009. 町の砦
オーヌの町の砦。
吾輩が、昨晩少しだけお世話になった地下牢もある、役人と憲兵が常駐している施設。
「ねぇ、ワガハイくんってば……ねぇ!!」
文句を言いながらもついてきたクーリアが、吾輩のコートの袖をつかんだ。
「わけがわからないよ、いきなり剣を取り返すだなんてさ。私が言うのもおかしいけど、ばかなまねをしたら、また捕まるって」
吾輩の前には、石造りの角張った建物。
それほど大きくはないけれど、なかなか威圧的だ。
宿屋や食堂が目立つ宿場町だから、よけいに。
「もしかして、ワガハイくんの剣って業物だったの? そんなに大事なものだったなら、私が今夜にでも、こっそり忍び込んで――」
「いや、たいしたものじゃないよ。ちょっとした武器屋ならどこでも扱っているような、可もなく不可もない護身用の剣さ」
吾輩、高級な武器を買えるようなお金なんて持ってないし。
「だ、だったらいいじゃない。言ったでしょ、ここの役人や憲兵は腐っているの。下手に目をつけられたらワガハイくん、オーヌの町から出られなくなるかもしれないよ!?」
「……うーん、それは困るな」
「そ、そうだよ、うん。ワガハイくんは旅人なんだから、わざわざあいつらにケンカを売るようなこと、しなくたっ――」
「でもね、吾輩も同じなんだよ」
クーリアの腕をほどき、まっすぐに伝える。
「旅立つならさ、心の底から、笑顔でこの町を離れたい――吾輩も、クーリアと同じ気持ちなんだよ」
「……ワガハイ、くん?」
すると、
「お前ら、このオーヌの町の砦に何の用だ?」
扉が開き、中から憲兵が二人。
「ここは、宿屋でも食堂でもないぞ――ん、お前……昨日のハレンチな泥棒か?」
一人に続いて、
「お、おお、間違いない。地下牢から脱獄してたっていう、あのぺろぺろな泥棒だ」
もう一人の憲兵が、強くうなずいた。
ハレンチ。
ぺろぺろ。
「……クーリアのせいで、吾輩、とんでもない汚名を着せられているんだけど」
「あ、あはははは――じゃないよ、ワガハイくん!? 逃げないと、すぐに逃げないと!?」
状況が状況なだけに、慌て出すクーリア。
けれどもう、あの憲兵たちが見逃してくれるとは思えない。
彼らにとって吾輩は、ハレンチでぺろぺろな泥棒っていう評価なんだし。
「脱獄したくせに戻ってくるとは、ずいぶんとおかしなやつだな」
「けれど、謝って済むなら憲兵はいらないんだぜ」
腰に装備していた剣を抜き、吾輩たちに近づいてくる憲兵二人。
「あのですね、ハレンチもぺろぺろも泥棒も、全部濡れ衣なんですよね……あと、どうか吾輩から没収した剣を返していただきた――」
「「ふざけるな、このやろうっ!!」」
吾輩はていねいに、弁解と要求を伝えたんだけど、声をそろえて一喝されてしまった。
できれば荒事は避けたいところだが、
「覚悟しろ、ハレンチ泥棒」
「観念しな、ぺろぺろ泥棒」
どうやら、そうもいかないらしい。
「「うりぁーっ」」
剣を振り上げた憲兵二人が、吾輩に斬りかかってきた。
コートを傷めたくない吾輩は、ひらりと回避。
憲兵の攻撃くらいどうってことはないけれど、ボロボロの服装で町を歩くわけにもいかないからね。
ほら、必要以上に気味悪がられちゃうし。
強引な剣を六振りほどかわしたところで、憲兵たちが息を乱す。
「く、くそっ、素早いやつめ」
「い、いまいましい」
二人ではどうにもならないと思ったのだろう。
「おい、来てくれ、昨日のハレンチ泥棒だっ!!」
「逃げたぺろぺろ泥棒が、砦に乗り込んできたぞっ!!」
彼らは建物内の仲間に、大きな声で呼びかけた。
「う、うわっ!? まずいよ、ワガハイくん」
戸惑うクーリア。
さすがは、訓練された憲兵だ。
すぐに武装した十名ほどの男性が立ち並び、吾輩の周囲をぐるりと囲む。
「わ、ワガハイくん……ど、どうするのぉ」
不安そうにしながら、クーリアが吾輩に身を寄せた。
ここまできたら、とても話し合いでまとまりそうにない。
彼女を守るためにも、多少は反撃してもいいよね。
「あいつを捕らえるぞ」
「「「「「おぉーっ!!」」」」」
大声と共に、無数の刃が吾輩に迫ってきた。