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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第3節] パジーロ王国>グシカ森林>オトジャの村_01
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021. 無表情な彼女の胸の内(7)

「私は、身勝手な想いから、大地の女神の巫女として正しく進み続けていたユッカさまの足を引っ張ってしまった……愚かです、実に」

「そんなことはありません。あなたは本当に心から、ユッカちゃんのことを――」

「いいえ、ワガハイさん。私は、この期に及んでまで、まだ迷いを抱いているのです。ユッカさまはご自分の宿命を受け入れ、私に殺されることすら覚悟しているのに……万が一のことを想像すると、この手が震えるのです」


 ゆっくりとマルチェさんは、その拳を握った。


「信じています、ユッカさまのことを。あの方が、悪しき存在などに負けるはずがないと――けれど、それでも考えてしまうのです……私は、大好きなユッカさまを、失いたくなんて、ない」


 消えてしまいそうな声。


 あの時のユッカちゃんとは対照的に、体を縮めるマルチェさんは、実際より何倍も小さく感じられた。


 泣いているわけではない。


 表情だって、彼女は相変わらずだ。


 けれどきっと、マルチェさんは自分の気持ちを、初めて言葉にしたんだろう。


 旅立ってから今日まで、ずっとユッカちゃんといっしょだったんだ。


 巫女がそうであるように、従者だって、弱音なんか吐けなかったはずから。


「……私は、従者失格です」

「いいじゃないですか、それでも」


 自分を責めているようなマルチェさんに、吾輩は告げる。


「信仰者としてはすべてを受け入れていたユッカちゃんのご両親でさえ、娘の親としては複雑な心境を持っていた――それをあなたは、自らが巫女の従者になることで和らげた。同じように、あなたは理解しているんです。従者としては、巫女の覚悟に応えようと……けれど『姉』としては、どうしても、どうしても割り切れないでいる」

「…………」

「ですから、今度は吾輩があなたの力になりますよ、マルチェさん。ユッカちゃんの『姉』としてのあなたの弱さを、吾輩がカバーします――もちろんそれは、もしもの時にユッカちゃんの首をはねることではありません。二人の旅を、ここで終わらせないためのサポートです」


 ユッカちゃんは言っていた。



『ワタシは、立派な巫女になることだけを考えていて、お主の気持ちを無視してしまっていたのだ……つらかったのだろう、マルチェ?』



『ごめんなのだ、マルチェ……』



 頭では、もちろん理解していただろう。


 しかしユッカちゃんは、マルチェさんの本心までは見抜けていなかった。


 だから、あの時に謝ったんだ。


 ニサの町で吾輩を誘った時、こういう事態になることを、彼女が予期していたとは思えない。


 けれど心のどこかでは、マルチェさんの抱えていた想いが、それとなく伝わっていたんじゃないだろうか。


 もしかすると、ユッカちゃんが吾輩に同行を求めたのは、少しでもマルチェさんの負担を減らそうと、そういう意図があったのかもしれない。


 無意識とはいえ。


 なぜなら、二人は『姉妹』だから。


 少しおかしな関係ではあるけれど、お互いがお互いを大好きな『家族』だから。


「……ワガハイさん」

「大丈夫です、ユッカちゃんは強い――あなたが、一番よくわかっているはずですよ」

「……はい、もちろん」


 吾輩は、彼女の不安を、少しは軽くできただろうか。


 マルチェさんは、ゆっくりと答えてくれた。


 すると、


「マルチェ」


 大好きな従者を呼ぶ、幼い巫女の声が。


「遅いのだ、マルチェ。明日は早いのだぞ。もう寝る時間なのだ」


 どうやら、ずいぶんと話し込んでいたみたいだ。


 現れたユッカちゃんの背後には、クーリアとキューイの姿もあった。


「……そうですね、ユッカさま。もう眠る時間です」


 立ち上がったマルチェさんが、ユッカちゃんに返す。


「ですが、先にお休みになっていても構わないのですよ、ユッカさま」

「ま、まぁ……確かに」


 そう言われて、なぜか落ち着かない様子のユッカちゃん。

 体を揺らして、小声で『あー』とか『うー』とかつぶやいている。


 しばらくすると、


「こ、今夜は……い、いっしょに寝てあげるのだ、マルチェ」


 ユッカちゃんは意を決したように、そう言った。


「……ユッカさま」

「だ、だから、いっしょのベッドで寝てあげるのだ、マルチェ……ひ、久しぶりに、そういうこともしてあげるのだ」


 照れたように取りつくろうユッカちゃん。


 対するマルチェさんの答えは、もはや聞くまでもない。


「はい、ユッカさま」


 去っていく、二つの影。


 大きな『姉』と、小さな『妹』。


 ちぐはぐな二人だけれど、その手は、しっかりと握られていた。


 黙って見送る吾輩に、


「じゃあ私も、今夜はワガハイくんといっしょに寝てあげようかなぁ♪」


 クーリアが笑顔でからかってくる。


「……勘弁してよ、クーリア」

「じゃあ、三人なら――ねぇ、キューイ?」

「キュイ、キューイ」

「うーん……それでも、たぶんダメな気がする」


 困惑させられながらも、やっぱり、彼らといると心が落ち着く。


 ユッカちゃんの試練、マルチェさんの想い、二人の未来――いろいろ複雑な事情はあるけれど、クーリアとキューイの顔を見ると、何だか救われた気がした。


 さて。


 これで本当に、長かった一日が終わる。


 そして明日、また長い一日が始まるんだ。


 ソノーガ山脈にある、ウィヌモーラ大教の聖地へ、いざ――。

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