空と夢
「ちょい待ち、春也。あんた今日もあの子をを探しに行くのかい?」
いつものように出かける準備をしていると後ろから声をかけられた。
長身の女性。俺が住む児童養護施設の職員で桜塚という。
職員は何人もいて、この女性が出勤してくる頻度はそんなに高くなく月に5~6回程だ。どういう勤務形態なのか気になるときもある。そしてたまに会うとその態度はとてもドライでぶっきらぼうだ。
「ああ、今日は山の方に行ってみる。心配しなくても門限はちゃんと守るんで、あんたに迷惑はかけないよ。」
まぁ態度の悪さで言えば俺も人のことは言えないんだけど。逆にこの人はそういうことを気にしないので話していて楽な相手ではあった。
「・・・。余り無理しない方がいいんじゃない?こういう事は警察に任せてさ。でないと毎日遅くまで、あんたが倒れちまいそうな勢いだ。他の子たちも不安がってる。」
「・・・驚いた。あんたも心配とかできたんだな。」
「あんたはそれを素直に受け取るってことができないようだね。今更驚きゃしないけど。」
彼女は軽くため息をつくと、目をつむり少し黙った。
そしてゆっくり瞼を開くと俺の目をまっすぐ見て言った。
「優紀に会いたいかい?」
「居場所を知ってるのか!?警察が一ヶ月も探してるのに見つかってないんだぞ?なんであんたが」
「小林 優紀は私の娘だよ。」
「はあぁ!?だって苗字も違うし、ていうか親が行き先知ってるなら行方不明なんかじゃないだろ。」
「桜塚は旧姓。行き先も半分は不明。まぁそんなこと今は重要じゃないだろ?」
急な話に理解が全く追いつかない。彼女が言っていることもよくわからない。
混乱している俺をよそに彼女はだらんと降ろしていた左手を手を軽く上げた。その薬指にはめられていた指輪が光を放つと、彼女が手をかざした辺りに黒い渦が発生した。
「優紀はこの向こうにいる。」
「なん、だよこれ。」
黒い渦は徐々に大きくなり、俺の体がすっぽり納まるくらいのサイズになると拡大が止まった。
渦の中は全くの暗闇。TVか何かで見たブラックホールのイメージ映像によく似ていた。
「詳しいことを話す気はない。だから私が教えるのは1つだけ。
この渦の向こうに行けば、帰ってこれる保証はない。死ぬかもしれない。それでも、」
覚悟を問われようとしているのだと思う。そもそも状況がいまだつかめない俺にはそんなものに応えようもないのだが。しかし迷わない。
「それ、先輩が死ぬかもしれないってことだろ。行くさ。」
それが本当の人間のすることだから。
この世界とこの人生が大嫌いな俺の数少ない行動理念。
それを全うできなければ、いよいよこの世界に俺の居場所はない。
「そうかい。
正直あんたには詳しい事情を聞く権利があるし、私には話すだけの義理がある。でも私はそれをしない。
だから、私のことは恨んでくれていい。」
「何言ってるかよくわからないけど、いいよ、ありがとう。」
闇の中に手を突っ込む。
強い風の感触がした。
先輩を見つける。危ないめにあっているなら助ける。それが一番の目的だ。
しかし今目の前にある、この世界にとって明らかな異物を見て思う。
自分も、この渦と同じところから来たのではないか。
自分の求める世界がこの向こうにあるのではないか。
淡い期待を抱く。
「達者でね。優紀をよろしく。」
彼女の声を背中に受けて完全に闇に体を埋め込むと今度は強い光が広がった。
その光に飲み込まれて最初に感じたのはやはり風。下から上にふく、かなり強い風。
そして一番最初に目に入ったのは街。
それを囲うように険しい山がそびえ、
その外側に広大な森と平野が広がっている。
それを一望できるということ、そして風の感触から即座に気づく
俺は高所から超高速で落下していた。
最初に見えた街めがけて。
「そりゃ死ぬかもって言われたけど、これはあんまりだろおおおおうおおおおおおおお」
次に見えたのは大きな布。角を外側に引っ張られたそれは地面と平行にぴんと張っている。
勇ましい獅子の模様が縫われ、その背景に様々な装飾が施されていた。
落下とともに近付くにつれ、ああこれは旗なのだと気づいた。と同時にその旗に落下、張られていたとはいえ勢いを殺しきれず一瞬後に地面にたたきつけられる。
最後に見えたのは空。残念ながら元いた世界と同じ、くすんだ空。
そして少女。多分俺と同年代。
その顔は驚きと焦りに満たされている。
その少女が年相応の声と、その声に似合わない尊大な口調で叫ぶ。
「大丈夫か!おい!・・・おい!!・・・駄目だ。エミリ、治術師を!早く!!」
太陽に照らされその髪が眩く黄金に光る。
こちらを見つめる青い瞳。
幼さを残す可愛らしい、しかし目の前の状況に引き締まる表情は凛々しくもある。
彼女の切迫の一方で俺は
(ああ、綺麗っていうのはこういうことを言うんだっけ。)
久しぶりの感動に浸っていた。
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夢をみた。昔から頻繫にみる夢だ。
その夢に出てくるものは全てが現実を凌駕している。
ろうそくの炎の鮮烈な赤。
窓から見える空と海は、蒼でも藍でもない、もっと純粋な青色をしていた。
道具もそうだ。剣は斬るために最も適した形をしている。物理法則だけでなく、人がまだ達していない未知の要素を余すことなく考慮され、これ以外ないという形状。それが俺のような素人にも直感でわかる。
椅子は座った人間を一生そこに縛り付けておける程に心地よく、身につけている服は羽のように軽い。
目の前には女性が立っている。純白の服。光輝く剣。そして黄金の髪。顔ははっきりと思い出せない。
その女性が言う。俺にとって呪いの言葉。
「―――生きて。」
この夢は毎回ここで終わり、同時に目が覚める。今回もそうだった。
気がつくと見知らぬ部屋。とても広い部屋だが、ベット、机、最低限の家具が部屋の片隅に置かれ、その他には何もない。やけにガランとした部屋に俺はいた。
施設を出てきた時は学校の制服だったのだが、今身に着けているのは真っ白な薄い服。首と腕を通すだけのシンプルなもので、ワンピースのように足まで覆うようなつくりになっている。
扉の向こうから話声が近付いてくる。
「姫様は神託を受けられたのです!それが何を意味するか、理解しているのですか!?」
「もちろん。神託を受けたということは、ついに私の望みが叶うということだ。」
「神々の座に加わったということです!神が素性の知れぬ輩とお会いになるなどあってはなりません!」
「神と言ってもまだ小神だ。今からそんなに調子にのっては神にも人にも愛想を尽かされてしまう。」
「愛想を尽かしそうなのは私です!これまでだってそう!姫という立場をわきまえず――」
「時間切れだエミリ。部屋に着いた。くれぐれも客人の前で小言を言って、姫であり神である私に恥をかかすでないぞ。」
なにか言い争っていたような声が扉の向こうで止み。一旦訪れた静寂の後、コン、コンとノックの音。
「我が国にようこそ。私はアリーナ=ファン=シャンテ。このタラトステンの姫であり、勝利の女神として神託を受けた神でもある。」
先ほどの黄金の髪の少女が俺に手を差し伸べ、ニッと笑った。
そしてその後ろにひかえる小柄で黒髪のメイドが不貞腐れた顔をしていた。
書きためがあるので今日中にあと何回か更新します。