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穢れなき百合に口付けを  作者: 楓音
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閑話 ユリアーナの花


≪ユリアーナの花≫

 昔、神に愛されし一人の英雄がおりました。

 彼の名前は、ブルツリークといい、素晴らしい才能の持ち主で、剣を使えばどんな敵をも倒し、馬をまるで自分の手足のように自由に扱う、まさしく英雄という名が相応しい男でした。

 しかし、彼は輝かしく見え、一方で孤独な男でした。

 彼と同じ線で語り合える友も恋人もおりませんでした。

 そんなある晴れた日のことです。

 馬を走らせていると、目の前にこの世ともいえぬ美しさを持つ一人の娘が舞い降りました。

 輝かんばかりの金色の髪に、真紅の薔薇のような赤い瞳。

 彼は、一目で彼女のことが好きになってしまいました。

 彼女は人ではないと直感でそう感じました。そう、天に仕える女神、天女であるように思ったのです。

「嗚呼、麗しの貴女。この私の前に現れるのは運命……どうかお名前を教えてください」

 ブルツリークは、プライドも何も捨て去り、馬から降り彼女の前に跪きそう説きました。

「……私は、ユリアスといいます」

 そう微笑みながら口にします。

 ユリウスの声は、蜂蜜のように甘く、鳥の囀りのようで思わずブルツリークは聞き惚れてしまいました。

 彼女、ユリウスの声に瞳にブルツリークは胸が高鳴るのを感じました。

 ブルツリークはその日を境に、彼女のことしか考えられなくなっていきました。

 しかし、彼女は人ではありません。

 そう、≪星屑の女神≫と呼ばれる女神だったのです。

 女神と人間の恋は禁断で、決して赦されるべきではありませんが、二人はいつしか愛し合うようになっていきました。

 彼の国より北の方角に小さな泉があり、二人はそこで愛を語り合いました。

 その日々は、ブルツリークにとって幸せといえるべきものでした。

 彼はユリウスだけを愛しましたが、彼女は違いました。

女神は平等に人を愛さなくてはなりません。

 例外などあっていいはずではないのです。

 他に目を配るユリウスの姿を見ることが次第にブルツリークにとって辛いものになっていきました。

 そんなある日のことです。

 大きな戦争がおきました。

 ブルツリークもその戦争に参加することになり、ユリウスにそのことを伝えますと、

「あなたの星の糸は切れていません。だから大丈夫です」

 ブルツリークに口づけをし、そう口にしました。

 女神からの口づけは、加護の力が働いておりました。

 戦争は、ブルツリークの所属する国の大勝利でした。

 ブルツリークは、素晴らしい活躍を讃えられ、国王補佐にまで上り詰めることになりましたが、彼は国中から讃えられ、英雄と呼ばれるようなりました。

 英雄と呼ばれるようになったのも、国王補佐にまで上り詰めることが出来たのも、全てユリウスのお蔭でしたが、戦争後ちやほやされ、そのことをすっかり忘れてしまったのです。

 それどころがブルツリークは、ある恐ろしいことを考え付いてしまったのです。

 そう、英雄と呼ばれ続けていることは、女神にもっとも近づけるのではないかとかんがえました。だから、戦争にも必ず参加をし、多くの命を奪っていきました。

 そして、彼女の愛を受けている街や国々に対し、次々と破滅へ追い込んでいきました。

 すべては彼女の愛を受けるためでした。

「自分には女神がいるから」といい、傲慢、強欲、愚かな行動が身に余るようになっていき、それに心を痛めたのは、女神ユリアスです。

自分のせいで、関係のない人たちまで死に至らしめてしまった。

 自分のせいで、彼、ブルツリークは変わってしまった。

 ユリウスは、彼の考えていることは知りません。

 ただわかることは、ブルツリークが変わってしまったということだけでした。

 ユリウスは、涙を流し謝り続けました。

 そんな彼女を憐れんだ父が、ブルツリークを殺すことを告げました。

「あの男は、もう手遅れだ。お前が悪いとはいわない。だが、あの男をこのまま生かしておくのは危険だ。欲望のままこの世界を手にかけるのも時間の問題だから」

 ユリウスは、父の言葉に涙を流しました。

 嗚呼、自分があのような力を与えたばかりに、彼は殺されてしまう……

 たとえ、一時でもブルツリークは間違いなく彼女を愛し、彼女もまた彼を愛していたのです。

「なんとか助けられないかしら」

 ユリウスは、愚かな娘だと罵られても愛する人を助けたかったのです。

 そして、ユリウスは彼に逢いに行きました。

 彼は丁度、木を枕に眠っていました。

 戦争の後なのか、彼の銀色の髪にところどころ血が付着しており、鉄の匂いが辺り一面に漂っています。

「……ブルツリーク」

 ユリウスが名前を呼ぶと、紫色の瞳が彼女を写し出しました。

「あなたは、殺されます。それは逃れられない死です。星の糸はやがて切られことになるでしょう」

 淡々と告げた言葉にブルツリークは眉を顰めます。

「私は《星屑の女神》です。あなたに力を与えたのは、間違いでした」

「……女神様だったのか、ユリウスは」

「……ええ」

 久しぶりに逢った二人は、恋人のように甘い関係もなく、ただ裁く者と裁かれる者の関係でした。

「人じゃないとは思ってはいたが、まさか神様だったなんてな」

 くくっ、と自嘲気味な笑みを浮かべ、ユリウスを見つめる瞳は優しい色をしていました。

「俺はてっきり、地に落とされた天女だと思っていた。だから、俺も堕ちる真似をすれば、あんたと一生いられるかと思ったんだがね」

「なにを言って……」

 ブルツリークの言葉に目を見開き、息を呑みました。

 そう、ブルツリークは今もユリウスのこと愛していたのです。

 女神からの寵愛などには興味はありませんでした。

 英雄と持て囃され、地位も名誉もお金も手に入れることができましたが、たった一つ手に入れることのできなかったものがあります。

 それは、ユリウスでした。

 女神からの寵愛を受けることが出来ても、ブルツリークの心は満たされることはありませんでした。

 そこでブルツリークは考えたのです。

もし、彼女が地に落とされた天女ならば、自分も同じように穢れを引き受けようと。

 ですが、彼の行ったことは、ただユリウスを苦しめる行為にしか過ぎませんでした。

「あなたに殺されるなら、これ以上ない幸せだ」

 ふっ、と心の底からの笑顔をユリウスに見せ、目を閉じ、死を受け入れようとしましたが、いつまで経っても訪れない死に疑問を抱き、恐る恐る目を開けました。

「ユリウス?」

「あなたを手にかけるなんて……私にはできません。だから……」

 ユリウスが泣き笑いし、雪のように白い手をブルツリークに翳すと、銀色の光が彼を包みこみ、光が消えた後に残るのは、銀色の小さな花でした。

 彼女は、ブルツリークを殺す代わりに、花に姿を変えました。

 この場からたとえ逃がし切ることができても、神様からは決して逃げられません。

「……ブルツリーク、あなたはこの先もここでこの地を護っていって下さい。女神の加護つきですから、今度こそ大丈夫ですよね?」

 ふわり、と微笑み、彼女は天へと消えていきました≫


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