甘いキス
甘い束縛の第3話目です。なんか、違います。が、私の精一杯です。お時間ある方のみ、ご覧ください。
フォークとナイフを優雅に操り、食事を進める俊介を優奈は無遠慮に睨みつけた。ジャージでは決して入れないおしゃれな店。メニューを開けば、やたら長い名前に記載のない料金。優奈一人では決して入れない高級店だ。そしてそんな店がこの上なく似合う男が自分と一緒にいる違和感を優奈は改めて抱く。視線に気づいたのか俊介はにこりと笑った。
「食べないの?それとも口に合わなかった?」
何事もなかったかのように振る舞う俊介に優奈はイラつきを隠さず聞いた。
「…昼間の件、どういうこと?」
「昼間の件?」
「会社と家に行ったでしょう?しかも、婚約者なんて嘘までついて」
「嘘じゃないだろう?俺と結婚するよね?」
いつもの笑みを崩さず言う俊介。
「しない」
「しないなんて、言える?」
どこか黒い笑みを浮かべる俊介に優奈は一瞬ひるんだ。確かに今の状況で「結婚はしない」と言えば、会社の同僚や家族に心配をかけてしまう。それでも、優奈は頷いた。
「…言える」
「みんな、悲しむんじゃない?」
「かもしれない。でも、しょうがないよ。だって結婚なんてしないから」
まっすぐそういう優奈に俊介は少しだけ驚き、そして悲しむような表情を見せた。
「俺の事、嫌いになった?」
思わず「違う」と出そうになるのを必死で堪えた。嫌いになったわけではない。嫌いになれたならどれくらい楽なのだろうか。
素敵な人だということはこの1年間一緒にいて、嫌というほどわかった。寒がればさっと上着を差し出してくれる優しい人。「好きだよ」「愛しているよ」そんな甘い言葉をいつもくれる人。端正な顔立ちだが、そんなところより、そんな優しさが好きだった。
けれど、だからこそ、怖かった。違う味は慣れれば新鮮ではなくなる。いつも付き合っているタイプとは違うタイプだっただけ。それだけで付き合えたただのラッキーな出来事。そのことを優奈は痛いほどわかっていた。
だからこそ、「一生」が怖い。一生傍にいられるのなら、いていいのなら傍にいたい。けれど、自分はそんな素敵な人間ではないことを優奈が一番わかっていた。褒められるところなどないのだ。ただ、いつもと違う味だっただけ。
「一生」の約束をしてしまえば、いつか裏切られる。いつか自分から離れて行ってしまう。そんな未来しか思い浮かべなかった。だから、卑怯だと言われようが、俊介を傷つけることになろうが、先に「一生」なんて夢を断ち切ってしまいたかった。自分が離れても俊介ならすぐに新しい人ができる。でも優奈には時間がなかった。だから、手を離すなら今だった。
目の前に幸せがあるのに、掴めない自分が悔しかった。泣きそうになる優奈を心配そうに俊介が見つめる。
「優奈?」
「…何でもないよ。…私…やっぱり、俊介とはこれ以上一緒にいられない」
「…」
「だって、私たち、違い過ぎる」
「優奈…」
どこか悲しそうな表情を浮かべる俊介に優奈は気づかないふりをした。もうお終いとばかりに立ち上がる。バッグを手に持ち立ち去ろうとした優奈の手を俊介が掴んだ。静かな店内で急に立ち上がった2人を店員が心配そうに見ていたが、気にしている余裕はない。
「…離して」
「いやだ」
「俊介」
「俺から離れるなら、優奈がこれを捨てて」
そう言って俊介はポケットから小さな箱を取り出した。それが何かはすぐにわかった。
「婚約指輪だよ」
「…」
「セオリーどおり給料3か月分」
「…え?」
俊介の給料を正確に知っているわけではない。しかし、おそらくは優奈の倍以上はあるだろう。その3か月分となれば優奈からすれば高額だ。
「そんなの…捨てられないよ」
「じゃあ、もらって」
「…」
「捨てるかもらうか、どっちか選んでよ」
「…」
「優奈、…俺が嫌いになった?」
不安そうに聞いてくる俊介から思わず視線を逸らした。
頷けばいい。そうわかっているのに、首は縦には動いてくれなかった。
「優奈、俺は本気だよ。俺は優奈と結婚したい。だから、断るなら指輪を捨てて。じゃないと俺は優奈を諦められない。優奈が俺を嫌いじゃないならなおさらだよ」
「俊介…」
「これを捨てられないなら俺と結婚するしかない。…ねぇ、優奈にこれが捨てられる?」
「…」
「俺が好きだろう?」
「…」
「好きだって言ってよ」
「…」
「ねぇ、優奈。…優奈は、俺が好きだよね?」
3度目の問いかけに、優奈は首を縦に振った。小さいが確実に動いたそれに俊介は笑みを浮かべる。その笑みはこの上なく幸せそうで優奈は一瞬見惚れた。その隙に、俊介は掴んでいた腕を自分に引き寄せる。寄りかかる体制になった優奈の耳元に囁いた。
「優奈、大好きだよ。…俺と結婚するよね?」
聞こえてきたのはこの上なく甘い声。力が抜けるのがわかった。
「上のホテル、とってあるから行こうか」
俊介はそう言うと同意も求めずに歩き出す。手を振り払うという選択肢は優奈にはなかった。
部屋に着くとシャワーも浴びずにベッドの上に寝かされた。
「優奈、愛してる」
「…」
優しく触れる手が耳を撫でた。
「…っん…」
思わず漏れる自分の声。普段は出さない甘い声に俊介の顔に笑みが浮かぶ。幸せそうなその顔はいつも以上に綺麗だった。
触れてくる手がゆっくりと下に下がってくる。強引で無理やりで、けれど優しいそれに思わず顔が赤く染まった。
俊介の動きが急に止まる。顔を上げれば、困ったような表情。
「…ごめんね」
「え?」
優奈に見えるように俊介が優奈の腕を持ち上げた。薄っすらとついた青いアザ。俊介が掴んでいたところだった。
「痛かった?」
そう問う俊介に優奈はゆっくり首を横に振った。
「…そんなことないよ」
「でも…」
「ちょっと痛かったけど、でも、大丈夫だから」
俊介を困らせるのが嫌で優奈は小さく笑った。そんな優奈に安堵したように俊介が笑う。
「優奈、大好きだよ」
そう言いながら俊介は優奈の全身にキスを降らせる。時より痛みを感じるところには赤い所有の跡。
「ずっと一緒にいよう」
耳に届くのは甘い束縛。優奈はただ、降ってくる甘いキスに酔いしれていた。
読んでいただき、ありがとうございました!!!
えっと…なんか違う感が半端ないですが。期待してくださった方がいらっしゃいましたら、大変すみません。一応、続けるつもりです。