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ボヌール王国の秘密

 ピクニックから5日間は、真面目に家庭教師達のレッスンをこなしていた。

 マルタンに酷く叱られたせいでもあったけれど、リシャールに言われた言葉が頭の片隅を占拠していたせいもある。


 私は、公爵家を継ぐことはない。いずれ、家の繁栄に役立つような相手のところに嫁ぐだけだ。その相手のことが好きかどうかなんて、関係ない。嫡子でないということは、そういうことだ。いや、嫡子であっても、家の繁栄のためであれば、親が決めた相手を素直に娶るのだ。家の繁栄と存続――それこそが、貴族の家に生まれた者の定めである。幼少期から教え込まれてきた。


 だから、結婚に関しては、私は期待も憧れも抱いていない。夫となった(ひと)と、そりゃあ上手くやっていこうと努力はするが、最後は割り切りが大切なんだと思っている。


「でも……」


 喩え成り行きで決まった結婚だとしても、相手と向き合わなければ、上手く行きっこない。私は、マクガイアのことを何にも見ていなかったし、見ようともしていなかった。


『貴女と居るくらいなら、人形と過ごす方が、まだマシだ』


 銀縁眼鏡の奥の漆黒の瞳。冷たい言葉の裏にあったのは、私のコンプレックスに対する拒絶だけではなかったのかもしれない。


「お嬢様」


 気が付くと、マリーが心配そうに私を見ている。いけない、いけない。ピアノの自主練習中だった。


「なぁに? どうしたの?」


 上の空を誤魔化すように、敢えて笑顔で取り繕う。マリーに通用しないことは分かっているけど。


「……お嬢様、あれ以来(・・・・)、お元気ありませんね」


 彼女は、窓辺のテーブルの側に立ち、トレイの上でティーポットから紅茶を注ぐ。爽やかな香りがフワリと広がる。


「えっ」


「真面目にレッスンを受けているなんて……お嬢様らしくありませんわ」


 何だか酷い言われようだ。今までの私って、彼女にはどう映っているのか。


「ね、あれから、ポリニャック伯爵から連絡はあって?」


 ピアノを離れ、テーブル近くのソファーに腰かける。異国から運ばれた、青い蔦模様の白磁のカップを受け取れば、澄んだ赤茶色から立ち上る香りが、優しく包み込んでくれる。


「いいえ。あの方が滞在されているモンク公爵家は王家の遠戚ですから、ロバック王国との同盟の件でお忙しいのかも」


 送ってくれた馬車の紋章から、ポリニャック伯爵が滞在している「親戚」が、モンク公爵家だと分かった。同じ公爵家とはいっても、王族と繋がりのある一族は格が違う。マルタンが冷や汗をかきながら、頻りに頭を下げていたことを思い出す。


「そうね……」


 カップに口を付ける。私の好きな茶葉を選んでくれた、マリーの細やかな心遣いが嬉しい。


 チェスタトン公爵家が仕える我が国――ボヌール王国は、大陸の内陸にある極小国だ。特別な産業もなく、鉱物資源に恵まれている訳でもない。東西南北を大国に囲まれた周辺国の緩衝地帯。古来から絶妙な外交バランスの上で存続してきた希有な国である。

 外交の中身は、政略結婚による同盟強化。そのため、国王に課された重要な国務の1つが、正妻以外にも複数の妻を持ち、多くの子息子女を設けることだ。現国王も5人の妻との間に、8男6女がいる。


「今回嫁がれるナタリア皇女様は、来幻視(スクルド)に秀でた御方のようですね」


 我がボヌール王国が、何の資源も持たない国にも関わらず、周辺国の侵略を受けずにいられるのは、王族の女性にのみ出現する来幻(スクルド)能力のお陰だ。来幻(スクルド)とは、これから起こる未来を知る能力で、視る者と聴く者がいるという。

 ボヌール王国を取り巻く各国には、来幻(スクルド)能力を持つ者が既に嫁いでいるから、もしどこかの国が抜け駆けて他国に攻め込もうとしても、すぐにバレてしまう。この地域に長らく平和が守れてきたのは、このためだ。


「ロバックは、先月、西国へ向かった貿易船が海賊に襲われたって言うじゃない? 大損したらしいから、ナタリア様のお力は、喉から手が出るほど欲しいでしょうね」


 この有難い能力は、他国の皇族との間に生まれた子どもには、決して受け継がれない。そして、この能力は残念なことに、30歳を越えると徐々に衰えていくそうだ。

 ロバック王国に嫁いだ先王の第7皇女は、今年34歳になる。そろそろ能力に陰りが出てきたのだろう。


「ねぇ、お嬢様。明日、野イチゴ摘みに行きませんか?」


 ふと、思い付いた素振りでマリーが提案した。本当は、私を元気づけようとして、一生懸命に考えてくれた筈。


「ブギィ……そうね、ありがとう」


 私は微笑むと、紅茶を飲み干し、元気よく立ち上がる。


「ね、リンゴはある? リシャールのところに行ってくるわ」


「はい、すぐにお持ちしますね!」


 彼女の表情が輝いたのを見て、私の胸も温かくなった。


-*-*-*-


 ふっくらした柔らかな薄ピンクの肌にギュッと抱き付く。


「ブヒブヒブヒ」


「あー、癒やされるわぁ、リシャールぅ」


「ブヒブヒブブゥ」


 私の密着も意に介さず、ピンクの仔豚はリンゴに夢中だ。


「ブブゥ……あっちのリシャールも、リンゴが好物って言ってたわねぇ……ブブブビビィ」


 鼻をヒクヒクさせている仔豚の頭を撫でる。うぶ毛がサワサワと気持ちいい。時折、薄い耳がパタパタ動く。もう堪らない。


「やーん、ブビィ! 可愛いわぁ、私のリシャールぅー!」


 思いっ切り、甘々デレデレになる。極上の癒しタイムだ。

 リンゴを平らげたリシャールは、それでもクンクンと鼻を私に――私の背後に向けてきた。


「ブビビィー、まだ食べるのぉ? リシャールは、食いしんぼさんねぇー、ブビィブブゥ」


 それからしばらく仔豚と戯れ、満足した私は、まみれた藁を払うと、豚小屋を後にする。


「じゃあ、またねぇ、リシャールぅ!」


 ぷりぷりとお尻を向けて藁の中に入って行く後ろ姿に、名残惜しく手を振って、扉を閉じた。


 踵を返すと、目の前に背の高い人影があった。

 満足して緩みっぱなしだった私の頬は、立ち尽くしている人物の顔を見て――メドゥーサに出会したかの如く、石になった。


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