022. いざ、ソノーガ山脈の聖地へ
オトジャの村で一夜を過ごした、その翌日。
日の出と共に、空は快晴。
変わりやすいという山の天候だけれど、これならば問題ないだろう。
集落の出入り口。
門のようにそびえ立つ、二本の細長い樹木付近。
「忘れ物はない、ワガハイくん――って、そもそもワガハイくんって、持ち物ほとんどないもんね」
「キュイ、キュイ」
吾輩の見送りのために出てきてくれたのは、もちろん、クーリアとキューイ。
今日は、ふたりと別行動。
パーティーを組んでからは初めてのことになる。
現在、ユッカちゃんとマルチェさんは、モルコゴさんの家で、村を発つ前の最終的な確認をしている。
一足先に出た吾輩は、ここで彼女たちを待っているというわけだ。
「一張羅のコートと、護身用の剣、それと銅製の徽章――とりあえずこれだけあれば、吾輩には十分だよ」
いつもの装備品を示しながら、吾輩はクーリアに答えた。
「うーん……でも、心配だなぁ」
見慣れているはずの吾輩の姿に、クーリアが首を傾げる。
「ワガハイくんは、これからソノーガ山脈に向かうんだよね?」
「そうだよ、何を今さら」
「ソノーガ山脈はただの山じゃなくて、この大陸の屋根と呼ばれたりもする場所なんでしょ? さすがに、ちょっと軽装過ぎるような……」
クーリアの言いたいことが、それとなく伝わってくる。
「本当に、今日中に下山できるのかな?」
実は吾輩も、それなりに旅を続けてきたゴーストとして、少し気になっていた。
昨日までの話の流れからすると、目指すべきウィヌモーラ大教の聖地は、オトジャの村からそれほど離れていない――という印象を受ける。
今回の冒険は、日暮れ前に終わるであろうことが前提とされているからだ。
けれどソノーガ山脈は、ルドマ大陸一の標高を誇る山々の連なり。
このグシカ森林と接しているとはいえ、散歩ついでにたどり着ける距離であるはずがない。
ニサの町からオトジャの村まで来るのにも、一泊の野宿を挟んでいるんだ。
もちろん目的は、ソノーガ山脈の頂上を踏破することでないとしても、パジーロ王国内の町から村への道のりより近いとは、常識的に、どうしても考えられなかった。
「ワガハイくんは強いし、自分のことは自分で守れると思うから、そういう点は大丈夫だって信じてるけど……もしも遭難とかしちゃったら、私は困るよ、ワガハイくん」
宗教的聖地の力で、ゴーストは祓われる――などという偏見に満ちた妄想よりも、何倍も現実的なクーリアの意見。
一時的とはいえ、本当に吾輩と離れることになる彼女は、いつになく真剣に心配してくれているのかもしれない。
「……すぐ、戻ってきてくれるよね?」
「平気だよ、クーリア」
旅の相棒を安心させようと、吾輩は告げる。
「案内役として、吾輩たちにはターボフさんが同行してくれる。彼は、目指すべき聖地を管理しているトロール一族の戦士だ。信頼できる相手だし、まったく問題ないよ。落ち着いて進んでいけば、太陽が沈む頃には、また会えるだろうから」
「うん……待ってるからね、ワガハイくん」
うなずいてくれたクーリア。
いつものお返し――ではなく、本当に大丈夫だと伝えるため、彼女に一言。
「古い書物に書かれていることや、村に残っている伝承を、モルコゴさんから、いっぱい教えてもらうといいよ――もしかしたら、クーリアが興味を持ちそうなお宝のヒントに出会えるかもしれないからね」
「何それ、ワガハイくん。私、本当に心配してあげてるんだからねっ」
ほほをふくらませたクーリアだけど、こうなってくれれば安心だ。
もう吾輩は、ただ無事に戻ってくればいいのだから。
しかし、確かにターボフさんのガイドがあるとはいえ、疑問は残る。
吾輩たちはいったい、どのようなルートで目的地を目指すのだろう?
そんなことを考えていると、
「待たせたのだ、ワガハイ」
「お待たせしました、ワガハイさん」
ユッカちゃんとマルチェさんが、そろって登場。
彼女たちに従う、モルコゴさんとターボフさんの姿も確認できた。
さらにその背後には、早朝だというのに、多くの村民の皆さんも。
どうやら、いよいよ出発の時間らしい。
吾輩、ユッカちゃん、マルチェさん、ターボフさん――ウィヌモーラ大教の聖地を目指す、今日のパーティーメンバーの四人が今、ここに集まった。
「準備はできているようだな、ワガハイ」
「ええ、もちろん」
腰には剣、肩には革袋――案内役仕様のターボフさんに、吾輩は答えた。
続いて、モルコゴさん。
「お願いしますね、ワガハイさん」
吾輩は無言のまま、ゆっくりうなずく。
それだけで、こちらの決意は伝わるだろうから。
「じゃあ、行くぜ――ついてこい」
声を上げたターボフさんが歩き出す。
「いくぞ、マルチェ」
「はい、ユッカさま」
ユッカちゃんとマルチェさんが、それに従う。
二人の後ろ姿は、昨日までと、まるで変わりない。
気負いは、あまりないみたいだな。
「いってらっしゃいませ、大地の女神の巫女さま」
「お帰りを、心待ちにしております」
「今夜も、宴で盛り上がりましょう」
「「「「「大地の女神の巫女さま、頑張れぇーっ」」」」」
ユッカちゃんへ送られる、信者の皆さんの温かい声援。
きっと、彼女の力になることだろう。
さて、吾輩も――。
「それじゃ、いってくるよクーリア、キューイ」
「気をつけてね、ワガハイくん」
「キュイ、キューイ」
仲間のふたりに手を掲げながら、吾輩はオトジャの村を出た。
必ず四人で戻ってくることを、心の中で約束して――。




