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第4話

 羊たちを見るだけで、ドルイ様の大きな手を思い出す。羊の毛を「やわらかいな」と、さするドルイ様の手。わたしの仕事にいちいち感心を持ってくれたことも忘れられない。


 でも、あの約束を境にドルイ様は現れなくなった。


 何故だか、理由はわからない。


 ドルイ様は今、忙しくしているのか。だから、来ることができないのか。いつかまた突然現れて、わたしに笑いかけてくれる。


 そう信じて待った。でも、いくら待ってもドルイ様が来ることはなかった。


 どんなに諦めようとしても、山の麓から馬に乗ったドルイ様が現れる気がして、窓の外を眺めてばかりいた。


 その日は嵐だった。窓にも木を打ち付けて家のなかで静かに過ごす。編み物でもして夜を潰そうかなと考えていたら、いきなりノックの音が聞こえた。こんな嵐の日に誰だろう? 村人たちはのこのこと外に出たりはしないだろうし。まさか、ドルイ様?


 扉を開けると、凄まじい雨風を背後に、ぐっしょりと衣服を濡らした全身黒づくめの男だった。慌てて彼を家に招き入れて扉を閉める。


「夜分遅く、すみません」


「あ」


 思わず、大きな声を上げてしまった。彼はドルイ様ではなかった。フードを後ろに落とすと、やっぱりそこに黒髪はなかった。


「まさか、こんな嵐になるとは思いませんでした。あなたはルシーリア殿ですね」


「え、ええ」


 彼は自分の身分を明かした。白騎士団の団員だと。


「実は手紙を預かって参りました。これを受け取ってください」


「はい」


 手紙をくれるということは、ドルイ様はもう、この世にいないのだろうか。嫌な予感が頭をよぎる。受け取ろうと伸ばした指が震える。はじめて見たドルイ様の文字に胸が詰まった。ルシーリアという自分の名さえ、こんなに苦しさを覚えるなんて知らなかった。


「開けてみても?」


「ええ、もちろん」


 騎士の刻印が押された封蝋をはがし、上質な便せんを取り出す。わたしはどうにか冒頭の文字を読んだ。「親愛なるルシーリア」。だけど、その先をどうしても読むことができない。


「わたし、読めません」


「あー、もしかして、文字が読めないのですか。それなら、わたしが代わりに……」


「いえ、文字は読めます。ただ書くのは自信ないですけれど」


 わたしが言いたいのはそんなことではない。急いでたずねたかった。


「教えてください。ドルイ様はご無事なんですか? 生きてらっしゃるの?」


「わたしたちは家族にも任務の話はできません。ですが、これだけは言えます。ドルイ隊長は生きています。

あの筆無精の男が難しい顔をして、あなたに手紙を書きました。どうすれば、約束を破ったことをあなたに許してもらえるのか、そんなことを考えて。

戦場に行くというのにあなたの話ばかりするんですよ。だったら、手紙を書いたらどうですかと、すすめたんです。そうしたら、お前届けろよ、と命令を受けました。まあ、そんな具合です」


 確かに言われてみると、手紙には申し訳ないという文字ばかり。他にもびっくりする内容があった。


『無事、帰ってこれたなら、真っ先にきみに会いに行く。はじめて会った時のように、きみと羊とわたしとで草原を歩きたい。青空をきみと見たい。きみの横顔をずっと見ていたい』


 まるで恋文みたいで胸が熱くなってくる。わたしの勘違いに決まっているのに、舞い上がる気持ちを抑えきれない。


「できれば、返事をいただけますか? 隊長、あなたからの返事をもらったら、喜ぶと思うので」


「あ、書くのは自信がなくて、あの、添削してもらえますか?」


「もちろん」


 上質な紙で送られた手紙に比べて、わたしの家では羊皮紙しかない。羽根ペンと木の実インクを取り出したのも何年ぶりか。それでも、ドルイ様への感謝と今の気持ちを伝えたかった。だから、ペンを取った。


『親愛なるドルイ様。お手紙を読みました。あなたは謝ってばかりいますが、お仕事は大事です。ちゃんとお仕事してくださいね。

わたしは元気でやっています。でも、最近は調子が悪かったんです。きっと、ドルイ様にお会いできなかったから。あなたにお会いしたくて調子を悪くしたんですね。

こんなにもあなたがわたしのなかで大きくなっていたことを知りませんでした。

ドルイ様、わたしもあなたにお会いしたい。あなたとわたしと羊とで草原を歩きたい。青空をあなたと見たい。あなたの横顔を見つめたい』


 書き終えて、騎士に渡すと、彼は手紙をざっと読んでくるっとまとめた。「何か、縛るものは?」とたずねられたので、わたしは革紐を渡し、それで手紙を縛る。


「大丈夫ですか?」


「ええ、ドルイ様の喜ぶ顔が目に浮かびます」


 フードをかぶり直し、家を出ようとする彼を引き止めた。


「あの、雨宿りは……」


「速く発たなければ、隊長に殺されます。では失礼します」


 さすがにドルイ様が人をあやめるなんて言い過ぎな気もする。騎士は勢いよくわたしの家を飛び出して、嵐のなかに消えた。


 わたしは手紙を握りしめて、肩から息を吐いた。安心したら、涙が出てきた。ドルイ様がこんなちっぽけなわたしとの約束を忘れないでいてくれた。謝ってもくれた。


 会いたいな。その気持ちはどんどん沸き上がってきて、何度も手紙を読み返した。

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