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顔なしゴースト『ワガハイ』の、つれづれならない国境なき冒険  作者: 渋谷 恩弥斎
[第2章 第3節] パジーロ王国>グシカ森林>オトジャの村_01
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020. 無表情な彼女の胸の内(6)

 そこで吾輩が意識したのは、マルチェさんの武器――あの大きな斧槍だ。


 彼女の恵まれた体格や、戦士としての才能に適した得物だとは感じていたけれど、巫女の従者の相棒としても、なるほど機能的だと言える。


 頭を砕き、あるいは首をはね、瞬時に絶命させることができる斧の部分。


 突き出し、あるいは投げて、その心臓を貫くための槍の部分。


 どちらも、相手の命を瞬時に奪うために有効なものだ。


 奇しくもマルチェさんは、武人としても従者としても、非常に最適な武器を選んでいたことになる。


 偶然か、それとも意図的にか。


 いずれにしても、彼女は――。


「強い方ですね、あなたは」


 マルチェさんがユッカちゃんに向けた殺意は、間違いなく本気のものだった。


 大切な相手に、そんなこと、そうそうできるものじゃない。


「……いいえ」


 首を振るマルチェさん。


 謙虚な態度というより、完全な否定だった。


「私は強くないから、だからユッカさまを試したのです……この村で、今日」


 トロールの皆さんを巻き込んだ狂言。


 あえてユッカちゃんを追い込み、ある種の極限状態を経験させた、マルチェさん主導の策略。


「魔法による身体的拘束と、呪文詠唱の制限――あれを自らの力で解けないようなら、ユッカさまは聖地へ入るべきではない……確実に、悪しき神霊たちに飲まれてしまいますから」

「ええ、そうだったでしょうね――いささか強引ではありましたが、従者としての後見的立場から、あなたがあのようなことを計画・実行したことは、十分理解できますよ」


「違いますよ、ワガハイさん……私は、ユッカさまにくじけてもらいたくて、だからあのようなことを演出したのですから」

「…………」


 そう。


 彼女にとって、今回の件には、そういう側面もあるようだ。


 あの騒ぎが狂言だと明らかになったあと、確かにマルチェさんはユッカちゃんに対して、そういった趣旨の発言をしていた。


 さらに自らを、従者失格とも。


「ユッカさまのお父さまは、優秀で誠実な聖職者です。責任感があり、多くの方々から慕われる人格者……けれど、権力や巨大組織を統べることに喜びを感じる男性ではない――教皇という立場のあのお方は、私の目からは、とても窮屈きゅうくつそうに見えてしまうのです」


 マルチェさんは続ける。


「一方でユッカさまのお母さまも、突然に与えられた聖母という地位に、戸惑っていなかったはずがありません。世界には貧しい種族や身よりのない子供たちがいるというのに、自分は信者の方にうやまわれ、ウィヌモーラ大教本部の庇護ひごのもと、こんな恵まれた生活をしていていいのかと、日々悩んでいるようでした……きっとあの方は、何者でもない一人の女性として、目に留まる範囲の人々に手を差し伸べている方が、何倍も幸せを感じる女性なのです」

「……マルチェさん」

「何よりユッカさまは、生まれた瞬間から大地の女神の巫女でした。八歳の少女にしては、ずいぶんと不遜ふそんな話し方ではありますが、それはおそらく、あの方が立派な巫女であろうとする意識の表れに他なりません」


 ユッカちゃんは自分が、まだまだ巫女として未熟だと自覚しつつも、子供扱いされることに嫌悪感を示していた。


 もちろん、彼女くらいの年齢だと、そういう反応はめずらしくないのかもしれない。


 けれどユッカちゃんは、一般の子供たちとは違う。


 あの口調と態度は、巫女であるがゆえの――。


「ユッカさまには、ユッカさまを心から愛する二人のご両親がいます。もしも娘としてお二人を頼れば、ご夫婦は間違いなく、全力でユッカさまをサポートするでしょう。けれど、ユッカさまは巫女。現在この世にただ一人の、大地の女神の巫女なのです。幼いあの方に、泣き言など許されない……巫女として進むしかないのです、ユッカさまは」


 教皇、聖母、そして巫女――マルチェさんは彼らの秘められた感情を想像し、まるで自分のことのように代弁した。


「ですがもし、もしもユッカさまが巫女でなくなれば、聖地に入るに値しないただの少女でしかないと、そうウィヌモーラ大教本部から認められれば……もしかしたらあの町で、私が救われたあの町で、何事もなかったかのように『四人』で暮らせるのではないかと――私は巫女の従者でありながら、そう考えるようになってしまっていたのです」


 その言葉で、吾輩はやっと、わかっていた――ようなつもりでいた一連の出来事のすべてを、本当の意味で理解できた気がした。


 マルチェさんの行動も、その心の内も、全部。


 彼女は、巫女の従者として、オトジャの方々に協力を求めたわけじゃなかった。


 彼女は『姉』として、ユッカちゃんの『家族』として、今日の狂言を実行したんだ。


 モルコゴさんは言っていた。



『ただ一つ、私からお話するとすれば――大地の女神の巫女さまは、本当に信頼できる従者の方と、この旅を共にしているということです』



『彼女の真摯な想いがなければ、私や村の者が、あそこまでの行いに手を貸すことは、たぶんなかったでしょうから』



 見抜いていたんだろうか、彼は。


 それで、あえて――。


「あの頃の『四人』に戻れるのならば――せめて、ユッカさまが『堕ちる』という最悪の事態を避けられるのであれば、もはや、無関係な他者を犠牲にすることさえいとわない……これが、偽りのない、私の本心でした」


 正しくはないと理解しつつ、それでも、その罪から逃げず、すべてを受け入れるように――マルチェさんは懺悔ざんげする。


「……だから、あの時の私はクーリアさんを――あなたの大切な仲間を殺害する決意だったのです」

「ええ、確かに。ですが、それはもう――」

「いいえ、ワガハイさん。許していただいたとはいえ、あの行いを、まったくの帳消しにはできません。それだけのことを、私は実行する覚悟を持っていたのですから」

「…………」


 たとえ、吾輩やクーリアが許しても、自分で自分が許せない――か。


「私は愚かでした。ユッカさまは私の浅はかな計画など打ち破り、見事に巫女としての力を示してくれました。しかも、その原動力になったのは、義憤ぎふんと決意――単なる怒りや悲しみではなく、私がクーリアさんを傷つけようとしたことに対するいきどおりと、従者である私に対する責任感でした……あの方はもう、立派に覚悟を決めていたのです」


 ユッカちゃんのすさまじい気迫を、吾輩は覚えている。



『そのクーリアは、ワガハイの旅の仲間なのだ。そしてワガハイは、ワタシの友だち――友だちの友だちは、やっぱり友だちなのだっ!!』



『安心しろ、ワガハイ。クーリアは、ぜったいに救い出してみせるぞ』



『従者の不始末は、巫女であるワタシの責任――友だち一人救えないようでは、ワタシに大地の女神の巫女を名乗る資格なんてないのだっ!!』



 あの小さな体が、とてつもなく大きく感じられたんだ。

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