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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第4節] パジーロ王国>グシカ森林⇔ソノーガ山脈
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003. 魔洞の渦

 グシカ森林を、東へ東へ。


 部外者では迷ってしまいそうな緑の中を、ターボフさんのガイドのもと、歩いていく吾輩たち一行。


「ユッカさま、大丈夫ですか? 疲れていませんか?」

「問題ないのだ、マルチェ」


 気遣う従者に、力強く返す巫女。


 ここまで順調に進んできたが、やはりマルチェさんとしては、いつも以上に心配してしまうらしい。

 緊張しているのは、ユッカちゃん本人より彼女の方なのかもしれない。


 オトジャの村を出てから、もうずいぶんな距離を稼いだことだろう。

 太陽の位置から考えるに、おそらく正午も近いはずだ。


 すると、


「よし、着いたぜ」


 ターボフさんが、一人つぶやく。


 どうやら、ここが目的の場所らしい。


 生い茂る草木に囲まれながらも、そこだけすっぽりと刈り取られたように整えられた空間。

 地面からは、吾輩の腰辺りの高さになる石造りの『筒』が突き出していた。


 一瞬、井戸のようなものかと思ったが、これは違う。


 なるほど、そういうことか。


「説明が必要か、ワガハイ?」

「いいえ、大丈夫です。理解できました」


 尋ねてきたターボフさんに、吾輩は答えた。


「のぞいても?」

「ああ、まだ使えないけどな」


 ターボフさんに許可をもらった吾輩は、その井戸のような石造りの筒へ近づき、中を確認する。


 そこにあるのは、湧き水でもなければ、こけをまとった土でもない。


 まるで、水面を乱す渦潮うずしおのように螺旋らせんを描く、奇妙な空間のゆがみとも言うべき特別な魔力のうねり――。


 この世界を構成する空と海と大地には、それ、あるいはそこ自体が魔力を帯びている場所や地域がある。


 流れている、溜まる――などと表現されることもあるが、とにかく、特定の点や面などに、魔力が集まっていることがあるんだ。


 魔法能力に長けた者は、そういう場所や地域に根を下ろし、自分なりに自然の魔力を利用したりする。

 イダの森でお世話になったヒズリさんは、月の光を浴びた湧き水を、自身の仕事に役立てていたけど、あれは一つの例だと言えるだろう。


 そういう自然が持つ魔力が、まったく違う『場所』と『場所』を、偶然にもつなげてしまうことがある。


 その、魔力でできた洞窟の入り口のごとき螺旋は、その名の通りに『魔洞まどううず』と呼ばれている。


 これについて誤解を恐れずに言うなら、瞬間移動魔法の効果を発揮する天然の魔法陣だと考えればいい。


 ある場所とある場所に通っている、目には見えないが確かに存在する魔法の洞窟――それが、魔洞の渦。


「経験したことはあるか、ワガハイ?」


 背中から、ターボフさんに尋ねられた。


「ええ、数えるほどですが」


 魔洞の渦は、世界各地で確認されている。


 その多くは国家や貴族が管理していて、有料で旅人に解放されていたり、あるいは秘密裏に使用されていたりするのだとか。


 流浪のゴーストである吾輩も、風に任せた日々の中でお世話になったことがある。


 なるほどな。


 これで、先ほどのターボフさんの説明にも納得だ。


 この魔洞の渦は、吾輩たちがいるこの場所と、ソノーガ山脈のどこかをつないでいるに違いない。

 ここを通っていけば、目指すべき聖地への近道になるんだ。


「オトジャの村のトロールは、代々、ウィヌモーラ大教の聖地を守っている――その意味が、これでわかっただろう?」


 ターボフさんが、誇らしそうに言う。


 確かに、魔境のごときソノーガ山脈へ入るには、この魔洞の渦を使わないと難しいだろう。

 この場所を押さえているオトジャの村のトロールは、聖地の管理者を名乗るにふさわしい。


 ちらりとユッカちゃんたちを見やりながら、ターボフさんがささやいてくる。


「大きな声じゃ言えないけどな、ここの魔洞の渦を、ウィヌモーラ大教を信仰している貴族とかに売り飛ばせば、それはお前、一生遊んで暮らせるくらいの大金が手に入るはずだぜ」


 魔洞の渦の利用価値は高い。

 どことどこをつないでいるのかは、直接確認してみるまでわからないらしいが、興味をいだく者は多いと聞いている。

 まだ世界には、発見されていない魔洞の渦が無数に存在すると言われているし、下手な財宝を探すより、よほど一攫千金いっかくせんきんを狙える獲物えものだったりするんだ。


 瞬間移動魔法を使える魔術師の数は、圧倒的に少ない。

 それなりに魔法が得意な吾輩でも、まったくの門外漢もんがいかんだ。


 魔洞の渦に、異様なほどの経済的価値があるのは、そういった部分に理由があるのかもしれない。


 とはいえ、


「…………」


 あまりに露骨ろこつなターボフさんの言葉に、吾輩は引いてしまう。


 真摯しんしな信仰心は、いったいどこへいってしまったのだろう。


「……何だよワガハイ、その顔は」


 顔なしのワガハイでも、さすがに『顔』に出てしまったらしい。


「あのな、冗談だからな、冗談」


 ターボフさんが自己弁護。


 まぁ、彼の場合は本当に冗談だろうが、もしもクーリアがここにいたら……いや、信じてあげよう、彼女を。


「いよいよなのだな」


 そこで、ユッカちゃんが独り言。

 自分を鼓舞こぶするみたいに、力強く。


 モルコゴさんから説明を受けていたであろう彼女は、魔洞の渦を前にしても冷静だった。


 一方、マルチェさんは無言。


 ユッカちゃんをながめながら、静かにたたずむだけだ。


「さて」


 そう言ったターボフさんは、おもむろに革袋へ手を入れる。

 中から取り出したのは、開いただけで魔法効果が発動するアイテム――魔効巻スクロールだ。


「これは親父が作ったもの。こんな森の中の魔洞の渦を、部外者が見つけたりはできないだろうが、万が一ということもある。だから、特別なことがない限り、村の聖職者が魔法で封印しているんだ。勝手に使われないようにな」


 なるほど、まさに『管理』だ。


「では」


 そこでターボフさんは、ユッカちゃんに視線を向けた。


「準備はよろしいですか、巫女?」

「うむ」


 躊躇ちゅうちょなく答えたユッカちゃん。


 本当に彼女は、覚悟を持って今日の日にのぞんでいるんだな。


「……離れてな、ワガハイ」


 吾輩を遠ざけたターボフさんが、魔効巻スクロールを開封。

 開かれた巻物は、炎のような魔力に焼かれ、すぐさま消失した。


 直後、ただ螺旋を描く『泥』でしかなかった魔洞の渦が、弾けるように発光。

 緑色の輝きを帯びながら、その回転を速くした。


「俺が先に行く――向こうで待ってるからな」


 吾輩に告げたターボフさんは、革袋を片手に魔洞の渦へ飛び込む。

 すると、まるでうねりに溶け込むようにして、彼の巨体は『目』の前から消えた。


「……よし、次はワタシだ」


 ターボフさんがいなくなったのに続いて、ユッカちゃんが魔洞の渦へ。


 石造りの囲いに手をかけ、ゆっくりと筒状の上部に立った。


 途中マルチェさんが、ユッカちゃんを支えようと動き出したが、何を思ったか、彼女を補助することはなかった。


「えいっ」


 気合いの声と共に、ユッカちゃんが魔洞の渦に飲まれていく。

 小さな体は、一瞬にして消えてしまった。


 残されたのは、吾輩とマルチェさん。


「どうしますか?」

「……私が行きます」


 どこか重い足取りで、魔洞の渦へ歩いていくマルチェさん。


 石造りの囲いを前に、彼女は背中の武器に触れ、そのまま目を閉じた。


 信仰する大地の女神に、何か願っているのだろうか?


 それとも――。


「……ワガハイさん」


 振り返ることなく、マルチェさんが吾輩を呼んだ。


「これから、もしも私が――」

「マルチェさん、大丈夫です。信じましょう、ユッカちゃんを――あなたは、そう決めたはずですよ」


 彼女は、何も答えなかった。


 ただ、小さくうなずいて――そのまま、魔洞の渦の中へと消えた。


「……さて」


 最後は、もちろん吾輩。


 誰もいなくなった森の中で、軽くコートを直した吾輩は、ソノーガ山脈にいるであろう三人を追うべく、緑に輝く螺旋へ身を任せた。



 そして意識は、一瞬途切れる――。

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