020. 無表情な彼女の胸の内(6)
そこで吾輩が意識したのは、マルチェさんの武器――あの大きな斧槍だ。
彼女の恵まれた体格や、戦士としての才能に適した得物だとは感じていたけれど、巫女の従者の相棒としても、なるほど機能的だと言える。
頭を砕き、あるいは首をはね、瞬時に絶命させることができる斧の部分。
突き出し、あるいは投げて、その心臓を貫くための槍の部分。
どちらも、相手の命を瞬時に奪うために有効なものだ。
奇しくもマルチェさんは、武人としても従者としても、非常に最適な武器を選んでいたことになる。
偶然か、それとも意図的にか。
いずれにしても、彼女は――。
「強い方ですね、あなたは」
マルチェさんがユッカちゃんに向けた殺意は、間違いなく本気のものだった。
大切な相手に、そんなこと、そうそうできるものじゃない。
「……いいえ」
首を振るマルチェさん。
謙虚な態度というより、完全な否定だった。
「私は強くないから、だからユッカさまを試したのです……この村で、今日」
トロールの皆さんを巻き込んだ狂言。
あえてユッカちゃんを追い込み、ある種の極限状態を経験させた、マルチェさん主導の策略。
「魔法による身体的拘束と、呪文詠唱の制限――あれを自らの力で解けないようなら、ユッカさまは聖地へ入るべきではない……確実に、悪しき神霊たちに飲まれてしまいますから」
「ええ、そうだったでしょうね――いささか強引ではありましたが、従者としての後見的立場から、あなたがあのようなことを計画・実行したことは、十分理解できますよ」
「違いますよ、ワガハイさん……私は、ユッカさまにくじけてもらいたくて、だからあのようなことを演出したのですから」
「…………」
そう。
彼女にとって、今回の件には、そういう側面もあるようだ。
あの騒ぎが狂言だと明らかになったあと、確かにマルチェさんはユッカちゃんに対して、そういった趣旨の発言をしていた。
さらに自らを、従者失格とも。
「ユッカさまのお父さまは、優秀で誠実な聖職者です。責任感があり、多くの方々から慕われる人格者……けれど、権力や巨大組織を統べることに喜びを感じる男性ではない――教皇という立場のあのお方は、私の目からは、とても窮屈そうに見えてしまうのです」
マルチェさんは続ける。
「一方でユッカさまのお母さまも、突然に与えられた聖母という地位に、戸惑っていなかったはずがありません。世界には貧しい種族や身よりのない子供たちがいるというのに、自分は信者の方に敬われ、ウィヌモーラ大教本部の庇護のもと、こんな恵まれた生活をしていていいのかと、日々悩んでいるようでした……きっとあの方は、何者でもない一人の女性として、目に留まる範囲の人々に手を差し伸べている方が、何倍も幸せを感じる女性なのです」
「……マルチェさん」
「何よりユッカさまは、生まれた瞬間から大地の女神の巫女でした。八歳の少女にしては、ずいぶんと不遜な話し方ではありますが、それはおそらく、あの方が立派な巫女であろうとする意識の表れに他なりません」
ユッカちゃんは自分が、まだまだ巫女として未熟だと自覚しつつも、子供扱いされることに嫌悪感を示していた。
もちろん、彼女くらいの年齢だと、そういう反応はめずらしくないのかもしれない。
けれどユッカちゃんは、一般の子供たちとは違う。
あの口調と態度は、巫女であるがゆえの――。
「ユッカさまには、ユッカさまを心から愛する二人のご両親がいます。もしも娘としてお二人を頼れば、ご夫婦は間違いなく、全力でユッカさまをサポートするでしょう。けれど、ユッカさまは巫女。現在この世にただ一人の、大地の女神の巫女なのです。幼いあの方に、泣き言など許されない……巫女として進むしかないのです、ユッカさまは」
教皇、聖母、そして巫女――マルチェさんは彼らの秘められた感情を想像し、まるで自分のことのように代弁した。
「ですがもし、もしもユッカさまが巫女でなくなれば、聖地に入るに値しないただの少女でしかないと、そうウィヌモーラ大教本部から認められれば……もしかしたらあの町で、私が救われたあの町で、何事もなかったかのように『四人』で暮らせるのではないかと――私は巫女の従者でありながら、そう考えるようになってしまっていたのです」
その言葉で、吾輩はやっと、わかっていた――ようなつもりでいた一連の出来事のすべてを、本当の意味で理解できた気がした。
マルチェさんの行動も、その心の内も、全部。
彼女は、巫女の従者として、オトジャの方々に協力を求めたわけじゃなかった。
彼女は『姉』として、ユッカちゃんの『家族』として、今日の狂言を実行したんだ。
モルコゴさんは言っていた。
『ただ一つ、私からお話するとすれば――大地の女神の巫女さまは、本当に信頼できる従者の方と、この旅を共にしているということです』
『彼女の真摯な想いがなければ、私や村の者が、あそこまでの行いに手を貸すことは、たぶんなかったでしょうから』
見抜いていたんだろうか、彼は。
それで、あえて――。
「あの頃の『四人』に戻れるのならば――せめて、ユッカさまが『堕ちる』という最悪の事態を避けられるのであれば、もはや、無関係な他者を犠牲にすることさえいとわない……これが、偽りのない、私の本心でした」
正しくはないと理解しつつ、それでも、その罪から逃げず、すべてを受け入れるように――マルチェさんは懺悔する。
「……だから、あの時の私はクーリアさんを――あなたの大切な仲間を殺害する決意だったのです」
「ええ、確かに。ですが、それはもう――」
「いいえ、ワガハイさん。許していただいたとはいえ、あの行いを、まったくの帳消しにはできません。それだけのことを、私は実行する覚悟を持っていたのですから」
「…………」
たとえ、吾輩やクーリアが許しても、自分で自分が許せない――か。
「私は愚かでした。ユッカさまは私の浅はかな計画など打ち破り、見事に巫女としての力を示してくれました。しかも、その原動力になったのは、義憤と決意――単なる怒りや悲しみではなく、私がクーリアさんを傷つけようとしたことに対する憤りと、従者である私に対する責任感でした……あの方はもう、立派に覚悟を決めていたのです」
ユッカちゃんのすさまじい気迫を、吾輩は覚えている。
『そのクーリアは、ワガハイの旅の仲間なのだ。そしてワガハイは、ワタシの友だち――友だちの友だちは、やっぱり友だちなのだっ!!』
『安心しろ、ワガハイ。クーリアは、ぜったいに救い出してみせるぞ』
『従者の不始末は、巫女であるワタシの責任――友だち一人救えないようでは、ワタシに大地の女神の巫女を名乗る資格なんてないのだっ!!』
あの小さな体が、とてつもなく大きく感じられたんだ。




