後編
4
少年は大学の講義があるとのことなので、向かうのは私だけになった。まあ、別に問題ないだろう。仕事をするのは主に私なのだから。
新井とともに江ノ電に乗り込み、鎌倉駅で下車。そのまま横須賀線に乗り込んで横須賀駅で下車した。
「……何だ。家は横須賀だったのか。であれば、横須賀で話を聞けばよかったな。申し訳ないことをした」
「いえ。別に問題ありません。それに、横須賀はいいところですがゆっくりとお話をする場所、というものが私の中で見つからなかったものですから。江の島でお話しを聞いていただいて問題ありませんよ」
三笠公園の傍にある大きな一軒家、それが新井の家だった。旧家か何かだろうか。それにしても三笠公園には多くの人間がやってきているな。そういえば最近戦艦がブームになっていると聞いたことがあるし、それが影響しているのか? 少年も戦艦が出るゲームをプレイしている、と言っていたし。まあ、私はそういうゲームはあまり遊ばないから興味は一欠片も無いわけだが。
家に入り、居間に到着する。それにしても、人の気配が一切ない。この広い部屋に、誰も住んでいないのだろうか。
「……母も父も、不幸が立て続けに起きてから引きこもりがちになりまして……。ですから、それを何とかしたいのです」
ははあ、家族がそういうことになってしまったのか。ならば仕方がない。そう焦る気持ちも分かる。
少し時間を置いて新井はお茶と豆大福を持ってきた。皮から豆が出てきそうだと言わんばかりのごつごつ具合だが、それがまた手作りというか、美味しそうな雰囲気を醸し出している。私は嫌いじゃないぞ、こういう大福は。
お茶を頂いて、それから大福を一口。うん、粒あんか。やっぱり大福は粒あんに限る。別にこしあんがダメというわけではないが、どちらかといえば粒あんだろう。
大福を食べ終わった段階で、私は一つ頷いた。
「さて、それでは、赤い部屋とやらに連れて行っていただきましょうか」
そういえばネットの都市伝説で赤い部屋というのがあったな。確か、『あなたは好きですか?』というポップアップを閉じると、閉じた人間は死ぬんだったか。まあ、それとこれとは明らかに話は違うと思うが……。
「解りました。それでは、ご案内いたしましょう」
新井はそう言って立ち上がると、部屋を出て行った。私もそれを見て、新井の後を追うのだった。
新井が到着したのは、新井が説明していた離れだった。離れまでは廊下で繋がっているため、靴を履いて移動する必要は無い。
もしかして元々誰かが住んでいたのではないか? そんなことを思ったが、一先ずそれは一つの可能性として置いておくこととした。
そして、障子の前に到着する。
「……開けるぞ」
「どうぞ」
新井の了承を受け取り、私は障子を一気に開け放った。
そこに広がっていたのは――一面真っ赤に染まった部屋だった。
壁、床、天井は勿論、棚やタンス、テーブルに布団などの家具までもが真っ赤に染まっていた。
まるで、それ以外の色が抜け落ちたかのように。
「こいつは……成程ね」
そして、その部屋の中心には――これまた赤い浴衣を纏った女性がすやすやと眠っていた。
「……どうしたのですか。もしかして、何か見えているんですか」
「見えていない、とは言わせないぞ。部屋の中心に居るだろう。赤い浴衣に身を包んだ、私と同じくらいの女が」
「……まさか、それが座敷童、だと?」
「さあな。いずれにせよ、確認する必要はあるだろう」
そうして、私は部屋の中に入っていく。
どうなるか解らなかったが、あっさりと中に入ることが出来た。
そうして私はその座敷童に声をかけた。
「……名前が解らないから、座敷童と呼ぼうか。お前、いったい何がしたい?」
「……、」
すやすやと寝息を立てている。
根気がいるな……。そんなことを思いながら、身体を揺さぶろうとした、ちょうどその時だった。
「そんなことをしなくても、起きているのよ」
目を閉じたまま、座敷童は答えた。
「……起きているなら、さっさと答えてくれないか。面倒な話になる」
或いは騙されている姿を見たかっただけか。だとすれば随分と子供っぽいが。
座敷童の話は続く。
「私は別に座敷童として住んでいるつもりも無ければ、かつては人間だったよ。ただ、それだけを言っておこうか」
唐突に。
座敷童は衝撃の事実を口にした。
それはつまりどういうことだ? 座敷童は座敷童ではなくて、ただの人間だった……だと? それは、恐らく、人間が座敷童に、妖怪に変化したということになる。まあ、確かに人間が天狗になるという説話があるくらいだから、人間が座敷童になるケースもあるのかもしれない。
だが、だとすれば。
新井は嘘を吐いている、ということになる。座敷童として住んでいるつもりはない、という言葉から推察するに、長年ここに住んでいるわけではないということになるのだろう。そして、その意味は――どういうことだ?
「それに、彼に私の姿が見えていないと思っているのかもしれないけれど、それは真っ赤な嘘。彼には私の姿が見えているはずだし、声も聞こえているはずだよ。そして、彼は私の存在から逃げている……ということだね。真っ赤な部屋、真っ赤な浴衣、女性の姿を見ようとしない。……さあ、ここから導かれる結論は?」