような気高き聖職者の体を奪おうと、悪しき精霊たちも必死です。小物だとはいえ、彼らも学びます。強い心を持つユッカさまを誘惑できないのなら、その優しさにつけ入ればいいと考えたのです」


 マルチェさんは、岩を砕いた斧槍を背中に戻した。


「姿すら見せない悪しき精霊たちです。彼らに、たいした魔力はないのでしょう。ですから、先ほどのような『幻』一つ創るにも、自然界に存在する天然の魔鉱石ミネラルを利用する必要があったに違いありません」


 つまりこういうことだ。


 ユッカちゃんの存在を認識した悪しき精霊たちは、呪詛を使って彼女を混乱させようとした。


 しかし巫女であるユッカちゃんは、正しき信仰心で自分を守っているため、彼らの嘆きや呪いなどに耳を貸さない。


 ならばと悪しき精霊たちは、魔力を帯びた鉱物である魔鉱石ミネラル媒介ばいかいに、涙する少女の幻影を生み出した。

 慈悲深いユッカちゃんが反応してしまうような魔法的トラップを、彼らは仕掛けてきたんだ。


 もちろんマルチェさんの行動により、ユッカちゃんは事なきを得たわけだけど、もしも誘いに乗っていれば、きっと厄介なことになっていただろう。


「……ありがとう、なのだ、マルチェ。ワタシは、まだまだ、未熟なのだ」


 状況を把握したユッカちゃんは、うつむいて自分を責めていた。


「よく考えてみれば、このソノーガ山脈に、あのような迷子が、いるわけが、ないのだ。ワタシのような修行中の巫女ならとにかく、普通の旅人や村娘が、ふらりとやって来られる場所ではない……ワタシの心が弱いせいで、悪しき精霊につけこまれてしまう、ところだったのだ」

「違いますよ、ユッカさま」


 そんな彼女に、マルチェさんが伝える。


「優しさは、決して弱さではありません。それこそ、大地の女神の巫女であるユッカさまの強さなのです」

「……マルチェ」

「優しく、何よりも優しくあってください、ユッカさま。恐れず、ただそのままに――あなたの慈悲深さを自らの欲望のために利用する者など、すべて私が排除してみせます。それが、従者の役目なのですから」


 その瞳は、まっすぐにユッカちゃんへ向かっていた。


 そして、それに応えるように、


「わかったのだ、マルチェ」


 ユッカちゃんは、大きくうなずいた。


「……俺の仕事なんて、本当に道案内だけなのかもしれないな」


 若き、巫女と従者。


 そんな二人を前にターボフさんは、どこか誇らしそうにつぶやいていた。

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