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夏乃さんと魑魅魍魎の謎  作者: 巫 夏希
掌編 化け狸
17/23

化け狸

創作合同誌「OLfE」Vol.001収録


 1


 某県にあるN大学。

 私は図書室に居た。理由は単純明快、課題を終わらせなくてはならないためだ。課題と言ってもシンプルなもので、『この地方に伝わる民俗学的なものを説明せよ』という一見大雑把な内容に見えて、意外にも難しい。この地方は結構民俗学というか奇妙な伝説が多くて、先ずどこから手をつければ良いのか、という話題になってしまう。


「……困ってるようだね」


 そう私に手を差し伸べてきたのは、同じゼミで肩を並べている樹林だった。


「どうした、樹林? まさかもう課題が終わったから私に何か言いに来たのか?」

「そんな性格の悪いこと、僕がするとでも思ってるのかい?」

「するだろうねえ、あんたは性格が悪いから」

「……なあ、柊木。うちのゼミだけで課題を提出してないのは、あんただけだぞ」

「……でしょうね」


 かと言って、うちのゼミは仕事が早い人間を一概に評価するシステムを取っている訳ではない。あくまで『仕事の早さ』は評価のうちの一つに過ぎず、中身を見てくれる大変立派な教授なのだ。……まあ、私はその教授、あんまり好きじゃないけれど。


「締め切りは明後日。だけれど内容は愚かテーマまで決まってないのは不味いよねえ……」

「内容がないよう、って?」

「黙れ。今すぐ黙らないとお前の脳みそかき出してやる」

「ひええ、恐ろしいな。そんなことは辞めて貰いたいよ」


 そんな冗談はさておき。

 さっさと課題をなんとかしなければ話が前に進まないことは事実だ。

 うーん、課題、課題か……。この地方に伝わる民俗学なんて滅多に無いのよね。だからネタが被る可能性があるというか。


「お困りのようだね?」

「未だ居たのか、お前は」

「まあまあ。ここは一つ、僕の提案を聞いてみるってのはどうだい?」

「提案?」

「そうさ。……僕がやろうと思ってやらなかったテーマが一つある。それを君に提供してあげようって言うんだよ。どうだい、悪くないだろ?」

「……勿論、無料では無さそうね」

「そうだね。お昼一回分でどうかな」

「乗った」


 今は、藁にも縋りたい気分だ。

 できる事なら、その情報が有意義なものであることを祈りたいのだが。



 2


 山奥にあるという集落の話だよ。その集落には普通に人が暮らしていて、その集落に訪れた人間は、様々な待遇を受けるんだと。そしてその待遇を受けた次の日の朝、ぱっとその集落が消えてしまっているんだ。どうだい、珍しい話だろう?

 え? その集落が消えたのは狸か狐かが化かしたからじゃないか、って? まったくもってその通りだと思うよ。けれど、この地方にもそのような逸話が広がっているということ自体珍しいとは思わないかい? ここは関西と関東の狭間にある地方だ。関東の寓話もあれば、関西の寓話もある。珍しいものだらけのオンパレードと言ってもいいだろうね。そんでもって、その集落が消えてしまったことについては、学者もあまり調べてない。文献がそれ程残ってないんだ。だから『曖昧』にしか書くことが出来ない。……ま、これがこの『テーマ』の厄介なところかな。



 3


「……ふうん。それであんたはそのテーマを使わなかった、という訳? 文献が少なかったから、というただそれだけの理由で?」

「ほかにも理由はあるよ。文献を揃えるのに時間が足りないだとか。まあ、ゼミの論文程度ならこの図書室にある文献で大方揃うと思うけれど」

「成る程ねえ……。それにしても悪くないテーマだけれど、ほんとうに使っても?」

「構わないよ。言っただろ、僕はもう論文は提出済みだって」

「だったら良いのだけれど」



 それから、いくつかの話で私たちは盛り上がった。

 例えば、狸と狐の化かし方には違いがある、という点。


「どこが違うの?」

「俗に言われているのは、狸よりも狐の方が化かし方が上手いってところかな。だから、狸と狐は良く争ってる、って点が上がるよ」

「へえ」

「あと、狐は誘惑するために人を化かすけれど、狸は化かすのを見て貰いたくて化かしたり、人を馬鹿にするために化かすというケースもあるかな」

「……随分と詳しいのね。まるであなたが『化け狸』みたい」

「あはは。そいつは冗談だろ」

「どっちで受け取っても構わないけれど」

「この地方で有名な化け狸は『袋下げ』かな」

「袋下げ?」


 何処からか本を取り出した樹林。本のタイトルには『総合日本民族語彙』と書かれている。


「ほら、これ。長野県で、狸が高い木に登って通行人に白い袋をぶら下げていたそうなんだ」

「それに何の意味が?」

「さあ? 驚かせたかっただけとここには書かれてるけれど」

「……ふうん、変わっているわね、ほんと狸って」

「ああ、まったくだ」


 樹林は大きい書物を私の方に寄せると、立ち上がる。


「良いアイデアになったのなら、良かったよ。昼食代一回分、忘れないでおいてね」


 樹林は図書室を後にした。私はそれを見て、再び課題にとりかかるのであった。



 4


 図書室も常に開いている訳ではない。大抵夕方になると、図書室も閉まってしまう。

 今は図書委員の方々が、窓を閉めたり、置きっぱなしの本を片付けたり等としていた。

 私の課題といったら、彼のアイデアがあったからこそ、何とか進んだといった感じで、それでも明日いっぱいはかかりそうだというぐらいには進んでいた。


「この分厚い本を持ち帰っていくことは出来るかな……」


 忙しそうな図書委員に声をかけようと立ち上がったそのとき、


「ん?」



 樹林の座っていた椅子に、枯れ葉が一枚置かれていた。

 それを見て私は察する。


「ああ、こいつは一本化かされたな」



 5


 後日談。

 というよりただのエピローグ。

 結局、樹林は私の元に現れては居なかった。その日は風邪を引いて休んでいたらしい。それを聞いて私の憶測が確信に変わった。

 あれは化け狸だった。狸が私の元に、アイデアを持ってやってきたのだと。

 え? その課題はどうなったのか、って?

 おかげさまで間に合ったよ。単位も手に入った。良かった良かった。

 という訳で私の今日の昼飯はたぬきそばとおにぎりということになった訳だ。窓際の席に座って、外を眺めていると、狸がやってきた。こんな場所に狸がやってくるなんて珍しい、と思いながら私はおにぎりの一欠片を狸に差し出すのだった。


「あのときはありがとうよ、おかげで助かった」


 その言葉を理解したかどうか定かでは無いけれど。

 狸はそれを受け取ると、急いで樹木の向こうへと消えていくのだった。



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