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De-generation  作者: 朝葉加
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[2]

先程の茹だるような暑さはどこへ行ったのか、空は再び不健康な感じの灰色に曇っていた。夕里の足は瓦礫の絨毯の上を踏みしめるように進んだ。地面はぬかるんでいて、スーツケースを引く彼の手は重かった。しかしそれを別段苦にも感じていないらしく、彼は無表情のまま、休むことなく"街"へと歩くのだった。


どこを見渡しても"生き物"の姿は一切見当たらなかった。彼の目に映るのは空、瓦礫の山、その隙間から流れ出ている深緑色の液体、そして僅かに骨組みを遺した建物の残骸だけだった。破壊されたそれらの断片は四方八方に散らばり、もはや新しい秩序を成しているようにも見えた。


比較的破壊の少ない建物が多くなってくると彼は時折歩みを止め、その内部の瓦礫に手をかけて動かした――"骨"を、探そうとしたのだ。しかしいずれの試みも上手くいかなかったので、仕方なく彼は再び歩き続けた。"街"は隣国に存在したが、彼の家は国境に近かったので、徒歩で向かってもさほど困難の無い距離だった。方角さえ間違えていなければ、後20分程で到着するだろうと彼は目論んでいた。


不意に、真っ白な太陽が上空を照らした。


「――あ」

夕里は驚いて空を見上げ、思わず声を洩らしたが、それは大きな失敗だった。異常な強さの陽光はその光と熱を以て彼の眼を焼き、気道を焼いた。一瞬にして視界を奪われた彼は、声も出せぬままその場に立ち竦んだ。彼が既に痛覚を失っていたことだけが唯一の救いだった。さあ、どうしようか――生来冷静であった彼は錯乱に陥ることもなく、数分間考えを巡らせていたが、間もなく杞憂であったことを理解した。白く染まっていたはずの視界に少しずつ、ものの輪郭が現れてきたのである。喉にかかっていた負荷のような感触も、いつの間にか消えていた。彼は瞬きを繰り返しつつ、視界が完全に回復すると、自分の身体に"異常"が無いか調べた――そして一つだけ、発見した。彼はそれに気付いた瞬間、思い切り顔をしかめた。瓦礫の山を掻き分ける際に切ったのだろう、左手の人差し指の付け根から、深緑色の――彼がベッドのシーツや瓦礫の隙間で見たのと全く同じ色の、血液が流れ出ていた。


すぐさま彼はハンカチをケースから引っ張り出すと、手頃な大きさに裂いて傷口に巻いた。掌に滲んでいた緑色は余りの布で拭い取られ、彼の肌は再び白さを取り戻した。しかし彼の心臓の鼓動は昂りきっており、一向に収まる様子が無かった。その音は血液を介して身体中を駆け巡り、彼の耳の奥で喧しく鳴り響いた。

(ああ、おれも)

彼の背中を一筋の汗が伝った。

(所詮はおれも、同じなんだ)

どうやら数分前に目にした光よりも、自らの手から流れ出た血の方が、彼に強い衝撃を与えているようだった。すっかり暗い気分になった彼は歩き出す気にもなれず、側の瓦礫に腰を下ろして、遠くに霞んで見える"街"の輪郭を眺めた。自分の今居る場所とは対照的な、色とりどりの"点"が見える。オレンジ色は家々の灯り。赤や黄色の交じったのは、果物市場か何かだろう。上品そうな青や紺色が集中しているのは、服屋だろうか――ああ、行かねば!羨望や義務感などといった様々な感情が(ひょっとしたら憎しみのようなものも混ざっていたかもしれない)、彼の身体を突き動かした。彼はゆっくり立ち上がった。使い古された革靴が再び砂を蹴り、スーツケースもガラガラと音を立て出した。太陽の光は先程よりも弱まり、幾分風が吹き出したようであった。


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