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夏乃さんと魑魅魍魎の謎  作者: 巫 夏希
第一話 トモグイ
6/23

二日目(3)

 家に入り、電気を点ける。

 手を洗い、喉をうがいして、その後は食事の時間だ。手作りのお弁当とはいえ、まさか朱矢でこんなものが食べられるとは思いもしなかった。

 ちくわの天ぷらに、白身魚のフライ、シャケの切り身に、卵焼き、ミートスパゲッティにハンバーグ、ご飯には醤油風味の鰹節に海苔がのせられている。漬物はサクラ大根。うん、オーソドックスだが、こういうのでいいんだよこういうので。

 ちくわの天ぷらを一口。さくり、と衣の揚がった食感がする。揚げたてといった感じだろう。少し時間が経過してしまうと脂がしみこんでしまいサクサクとした食感が無くなってしまうからな。あたしも料理はしないけれど、こういうものには口うるさいんだ。

 ご飯は少し固めに炊かれている。それもまた有難い。あたしは固い米が好きなんだ。


「……さてと、取りあえず今日得た情報をまとめることにしましょうかね」


 弁当をある程度食べ終えたところで、あたしは鞄からルーズリーフと万年筆を取り出した。パソコンでまとめるのがメインだけれど、実際にメモ書きをするのはルーズリーフだ。なぜならずっとパソコンで書いていると、実際の『書き文字』を忘れてしまう、と大学の教授から聞いていたからだ。それを律儀に守っているのか、と言われればその通りだ。あたしはそういうことを守って生きている。……生き方は波瀾万丈そのものだけれどな。

 情報は二つ。

 大類家が何らかの因習についての情報を保有していること。

 そして、大類家が因習を未だに続けているということ。


「……ああ、そういえばもう一つあったな」


 もう一つ。

 それは亜貴という少女が穢れに触れないようにしているということ。その穢れが、あたしみたいな他からやってきた人間(実際は、朱矢で生まれた人間だけれど、そのことに気づいていないのか、気づいているのか分からない)だということ。


「それにしても……相変わらず、ここは胡散臭いというか何というか」


 朱矢の胡散臭さは生まれた頃からずっと思っていた。

 『因習』については詳しく知らなかったけれど、朱矢の外に出てはならないということは良く言われていた。なぜそうなのかと訊ねたところ、昔からそう決まっているから仕方ないでしょう、としか言われなかった。普通に考えて思考停止しているとしか言えないのだが、思えばそれは『因習』の所為だったのだろう。

 残りの弁当を食べようとした矢先、声が聞こえた。


「……ごめんください」


 まさかこんな空き家に誰がやってくるのだろうか、なんて思っていたのだが声を聞いていると、誰か聞き覚えのある声にも思えてきた。


「……まさか、亜貴ちゃん?」


 あたしは急いでそちらへと向かう。

 玄関に亜貴ちゃんと思われる少女の影が浮かんでいた。

 引き戸を開けると、亜貴ちゃんは涙を流しながらそこに立ち尽くしていた。


「どうしたの、急に……突然」

「ごめんなさい、ごめんなさい。けれど、どうしても話をしたくて」

「いいわ、取りあえず入りなさい」 


 あたしは彼女を家に招いた。とにかく話を聞いてあげようと思ったのだ。そもそも泣いている状態の彼女をそのまま置いてやることなんて出来なかった。出来るとするならば、そいつは悪魔だと思う。それぐらいの所業だ。



 ◇◇◇



 家に招いた彼女は、丁寧に正座をしていた。


「……別に、あたしは今は朱矢の人間じゃあないんだから、畏まらなくてもいいのに」


 ペットボトルのお茶と、お茶菓子を差し出す。何も無くて申し訳ないけれど、それについては致し方ない。

 彼女はお茶を一口、そしてマシュマロを一つ食べると、少しずつ笑みを浮かべるようになってきた。やっぱり子供はお菓子を食べてなんぼよね。


「朱矢の人間じゃあないなら……、どうしてここにやってきたのですか?」

「ちょっとした野暮用よ。朱矢には因習があるでしょう。その因習を調べに来たの」

「朱矢に因習が……。もしかして『儀式』のことですか?」

「そう。あなたが『穢れ』の無いように育てられているのも、大方その所為でしょう?」


 こくり。亜貴は頷く。

 やはりそうだったか。あたしは怪しかったその謎を一つ解明出来たと思い、ルーズリーフにメモを留めていく。


「それって……何ですか?」

「これ? これって、ルーズリーフ。まあ、簡単に言えば紙よ。それくらいは分かるんじゃあなくて?」

「うん。分かるけれど……。ねえ、お姉ちゃん」

「夏乃さんでいいわ」

「夏乃さん。どうしてあたしがここに来たことを、咎めようとしないの?」

「あなたが来たことが、きっと悪いことではないと思ったからよ」

「悪いことでは……ない?」

「そう。あなたはきっと何かから逃げてきたのだと思う。だけれど、それを咎める人間は誰だって居ない。逃げるときは逃げたって良いんだから。それとも、逃げてはいけないということがあったのかしら?」


 あたしの言葉に、彼女はたった一言だけ言った。


「……実は、明後日、儀式が行われるの。あたしを食材にして、神のための食事を用意するんだって」



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