ホブゴブリン倒し
ラインハルトが剣を身構えたというのにホブゴブリンに恐れの色は見えなかった。手に持つ巨大な棍棒は人間が持つにしては不似合いなほどでかかった。人間を襲って手に入れたものには見えなかった。木でできた棍棒は手入れが悪く薄汚れていて少し腐っている。
棍棒を作ることができる、この魔物には知恵がある。空腹なだけで襲ってくるだろうか?そんな疑問を思いながらホブゴブリンの体を観察する。普通のゴブリンは人間を襲い寒いという知能があるのか服を着る。巨大なゴブリンほど半裸に近く、その分皮膚が厚い、こいつも例外なく皮膚に厚みがありそうだ。それに古い傷跡も見れる。
超回復力。魔物には魔力が通っていて自然と傷を回復させる。人間よりはるかに早く治る。ゴブリン程度なら治らないがこいつは治りが速いのか?それで好戦的なのか……じりじりと少しずつ木のほうへ移動しながらラインハルトはどう戦うかを考える。あの身体の巨大さに、手の長さ、棍棒のでかさ。林の中で戦えば木が邪魔をして小柄なラインハルトのほうが有利だ。
ホブゴブリンは力でその小賢しい考えを蹴散らそうとする。巨大な棍棒は木の枝をへし折りながらラインハルトに襲い掛かる。ホブゴブリンの力はすさまじいものがあったが木の枝の抵抗で少しスピードが落ちた。ラインハルトはそれをかわすと切りかかった。
殺す必要なんかないのだ。腕を切りつけ、大けがをすればゴブリンは逃げだすだろう。
ラインハルトの一撃はホブゴブリンの腕を切り落とした。
ホブゴブリンの悲鳴、絶叫を聞きながらラインハルトは魔物から距離を取り、唖然とした表情で震えた。自分の胴体ほどの巨大な腕がまるで生きているかのようにこのがる。その様は断末魔を上げる別の生き物のようにさえ見えた。口はないのに、確かに切り落とされた腕の悲鳴が聞こえたのだ。
思わず口を押える。吐き気がラインハルトを襲い、嘔吐した。
ホブゴブリンは逃げださなかった。ラインハルトのさまを見て、逃げ出すより殺すことを選んだのだ。自分の腕がなぜなくなったのか、考えるだけの知恵がなかったのかもしれない。ラインハルトが嘔吐し戦う体制になかったから殺しにかかったのだ。そしてホブゴブリンの首が落ちた。
首がなくなると巨大なホブゴブリンの体は重力によって地面に吸い寄せられた。ラインハルトはちょうどそこにいて地面とホブゴブリンでサンドイッチになり、あまりの重さに気を失った。
ラインハルトが目を覚ますと異常な異臭が鼻を襲ってきたので跳ね起きた。目が痛い、自分の体をあさり、水筒を出し、目を洗い流す。痛みが徐々に引くと目を開けられるようになった。血だらけだ。
痛みはない、記憶を必死に思い出し、自分がホブゴブリンと戦っていたことを思い出す。自分はホブゴブリンの首をはねた……?そして体にはさまれて、と思い出し、あわててあたりを見渡した。ホブゴブリンの体がない、また盗まれたのだ。決死の思いで殺したのに!売れば数か月は生きていけるだけの値段で売れる素材を盗まれたのだ。またかよ、と首を振るラインハルトの目に入ったのがホブゴブリンの腕と首だ。よかったすべては盗まれなかったのだ。
ホブゴブリンの討伐金と首と腕の素材としての代金。1か月分の家賃と食費にはなるだろう。
薬草摘みは切り上げて、ラインハルトは冒険者ギルドに戻った。冒険は日帰りが基本だ。パーティを組んでいれば見張りを置いて野宿し、1泊二日程度ならできるかもしれないがラインハルトは一人だ。確実に成果が上げられる日の当たり方や地形からはえている場所がだいたい薬草摘みをメインに計画は立てなければいけない。
首、腕は重い。しかも巨大なホブゴブリンのものだ。少し歩くだけで息切れし、休憩を取らなければならないが高揚感からか全然疲れずに王都まで戻ることができた。町に入ると女性の悲鳴が聞こえて、ラインハルトは自分が生首をそのまま持ってきてしまったことに気づく。服を脱いで丁寧に生首と腕を包む。生首なんか気持ち悪いがこれが大金に代わると思うと嫌悪感はまるでなかった。
しばらくあるき見慣れた建物が見えてくる。冒険者ギルドに入ると冒険者たちの視線が自分に集まるのがわかる。素材の担当に行くと服を開けるとホブゴブリンの首と腕がでてくる。正直、称賛の声をラインハルトは期待したが聞こえてきたのは罵声と嘲笑だった。
「どこから盗んできたんだよ、おっさん」
頭を鷲掴みにされてそちらをむくとBランクのプレートを付けた若い男がいた。鍛え上げられた腕と使い込まれた豪華な鎧がそのプレートが本物であるということ担保になっていた。
「これは俺が倒したんだ」
「Eランクがか?ホブゴブリンなんかBランクの冒険者が数人がかりでようやく倒せるかどうかだぞ? だいたい身体はどうした」
「……盗まれた」
ぼそっとラインハルトが答えると嘲笑が爆笑に変化した。冒険者ギルト中に笑い声が響く。
素材買取の受付嬢が恐る恐るいう。
「もちろん買い取らせていただきますが、盗品だとあとでわかったら大変なことになりますよ?」
自分の娘ほどの小娘が何を!イラッとする。
ポンポン、鷲掴みしていた若い冒険者が赤子に接するかのようにラインハルトの頭を触る。限界だった。
「喧嘩を売るなら買うぞ?」
振り向き、そういうとまた笑われた。
こいつ……思わず剣を鞘から抜く。
笑い声が爆笑にまた変わる。
「なんなんだよ、その剣は。そんな刃こぼれだらけの剣でホブゴブリンを殺したって?」
涙を流すほどの爆笑をうけてラインハルトの心臓は氷のように冷たくなる。
「おいおい、おっさん。いいかげんにしとけ」
中に入ってくる冒険者がいる。さすがに剣を抜いての喧嘩は止めなければと思ったのだろう。
腕相撲で力を示すことになった。相手はB級冒険者。さきほどラインハルトをからかった男だ。
肉付きの良い、20代の健康な男の巨大な腕に、ラインハルトの40代に近い筋肉の衰えた細い腕が同じ土俵にだされると、周りの者はだれもラインハルトがホブゴブリンを殺したとは思わなかった。腕相撲の結果は一瞬でつき、ラインハルトは静まり返った冒険者ギルドの店内に満足した。B級冒険者は腕を押え泣き叫んでいた。
ラインハルトが「これでいいのか?」と素材担当の受付嬢に聞くと返答はなく、受付嬢はただ震えながら首を振るだけであった。
受け取った討伐金と素材代金を手に、ラインハルトは宿に戻り汗を流す。着替えて、血で汚れた服を捨てて服屋に行く。服を買い、武器屋に行き新しい剣を買う。懐の温かさから高級料理屋に行こうとと思ったがなんとなく行きたくなくてなれた安料理屋に行く。味付けの濃い料理を食べ、酒でのどをいやす。
宿に帰り、歯を磨き、ドアをしめて、布団の中に入る。
冒険終わりのいつものことだ。
そしてラインハルトは泣いた。
ホブゴブリンを殺せるって何なんだよ、おれはE級冒険者なんだぞ。
B級冒険者を瞬殺ってなんなんだよ。
俺は、俺はどうなってしまったんだよ。
泣き疲れて寝るまで、ラインハルトは泣き続けた。
ホブゴブリンを食べました。ステータスがかわります。