001. 森の中、朝の歩み(前編)
オトジャの村から、進路を東へ。
目的地は、ウィヌモーラ大教の聖地だ。
そこでユッカちゃんは、大地の女神の巫女として、ソノーガ山脈に住まうという特別な精霊と接触し、真の聖職者として成長すべく、清き導きを得なければならない。
この道中にパーティーとして参加したのは、吾輩、ユッカちゃん、マルチェさん、ターボフさんの四人。
案内役のターボフさんを先頭に、吾輩たちは朝のグシカ森林を歩いていく。
「しばらくは、代わり映えのしない風景が続くぜ」
ターボフさんが、吾輩に言う。
「グシカ森林の中にあるとはいえ、それでもオトジャの村は、かなり西側に近い集落なんだ。ソノーガ山脈の山裾からは、相当の距離がある」
周囲には、高く大きく成長している木々。
確かに、まだまだ緑は深そうだ。
「昼前までは、ずっとこんな具合だからな。道はしっかり把握しているから、とりあえず我慢してくれよ。ソノーガ山脈は、主に岩肌。きっと、すぐに草木が恋しくなるぜ」
当たり前のように伝えてきたターボフさんだけど、それは、どうにもおかしな話だ。
彼に従いながらも、吾輩は尋ねる。
「あの、ターボフさん」
「何だ、ワガハイ?」
「あなたのガイドを疑うつもりはありませんが、今の説明は理解できません」
吾輩たちは、グシカ森林での野営を一泊挟んだ上で、ニサの町からオトジャの村までやってきた。
もちろん初めての地域だったし、小柄で幼いユッカちゃんがいたから、一般的な旅人のペースよりも、ゆっくりとした道中だったことだろう。
一方でターボフさんは、グシカ森林内の集落出身で、なおかつパジーロ王国所属の騎士。
国内の東西を頻繁に行き来することもあっただろう。
恵まれた体格のトロール男性でもあるし、ニサの町からオトジャの村くらいなら、日が沈む前に移動できるのかもしれない。
ただ、それを差し引いても納得しかねる。
オトジャの村は、王国東部にありながらも、比較的西部に近い集落――ターボフさんは、そう説明してくれた。
加えて、ソノーガ山脈からは短くない距離があるとも。
だとしたら昼前までに、とてもグシカ森林を抜けることはできない。
ニサの町からオトジャの村より、オトジャの村からソノーガ山脈の山裾までの方が、より離れているということだから。
「今回の目的であるウィヌモーラ大教の聖地入りは、下山も含めて一日で終わるという前提のはず。当然、場合によっては野宿を含めた柔軟な対応が求められますが……このパーティーの装備では、やや困難かと」
吾輩は、コートを羽織って剣一本。
ユッカちゃんとマルチェさんは、それぞれに杖と斧槍を装備しているけど、アイテムや食料を持参している様子はない。
ターボフさんは、武器の他に革袋を肩にかけている。
道中で役立つ物を持ってきたのだろうが、その大きさからして、最低限の分量しか入っていないはず。
吾輩のような流浪の旅人の、風に任せた気ままな日々の道中――ならとにかく、聖地へ向かうという明確な目的のある冒険に際しては、四人とも、あまりに軽装すぎる。
吾輩、マルチェさん、ターボフさんはいい。
全員が武人だし、飲まず食わずでも、おそらく数日間は問題なく耐えられるだろう。
だが、ユッカちゃんは別だ。
グシカ森林のような緑ある地域においては水や食料を確保できるが、ソノーガ山脈は、どうやらそうではないらしい。
岩肌が目立つような場所なら、野草や木の実で飢えをしのぐのも困難になる。
悪しき存在に飲まれるうんぬん以前に、幼い彼女では、きっと体力が続かない。
大地の女神の巫女が万全の状態で聖地に入れないのなら、この冒険に、いったい何の意味があるのだろう。
「ああ、そうか……お前は今朝、先に出て待ってたんだもんな――まぁいいから、黙ってついてこいって」
常識的な吾輩の疑問を、ターボフさんは軽くあしらう。
まるでこちらが的外れなことを言ってしまったみたいに。
「安心するのだ、ワガハイ。ターボフの案内に従えば、まったく問題ないのだ――なぁ、マルチェ?」
「はいユッカさま、何も問題ありません」
続けてユッカちゃんとマルチェさんも、ターボフさんに同調。
どうやら吾輩を除いた三人は、何か知っているみたいだ。
「…………」
きっと村を発つ前、吾輩のいない場で、モルコゴさんから説明を受けていたんだろう。
何だか、仲間外れにされた気分。
まぁ、三人が言うのなら、ここは素直に受け入れることにしよう。
図らずとも、そのうち事情はわかるのだから。
とにかく、しばらくは森の道を進んでいくらしい。
さまざまな神霊たちが住まうという領域へ足を踏み入れるのは、まだ少し先になりそうだ。
共に歩くユッカちゃんとマルチェさんを、吾輩はちらりと確認。
気がゆるんでいるわけではないが、過度に緊張している様子もない。
二人とも、落ち着いた雰囲気を保っていた。
とはいえ、心なしか口数は減っているように感じる。
基本的におとなしいマルチェさんだけでなく、おしゃべりが好きそうなユッカちゃんさえも。
もちろんそれは、聖地へ向かうこの道中に、それぞれが集中しているということだろう。
決して悪い状態ではない。
先ほどからそうであるように、案内役のターボフさんは、何でもない話を吾輩に投げかけてくれる。
ガイドのためでもあるだろうが、パーティー内に妙な沈黙が流れないよう、彼なりに配慮してくれているのかもしれない。
つまらないゴーストだ――と言われたりもする吾輩には、とてもウィットに富んだジョークなど思いつかない。
けれど、ターボフさんの優しさに付き合うことくらいは可能だ。
雑談がてら、話題を振ってみる。
「そういえばオトジャの村には、ずいぶんと古い書物があるんですよね、ターボフさん?」
昨日、モルコゴさんがクーリアに話していたこと。
パジーロ王国やグシカ森林についての歴史や伝承――それらを記したものが、今も残されているらしい。
「ああ、それなりにな」
ターボフさんがうなずく。
「代々の村長が、責任を持って管理している。親父は職業柄、この国の民話や伝説に詳しいんだ。まぁ、半分は聖職者としての教養で、半分は趣味だな」
確かに、クーリアに語るモルコゴさんは、すごく生き生きとしていた。
きっと、他種族の若い世代に、自分たちの先祖が歩んできた道のりを伝えられることが、年長者としてうれしかったんだろう。
しかしながらクーリアは、多少よこしまな興味を抱いていたかもしれないけれど。




