002. 森の中、朝の歩み(後編)
そこに、ユッカちゃんが入ってくる。
「パジーロ王国といえば、やはり『巨人伝説』なのだ。ワタシはちゃんと知っているのだぞ」
「ほう、よくご存じで。さすがですね、巫女」
「ふっ、当然のことなのだ(どやっ)」
マルチェさんよろしく肯定したターボフさんに、ユッカちゃんはご満悦。
「ワガハイは知っているか、パジーロ王国の巨人伝説?」
「ううん、残念ながら」
ユッカちゃんの質問に、吾輩は首を振った。
「まったく、仕方のないやつだな、ワガハイは。それなら、ワタシが教えてあげるのだ(ふふんっ)」
「ありがとう、よろしく頼むよ」
大地の女神の巫女として、出立前に学んだ知識なんだろう。
ユッカちゃんが語り出す。
「この世界には、大きな体と強い力を持った『巨大人』が、地底や海底で眠っている――とされている地域が、いくつもあるのだ。もちろんこのルドマ大陸でも、そういう言い伝えが多くあるのだが、特に有名なのが、パジーロ王国の巨人伝説なのだぞ」
巨大人。
ミノタウロス、トロール――などというレベルではなく、そういった、吾輩たち各種族とはかけ離れた、とにかく巨大な存在。
太古の昔、彼ら巨大人たちは、この世界を事実上支配していたらしい――ということは聞いていたけれど、吾輩には、その程度の認識しかない。
なぜならユッカちゃんが口にしたように、現在、巨大人たちは世界各地で『眠っている』とされているため、彼らの姿を確認することは、ほとんど不可能だからだ。
ここまでの旅の道中で、吾輩も巨大人などに出くわしたことはない。
神や精霊と同じように、彼ら巨大人も、吾輩たちにとっては特異な存在。
その巨大人に関する伝説の一つが、このパジーロ王国に残っているのか。
「ずっとずっと昔のこと――この辺りの地域には、子供のように暴れ回る、それはそれは迷惑な巨大人がいたのだ。ワタシたち人間はもちろん、他の種族たちも、その巨大人には、すごく困っていたらしいのだ」
巨体を持つという彼らが、いったいどれほどの大きさなのかは、ただただ想像するしかない。
けれど、その規模、その姿によっては、もはや天災。
町や村くらい、簡単に潰せてしまうだろうから。
「そんな迷惑な巨大人に、危険をかえりみず戦いを挑み、見事勝利したのが、パジーロ王国の初代国王なのだ」
なるほど。
巨大人討伐という武功を成し遂げた英雄が、この国を建国したというわけか。
「実はその時、巨大人に立ち向かった初代国王に協力していたのが、何を隠そう、オトジャの村のトロールだったのだぞ」
「まぁ要するに、俺の先祖に当たるトロールだな。もちろん、気の遠くなるほどに遠い先祖だけどよ」
ユッカちゃんに続いて、ターボフさんが補足する。
オトジャの村のトロールは、古くから、大地の女神たるウィヌモーラを崇めていた種族。
おそらくは聖職者としての力で、巨大人と対峙した初代国王をサポートしたんだろう。
「パジーロの西と東は、ずいぶんと環境が異なるわけだが、そういう歴史的経緯があるおかげで、グシカ森林のトロールとパジーロの王族は、今に至るまで良好な関係を築けているってことだな。しかも、親父と現在のパジーロ国王は、地位や種族を越えた友情を、若い頃から育んでいる。つまり、俺が王国騎士という立場にあるのも、半分はコネみたいなものなんだよ」
「そうだったんですね――しかし、あなたが王国騎士なのは、武人としての能力が、正当に認められているからですよ、ターボフさん」
「どうだかな」
自虐的なターボフさんに、吾輩は素直な意見を伝える。
あしらうような態度の彼だったけれど、どこか誇らしそうに笑っていた。
しかしユッカちゃんの話おかげで、いろいろと納得できた。
オトジャの村出身のターボフさんが、大地の女神の巫女の聖地入りに同行しているのは、もちろん彼がウィヌモーラ大教の信者だからだ。
けれど一方で、パジーロの王国騎士である彼が、いくら個人的な信仰があるとはいえ、王族や上官騎士の許可なく、常駐すべき都を離れることは困難だ。
そんなターボフさんなのに、マルチェさんと秘密裏に会い、彼女の計画した狂言にも手を貸した。
少なくとも数日間、彼はパジーロ城下町での騎士としての仕事をしていないはず。
もしもターボフさんに、無断かつ独断で職務放棄した――という事実がないのなら、理由は明白。
パジーロの王族とオトジャの村のトロールには、歴史的に特別なつながりがあるからに他ならない。
オトジャの村出身のトロールであるターボフさんが、自らの信仰と故郷の伝統を守るために城下町を離れる――ということなら、パジーロの王族は、二つ返事で許可を与えるということなんだ。
パジーロ王国の西部と東部――二つの地域は文化も環境も異なっているけれど、それでも一つの国家として成立しているのは、遠い遠い過去、巨大人に挑んだ英雄と聖職者が、互いの手を取り合ったことが大きく影響しているのかもしれない。
加えて、モルコゴさんと現在のパジーロ国王の個人的な友情も、きっと。
「わかったか、ワガハイ?」
自慢するように、ユッカちゃんが確認してきた。
「うん、すごくよくわかったよ。ありがとう、ユッカちゃん。さすがだね」
「ふっ、たいしたことはないぞ……えへへ(てれり)」
うれしそうに、顔をゆるませたユッカちゃん。
「ワタシは大地の女神の巫女だからな。いろいろと物知りなのだ。わからないことがあれば、何でも教えてやるのだぞ(ふふんっ)」
ユッカちゃんは胸を張る。
堂々と、だけどかわいらしく。
きっとこれからも、吾輩は彼女から学ぶことがいっぱいあるんだろう。
だから、終わらせない。
終わりになんか、させない。
決意を新たに、吾輩はグシカ森林を進んだ。




