第二章 咎人と純潔の百合の花
騎士見習いのベルガンは、フィオネに思いを寄せていた。
主に恋をするなんて豪語同断であるとわかっていても、思いは日に日に増すばかりだった。
フィオネは美しい女性で、あの微笑みは月のように柔らかく、あの青い瞳はサフォイアより遥かに勝るものだった。
彼女はあまり外へ出たがらない性格の持ち主だったが、最近はどうだろうか……とベルガンは首を傾げる。
最近、彼女はレッスンの合間を縫ってどこかへ行っている。
メイドたちが噂していたのをたまたま、聞いてしまった。
ケーキを誰かに贈ったというものだった。一瞬、国王に? と思ったものの、フィオネは父親をよく思っていないことを思い出し、再び頭を悩ましている。
そして、今日も……
きょろきょろと周りを見渡し、部屋を出ていくフィオネの姿があり、ベルガンもまた足音を消し、彼女の後に続いた。
ベルガンは騎士ではない。
あくまで騎士見習いであり、フィオネ専属でもないため、一緒に行動すること自体あまりなく、こっそり後を付ける真似しか出来ないでいた。
メイドたちはフィオネに口止めされていたから、今日なにを作ったのかわからないが、甘い香りがすれ違った時にしていたから、お菓子類で間違いないだろうと、思いながら尾行を続ける。
「……塔?」
フィオネの後を付けていき、彼女が入っていったのは、王女が入るには似つかわしくない所だった。フィオネのいる城が光ならば、この塔は闇だと息を呑んで見つめる。
この国にある塔は、ある重罪人が幽閉されていると、風の噂で耳にしたことがあった。
何をして幽閉されたかは、知らない人がほとんどで、ベルガンも知らないでいたが、もう何年も幽閉されているところをみると、よほどのことをしたと推測ができた。
塔には、見張りの兵はいない。近づく物好きもいないし、逃げることも出来ないらしいことから、あの塔に出入りするのは、重罪人の食事を運ぶ係りの者だけだった。
そんな怪しげな塔に一国の王女様が出向いている、とそのことをはじめて知ったベルガンは唇を震わせながら口を開いた。
「な、なんで姫様が……」
心配事が的中してしまったと、茫然と立ち尽くすことしか出来ないでいる。
あの塔にいる誰かと逢引きしているのでは? と思い愕然とした。
「――っ」
(一先ず、今日は帰ろう。そして、姫様のレッスン中にでも、その真偽を確かめなくては……)
ベルガンの心を占めているのは、塔にいるであろう男のことだった。
後ろ髪を引かれる思いで、彼はその場から立ち去っていった。