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女神と女神


 槍を握りしめた行商兄弟の兄がアリーナの横を駆け抜ける。

 アリーナは彼を一瞥すらせずアンジェを見据えている。


「行かせてしまって良かったのかしら?

 貴方の考えているとおりよ、あの男は天使にしてある。

 単純でつまらない能力だったけど、田舎の兵隊相手なら充分。数分で皆殺しよ。」


「姫は畑を耕さぬ。民にできることは民に任せるさ。私には、私にしかできぬことがある。」


「そっ。それで?その腰の剣で遊んでくれるの?」


 アリーナの回答にアンジェはつまらないと言わんばかりにため息をつき、指をさす。


「あいにく、この剣は特別でな。戦うためのものではない。」


 言いながらアリーナは右手を前に掲げる。

 するとアリーナと彼女の周囲の空間が輝き始め、その光が掲げた右手に集まり形を作る。

 光がおさまると、彼女の右手には重厚な黄金の剣が握られていた。


「神具〝勝利を呼ぶ剣(ニケラスベア)″。お前の相手はこちらでしよう。」


 やや大振りではあるが両手剣という程ではない。

 アリーナはその剣を鞘から抜くと、手に馴染ませるように2~3度振る。


「さて、そちらの能力だけ知れているのは公平でないな。まずは私の力を見せておこう。」


「律儀なのね。でもお構いなく、」


 アンジェは手の平を上に向ける。

 先ほどの黒球を出したのと似たような所作だ。 


臓物(なかみ)を見せてくれればそれで結構よ、ぉ!?」


 と、その時、アンジェの手の上で何かが弾けた。

 形成中の黒球に何かが触れて粉砕したのだ。その残骸、粉々になったものが一時的にアンジェの目に入り視界を奪う。

 

 直後、左方向に異常な威圧感を感じる。反射的に闇雲に。手甲で守られた両腕をそちらに向ける。

 瞬間、金属同士がぶつかる衝撃音。春也がこの場にいたなら車と車が正面衝突したような、そんな音だと思っただろう。そして同じだけの激しい衝撃がアンジェを襲う。


 踏ん張りなど全く利かず、吹き飛ばされるアンジェはレンガ造りの民家の壁に叩きつけられる。


「ぐっ、くぅ」 


 痛みに苦悶の声をあげつつ回復した目を開くと、衝撃の原因であろう少女が追い打ちをかけんとアンジェに迫る。


「こっ、のぉ!!」


 再度両手から黒球を出し迫るアリーナを迎え撃たんとする。

 彼女が感じる屈辱と混乱の割に、アンジェの思考は冷静であった。

 

 黒球をアリーナの到着地点、自分の正面に軽く放る。

 

 アリーナの勢いは凄まじく、突然の方向転換が利かないだろうと、ただ進行方向に放れば向こうから黒球に衝突するだろうと踏んだのだ。

 アンジェの考えは概ね正しい。アンジェが黒球を放った瞬間こそ、アリーナが停止・左右移動、あらゆる方向転換を瞬時に行うのが困難なスピードに達する瞬間。偶然もあったが千載一遇の完璧なタイミングであった。


 しかし、アンジェが黒球を手放した時、既にアリーナの姿はアンジェの視界から消えていた。

 

「なっ、上っ!?」


 跳躍したアリーナの真下を黒球が通り過ぎる。そして落下する勢いそのままに剣が振り下ろされた。

 幸運にもアリーナの所在に瞬時に気づけたアンジェは。両手を交差し再びの防御に成功する。


 しかし今度は吹き飛ぶ場所がない。衝撃をもろに体に受け、片膝を地面に着かされる。もう片方の足も痺れガクガクと揺れる。

 そこに、真正面に着地したアリーナの剣が迫る。


 アンジェは背後のレンガ壁に黒球を直接叩きつけ、そのまま背中を預ける。

 粉砕した壁の破片と共に民家の中に倒れこむ。一瞬前にアンジェがいた場所を黄金の剣が通り過ぎ、裂かれた空気が彼女の髪を揺らした。


「並みの防具なら勝利を呼ぶ剣(ニケラスベア)で叩き切れているのだがな。流石に神具というわけか。」


(何よこれ!?何よこれ!?何よこれ!?意味が分からない!!)


 初撃以上の混乱に陥り、頭の中で悪態をつくアンジェ。

 しかし頭に響く声とは別に、もっと冷静な部分が現状を分析しようとしていた。


(初手、おそらく私が球を形成している間に小石かなにかをぶつけられた。それはいい。)


 アンジェの黒球は何かに触れると、触れた物体を粉砕すると同時に破裂する。

 つまり、致命的な箇所に触れる前に別の物体を接触させることで防御できるのだ。


 先ほど余興のつもりで一度能力を見せている以上、そういった対策をとられること自体は仕方のないことであると理解していたし、相手がそうした方法をとったらそれを逆手にとるような奥の手をアンジェは用意していた。


 故に、能力を防がれたこと自体は彼女に動揺を与えなかった。


(異常なのは、早さ。

 あの時、黒球は発生直後。黒球を見てから石を投げたとしたら、形成前の破壊は不可能。

 私の動きから行動を読んだ?ありえないことじゃないけどタイミングが完璧すぎる。)


 反撃を警戒しているのか、アリーナの追撃はない。

 太陽光を背に受けたアリーナは、薄暗い部屋を這うアンジェをただ見下ろしている。

 

 アリーナに他意はなかったが、その構図がさらにアンジェを逆上させる。

 しかし彼女はそれに身を任せない。頭に血が上れば上るほど、彼女の芯の部分は冷静に冷酷に物事を考える。

 これは神託とは関係のない、彼女のこれまでの生涯で形成された性質だ。


(二撃目は余計に不可解。私が黒球を放ってから跳ぼうとしたなら回避は間に合っていない。

 

 かと言って、あの早い跳躍は軽率すぎる(・・・・・)


 もしも私の行動があと一瞬遅かったなら、空中で無防備なアイツを狙い撃ちにできた。

 それは向こうもわかっているはず。だからこそ、あのタイミングで空中になど出られるはずがない。)


 そこまで思考を巡らせて、1つの考えが頭に浮かぶ。

 

(そう、私が次にどのように何するか、全てわかってでもいなければ。)


アンジェが閃きの代償に背筋をゾッとさせる感覚を味わっていると、アリーナはいまだにその場にへたり込んでいる行商人に向かって言った。


「今の内だ。お前も逃げろ。馬もまだなんとか走れるであろう。」


「えっ、ええあ、ああ!」


 恐怖と、目の前で行われた現実離れした戦闘を見たことで茫然自失状態にあった行商弟がアリーナの声で正気に戻る。


「お前の兄はお前のために人を殺める覚悟だ。止めてやれ。

 それができたら丘の上へ。事が済んだらいつもの店で歓迎しよう。

 

 たしか、兄弟そろってニータのイモ煮を気に入っていたな。

 今夜は国中のイモを煮てやるから覚悟しておけよ。」


 悪戯っぽく笑って言うアリーナの言葉に、男は身を震わせる。

 

「あああ、ありがてぇ・・・。ありがとう・・ございます・・!」


 弱々しくも少しずつ、なんとか馬にしがみつき、馬を走らせた。

 馬は多少鈍い動きではあったものの、行商が歩くよりもずっとマシな速度まで加速した。


「させるかってぇの。」


 アンジェはアリーナの方を向いたまま徐々に後ずさる。

 そして入ってきたのと反対側の壁にまで到達すると、同じように壁を壊し家の裏手へ出た。


 そこで両手を前にかざし、人間1人覆うことができるほど大きい黒球を発生させ、今出てきた民家に向けて放つ。

 その黒球は先ほどまでの小さいものよりもさらにゆっくりと動く。その行く末を見届けないまま壁のでっぱり等を足場に数度の跳躍を経て隣の家の屋根に上がる。


 タラトステンの平らな土地の特徴から、民家の屋根程度の高さでもそれなりに遠くまで見渡すことができる。アンジェの目はすぐに逃げていく行商を捉えた。それほど遠くない距離だ。


 元々人質をとる予定があったわけではないし、兄の方に住民を襲わせたのも、そうした方が面白くなると思った程度の意味しかない。弟と合流した後、あの男が敵にまわったとしても恐ろしくもなんともない。

 故に、目の前のアリーナという脅威を放ってあの行商人を追う必要など何もないのだ。

 

 それでもあの男を逃がさぬとする理由は、彼女にもわからない。

 むしろ、タラトステンに至る前からの一連の暴挙さえ、衝動に身を任せた結果に過ぎず意味など見いだせてはいない。その行動の理由を、彼女自身説明することなどできない。


「気に入らないのよ・・。

 下僕と部外者を先に逃がして、誰も彼も救おうとして、

 本当の女神様にでもなったつもり?」


 あるいは、それを知りたくて彼女はここに来たのだ。


 

 一方のアリーナは、アンジェが逃げ込んだ家の前で、攻撃に備えていた。

 仮にアリーナがアンジェの攻撃全てを見通していたとしても、それを防げなければ意味がない。

 ましてやアンジェの能力は一発が致命傷になりうる。

 

 向こうが開けた穴しか通路がない状態で彼女を追うのは、リスクが高すぎると判断したのだ。


 しかし、訪れるのは静寂のみ。

 アリーナが警戒を続けるかリスクを冒すかの2択を頭に思い浮かべた正にその時、アンジェが放った巨大球が民家に触れる。

 門番の詰め所を破壊した時のように一部分だけでなく、建物全体が爆散し、大小無数のレンガがショットガンのようにアリーナ目がけて飛来する。


 いや、一瞬前までアリーナがいた場所に、だ。





********



 最初の兆しは31日前。




 神託を受けて3日経ち、未だ発現しない女神の力に周囲が疑問を感じる一方で、能力などないならなくていいとアリーナが笑っていた頃であった。


 その日アリーナは、タラトステンを囲む山々に兵士を引き連れ、魔物討伐に来ていた。

 もとより山々は魔物の住処であり、時に街に降りてくるのも自然なことではあるのだが、最近になってその頻度が高くなってきていた。

 畑や人に大きな被害は出ていないものの、何かあってからでは遅いと討伐対を組んだのだ。


 その中でアリーナは妙な感覚を覚えた。


 なんとなく、という以上の説明はできないが、何故か広大な山の中で魔物の巣がある方向がわかるのだ。

 最初からここだと地図を指し示すことができるようなものではなかったが、少しずつ歩を進めながらどの方向に進むべきか感じることができた。

 いうなれば、異常なまでに勘が冴えた状態である。そしてその勘に根拠がなくとも確信を持てる。

 

 アリーナ自信わけのわからぬまま、その日の討伐は大幅に早く、1人の怪我人も出さずに終わった。


 それ以来、日常の中で頻繁に似たようなことが起こり始める。

 ノックの前に来訪に気づき、雨音より早く天候を悟った。

 エミリがつまずく前にエミリの体と手に持ったポットを支えた時には、随分不可解な目で見られた上に、茶ならすぐに入れるから待てと、行儀が悪いと叱られた。


 その能力は気まぐれで、頻繁に起こる日もあれば、全く発動しない日もある。

 偶然や当てずっぽうと言ってしまえばそれまでのことだが、それこそが自分の女神としての能力なのだということも、その異常な直感をもって悟った。


 昨日、空から落ちてくる珍妙な客人の命を救えたのも、この力によりいち早くその存在に気づけたからだ。

 

********



 瓦礫の来襲、正しくは何かしらの攻撃が来るという予感、を崩壊の前に悟ったアリーナは再び跳躍した。

 その直後、建物が破裂し無数のレンガが飛ぶ。



 アリーナの跳ぶ力と重力がつり合い、その体が一瞬空中で停止したその時、はかったかのように大きめの破片が足元近くに飛んでくる、それを足場にさらに高く飛ぶ。どうしても回避しきれない破片は剣で弾き返す。


 普段アリーナの能力は気まぐれで、日によってはちょっと勘がいい人という程度であるが、この神具を発現している間は常に異常な直感が持続する。


 もしもその力を得たのが別の人間であったなら、預言者や軍師として名を馳せていたかもしれない。

 しかし元より剣の達人であったアリーナは、その力を、自らの剣技に取り込むことに成功する。


「ここにいたか。」


 つまりそれは。

 相手にとって理不尽なまでの、

 駆け引き無用の先読み。

 

「また・・!!」


「これが私の神技(しんぎ)、超直感〝万景千里(プリスコラ)″。」


 逃げる行商を狙い、今まさに指先から黒球を放たんとするアンジェが苦々しい表情を浮かべる。

 一か八か、駆ける馬に目がけ球を放出するが、振り下ろされたアリーナの剣にがアンジェの腕を叩く。

 照準をずらされた黒球は、ほぼ真下の地面に命中し小さな穴と少しの砂埃をたてて消滅した。

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