第二章 咎人と純潔の百合の花
フィオネは、その日のレッスンを終え、夕食後部屋で一人窓から見える月を眺めていた。
うっすらと、儚く光り輝く月が宵闇に浮かんでいる。
その様は、まるでアルフレッドだと直感的に思った。
彼の銀色の髪は勿論のこと、その存在が月のように優雅で、それでいて今にも消えてしまいそうな儚い姿が夜を照らす月の光と似ていると胸を高鳴らせながらそう思った。
(ああ、明日が待ち遠しい……明日は今日みたいにお話をしようかしら? それともまた何か作っていこうかしら?)
うずうずとしてしまう身体を何とか抑え込み、仰々しい天蓋付の寝台に身体を横たえた。
彼女の黄金の髪が純白のシーツに華々しく映え、青色の瞳がキラキラと惜しげもなく光り輝いている。
柔らかな毛布に身体を預け、天井に輝くシャンデリアを見る。
(確かに、綺麗よ……この部屋にあるドレスも宝石も……)
チラリ、とクローゼットに収まりきらない程の煌びやかなドレス、一生分といってもいいような量の宝石が視界に入る。
それらは、創り物の美、平面上の美しさを誇っている物で、フィオネは気に入らなくて目を閉じだ。瞼にうっすらと残るのは牢屋にいる、アレフレッドのことだった。
(彼の方が綺麗だわ……顔もそうだけど、心が、魂が……すごく綺麗……)
彼女は知らなかった。
彼が、咎人であることも。
かつて戦争に出て、多くの者を殺してきたことを。
何も知らないフィオネにとってアルフレッドは素晴らしい男で、全てが美しいと思っている。
(欲に塗れたあの人たちと、レリは違うわ……)
それは願いの類いのようだった。
(レリは違うわ……私の周りにいる男たちとは違う。王女という空虚な器に媚を売り、私を見てくれない人たちとは……)
シーツを握りしめる手に力が篭り、それは皺となって現れた。
彼女にとって彼が犯した罪は、関係などなかった。
罪人でも、英雄でも彼女の求めているのは、愛を与えてくる相手、自分を見てくれることが何より重要だった。
フィオネがアルフレッドに思いを馳せていると、コンコン、とフィオネの部屋の扉が聞こえるか聞こえない程度で小さく鳴らされる。
「はい?」
「あの、ベルガン・ロディアです」
「ベル? どうかしたの?」
フィオネが扉を開けると、固い表情で佇んでいるベルガン・ロディアの姿があった。
「少し、気になることがありまして……」
「気になること?」
立夜に女性の部屋に入ることは禁止されているため、部屋の外でベルガンは静かに口を開いた。
「その、最近姫様はどこに行っておられるのかと、思いまして……」
「へ?」
「メイドらから聞きました。ケーキのことと、今日もどこかに行かれたようでしたし……行くのでしたら、私にお声をかけてくださいませ。心配で……」
「大丈夫よ、心配いらないわ」
ぴしゃり、とベルガンの言葉を遮るようにきつめな声でそう告げた。
「ですがっ!」
「お願い、何も言わないで……このまま見なかったことにして頂戴」
ベルガンの手を掴んで、真摯にそう訴えるフィオネ。
「っ――」
ふわり、とフィオネから甘い香水がベルガンの鼻につき、決して触れることのできない王女の手にビクッと身体を震わせた。
「お願い、ベル」
「わ、わかりました。夜分遅くにすみません」
「ううん。じゃあおやすみ」
「……はい、おやすみなさいませ」
恭しく頭を垂れるベルガンを見ながら、扉を閉めるフィオネ。
(もうっ……内緒だって言ったのに……)
フィオネの脳内には、ケーキ作りを手伝ってくれた数人のメイドたちが浮かんだ。
確かに今まで、一度も料理をしようとしなかったフィオネが、急にやり出したら話したくのは山々だったが、騎士見習いであるベルガンに知られてしまうのは、厄介だった。
(もし、レリのことが知られてしまえば……もう、逢えなくなる)
隠し通さなければいけない。
(どうか、この夢よ、醒めないで頂戴……)
胸元を握りしめながら、銀色の月にお願いをした。