オークの森にて
黄色、白、ピンク――丘の上一帯は、素朴な野草が今を盛りと小花をつけている。
「綺麗ねぇ……! 都で見る温室の花より、ずーっと素敵だわ」
広げたシーツの上に腰を下ろして、うーんと手足を伸ばす。雨の気配はまだなく、緑の風が爽やかだ。
「摘んでいきましょうか?」
マリーが手近のオレンジ色の花に手を伸ばしたので、慌ててその手を押さえる。
「ダメよ。自然のものは、自然の生き物達のものだわ」
「すみません」
「いいのよ、ありがとう」
私を想っての行動だから、彼女に微笑んだ。
「お嬢様、何か召し上がります?」
「そうね、もう少し後でいいわ。しばらく……この景色に浸りたいの」
私は手足を投げ出して、ゴロリと寝転んだ。大きな雲がゆっくりと流れていく。太陽が翳ったり、また日差しを降り注いだり……。前髪を揺らす風の中にも、草や花に混じって土の匂いが漂う。眺める視界を、右から左にスーッと虫が飛んで行った。見送った空の、ずーっと高い所で、数羽の小鳥達が山の方に向かって消える。
私は、チェスタトン公爵家の長女にして末っ子だ。5つ年上と、4つ年上の2人の兄がいて、跡取りがしっかりしているから、私は比較的のびのび育てられてきた。都に出ても恥ずかしくない程度の教養は、一通り受けてきたけれど、幼い頃からこの地元の自然に馴染んできたのだ。
サロンで気取った噂話に相鎚を打たされるより、野原で空から降り注ぐ小鳥達のハミングを聞いている方がいい。
――キュル……ルルゥ
「あら、ブビビィ」
「ま、ごめんなさい」
赤面して、マリーは奇音の源、自分のお腹を押さえた。
「ブフゥ、いいのよ。食べましょう」
起き上がって、バスケットの中身を取り出す。クルミ入りのビスケットに、ヤギのミルク。
「リンゴもありますよ」
「私はいいわ。あなた、食べていいわよ」
「私も、もう満腹で――キャッ」
突然、強い風が吹き抜け、ハンカチの上からビスケットの粉を浚っていった。
「少し……風が出て来たわね」
見上げた空に、灰色の雲が集まっている。ラプトンのおかみさんが教えてくれた通り、雨が近づいてきているみたいだ。
「引き上げましょ、マリー」
「はい」
残り物をバスケットに戻し、シーツを畳む。足元の草花が、ザワザワ揺れている。私達は、急ぎ丘を下りた。
「詩の題材は見つかりました?」
「も、勿論じゃない」
「でしたら、ここまで来た甲斐がありましたねぇ」
「キャッ!」
パタッ、と頬に大粒の滴が落ちる。いつの間にか、灰色の雲は重暗く垂れ込め、帰宅を待たずに空が泣き出した。
「あそこの木陰で、雨宿りしましょう!」
マリーに腕を取られ、バタバタ降り注ぐ雨粒の中を駆ける。あっという間に大降りになった。オークの大樹が立ち並ぶ木陰で凌ごうとするも、オフホワイト麻のドレスはすぐにジットリと重くなった。
「お嬢様、これを」
肌にペタリと張り付くドレスの上に、丘で敷いていたシーツを掛ける。マリー自身、ドレスがぐっしょり濡れているのに。
「ダメよ。一緒に入って」
気休めではあったけど、私達はシーツにくるまった。山麓を吹き下ろしてくるためか、日差しが消えると、初夏の風はヒヤリと冷涼だ。段々と身体中に震えが起こる。それは隣のマリーも同じだった。盗み見た横顔が青白い。
ーービカッ……! ガラガラガラッ!!
「キャアアッ!」
辺りが一瞬にして白く照らされ、互いに固く抱き合った。夏の嵐には、まだ早いのに。
「……歩けますか?!」
空耳かと思った。が、マリーも不確かな聴覚を疑うような、強張った眼差しを向けてきた。
「こっちだ! 早く!」
木々の奥、林の中からの呼びかけだと気づくと、一層身体が強張った。しかも、声の主は男のようだ。
ーービカッ……! ガラガラガラッ!!
「イヤアアッ!」
再びの雷鳴に、マリーはしゃがみ込んだ。
「木の下は、ダメだ! 撃たれるぞ!」
背の高い青年が、薄闇の木陰から姿を現した。つばの小さい緑の帽子、黒っぽいジャケットに濃茶のズボン。剣の類は見えないが、着こなしからは農民とは異なる気品が漂う。
「立てる?」
「……お、お嬢様?」
この青年の言うように、木の下は雨避けにはいいが、雷避けにはなるまい。むしろ、雷は高いものに落ちると聞いたことがある。
「行くわよ、ほら!」
「は……はい」
強く声をかけ、手を取って彼女を立たせる。青年は足下からバスケットを拾って、木々の間を先導する。
時折、稲光が私達を震えさせたが、四半時も経たずに丸太小屋が見えた。