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自己暗示の異世界無双 〜信じ込めた力だけが、俺の武器になる〜  作者: あちゅ和尚


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第45話 底は、終わりじゃない

 古井戸の底を見る。


 言葉にすると簡単だった。


 だが、実際にやるとなると、ひどく嫌な響きになる。


 井戸は、穴だ。


 古い穴だ。


 水が枯れ、石組みが緩み、誰も使わなくなった穴。


 そこへ夜のうちに黒糸袋を返しに来させる。


 戻ろうとした者に、底を見せる。


 欠け指は、そう書いていた。


 俺は朝から、その言葉を何度も頭の中で転がしていた。


 戻る者には、底を見せろ。


 底。


 罰か。


 脅しか。


 見せしめか。


 それとも、借りを締め直すための仕掛けか。


 作業部屋の机には、昨夜ガルドが拾った木片束が置かれている。


 欠け指本人の外套から落ちたものだ。


 右足を引く男。


 咳をする男。


 袖口から見えた右手には、小指がなかった。


 欠け指本人。


 その手元から落ちた、裏帳面の一部。


 そこには、声、紙、置き、運び、瓶、未済、借り、倍といった刻みがあった。


 そして、人を指す特徴。


 名前ではない。


 だが、その人間を縛るには十分な印。


 片耳。


 赤靴。


 小背。


 灰桶。


 北馬屋。


 西壁。


 欠け指は、名前を書かずに人を縛っていた。


 だから、古井戸の底にも、名前ではない何かがある。


 そう思った。


「井戸の底へは、誰もすぐ降ろさないでください」


 俺は言った。


 ガルドが腕を組む。


「底を見るのに、降りずにどうする」


「まず、上から見ます。次に、道具を下ろします。最後に、本当に安全だとわかってからです」


 リーナが即座に頷いた。


「当然です」


 ガルドは少し不満そうだったが、反論はしなかった。


 昨夜、欠け指は白い粉を撒いた。


 刺激臭の瓶も使った。


 古井戸の底に、似たようなものが仕込まれていてもおかしくない。


 降りた者が目をやられる。


 石組みが崩れる。


 底板が抜ける。


 あるいは、上から蓋をされる。


 古い穴は、逃げ道が少ない。


 俺は戻り札に触れた。


 穴を見る。


 だが、穴に引っ張られるな。


【自己暗示候補:危険構造把握模倣】


【参照対象:物語内罠解除者群・救助指揮官群・坑道調査者群】


【適合率:35%】


【効果:崩落危険・空気滞留・偽床推定】


【警告:過集中】


 起動。


 頭の中で、井戸が線になる。


 縁。


 石組み。


 底。


 横穴。


 粉。


 紐。


 見えるはずのないものまで見ようとするな。


 見える範囲でいい。


 俺はゆっくり息を吐いた。


「井戸へ行く者は、口と目を布で覆う。水で湿らせた布がいいです。灯りは手で持たず、籠に入れて縄で下ろす。火が弱るなら空気が悪い。人は降りない」


 リーナがすぐ補足する。


「目を洗う水も用意してください。粉が出た場合、こすらないこと。布越しでも、直接触れないこと」


 セリアが書き取る。


 マルセルは帳面を閉じ、渋い顔で言った。


「井戸を見るだけで、えらい支度だな」


「見ただけで終わらない穴かもしれません」


「嫌な言い方をする」


「俺も嫌です」


 嫌だ。


 けれど、嫌だから雑にできない。


 欠け指は、人の嫌さを使う。


 面倒だから見ない。


 怖いから触らない。


 恥だから隠す。


 そういうところに、道を作る。


 なら、こちらは嫌でも見る。


 ただし、安全に。


     ◆


 北の古井戸へ向かったのは、昼前だった。


 俺は荷車に乗せられ、井戸から少し離れた場所に椅子を置かれた。


 リーナの目が厳しい。


「覗き込まないでください」


「はい」


「井戸縁へ近づかないでください」


「はい」


「立ち上がらないでください」


「はい」


「返事が軽いです」


「重くします。はい」


 リーナは納得していない顔だったが、それ以上は言わなかった。


 古井戸は、朝の光の中でも陰気だった。


 石組みは古く、縁の一部が欠けている。


 周囲の草は乾いていて、昨夜人が歩いた跡がいくつか残っていた。


 ガルドたちがまず周囲を確保する。


 祠の方。


 北馬屋の裏。


 保存肉屋へ続く路地。


 塩倉への道。


 全てに人を置く。


 井戸そのものには、まだ誰も近づかない。


 最初に下ろしたのは、小さな灯りだった。


 籠に入れ、縄でゆっくり井戸の中へ落としていく。


 灯りは揺れた。


 石壁を照らす。


 途中で一度、炎が細くなる。


 リーナが目を細めた。


「空気が悪い場所があります」


「横穴か、粉の溜まりかもしれません」


 籠はさらに下がる。


 底に近づく。


 灯りが照らしたのは、乾いた砂と、白っぽい塊だった。


 塩か。


 粉か。


 石か。


 上からではわからない。


 だが、底は妙に平らだった。


 古い井戸の底にしては、平らすぎる。


「底がきれいすぎます」


 俺は言った。


 ガルドが井戸を覗こうとして、リーナに止められた。


「布を」


「わかっている」


 ガルドは湿らせた布で口元を覆い、少しだけ縁から中を見た。


「平らだな。砂が敷いてある」


「井戸の底に、わざわざ砂を敷いた?」


 セリアが眉を寄せる。


「自然ではありませんね」


「偽底かもしれません」


 俺は言った。


 その言葉で、全員の動きが慎重になる。


 偽底。


 上から見れば底に見える。


 だが、乗れば抜ける。


 あるいは、袋を受け止めるだけの浅い底で、本当の底はさらに下。


 欠け指が「底を見せろ」と言ったなら、見せる底そのものが嘘でもおかしくない。


 次に下ろしたのは、石を括った縄だった。


 底へ軽く落とす。


 音がした。


 軽い。


 土や石の深い音ではない。


 板の上に砂を敷いたような、乾いた音。


 ガルドが低く言う。


「板か」


「たぶん」


 人を降ろさなくてよかった。


 俺は背中に冷たいものを感じた。


「鉤を下ろしてください。端を引っかけて、少しだけ持ち上げる。強く引かない。粉が出るかもしれません」


 領兵が長い鉤縄を下ろす。


 底の端を探る。


 一度、何かに引っかかった。


 ゆっくり引く。


 ぎしり、と音がした。


 次の瞬間、底の一部が崩れた。


 白い粉が、ぼふっと舞い上がる。


 灯りが大きく揺れた。


 井戸の縁にいた者たちが、一斉に後ろへ下がる。


 湿らせた布が役に立った。


 リーナがすぐ声を飛ばす。


「目をこすらない! 風上へ!」


 粉は井戸の中でしばらく舞った。


 もし、誰かが降りていたら。


 もし、底に足をかけていたら。


 目をやられ、足場を失い、穴の中で動けなくなっていた。


 欠け指は、やはり底に罠を置いていた。


 俺は戻り札を握った。


【危険構造把握:的中】


【警告:感情昂揚】


 喜ぶな。


 これは当たってよかったものじゃない。


 人が落ちなかっただけだ。


「まだ降りないでください」


 俺は言った。


「粉が落ち着くまで待つ。次は、底板を全部剥がさず、端から確認する」


 ガルドが頷く。


「わかった」


     ◆


 粉が落ち着くまで、かなり時間がかかった。


 その間に、井戸の周囲を調べる。


 縁の石に、細い擦れ跡があった。


 袋を何度も下ろした跡。


 それだけではない。


 井戸の内壁の途中、北側に小さな影が見える。


 灯りを揺らすと、その影はただの窪みではなかった。


 横穴だ。


 人が通れるほど広くはない。


 だが、腕と道具なら入る。


 鉤や棒を差し込めば、底に落ちた袋を引き寄せられる。


 ノルが地図を見ながら言った。


「北側って、祠の方や」


「祠とつながっている?」


「人は通れんと思う。でも、昔の水抜きか、塩運びの古い穴かもしれん」


 塩運びの祠。


 古井戸。


 横穴。


 つながった。


 欠け指は、古井戸に袋を投げ込ませる。


 戻ろうとした者に、袋を底へ捨てさせる。


 だが、袋は消えない。


 横穴から回収される。


 そして、その袋は裏帳面に戻る。


 未済。


 借り。


 倍。


 返したつもりの袋は、返したことにならない。


 むしろ、戻ろうとした証として使われる。


「底は終わりではありません」


 俺は言った。


「戻ろうとした人間を、もう一度縛る場所です」


 セリアの筆が止まった。


「返したはずの袋を、回収していた……」


「はい。底に捨てたと思わせて、横から拾う。だから、借りは消えない」


 マルセルが唇を歪める。


「悪趣味だな」


「はい」


 それだけではない。


 底板の上には、昨夜ベックが投げ込めなかったような袋が、何度も落とされたはずだ。


 それを横穴から回収する。


 あるいは、わざと一部を残しておく。


 次に戻りに来た者へ見せるために。


 お前だけではない。


 戻った者は皆、ここへ落ちた。


 そう思わせるために。


 サナが言った「底」も、これだったのかもしれない。


     ◆


 底板を少しずつ剥がすと、下から黒糸袋が出てきた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 数えるほどに、井戸の周囲が黙り込む。


 全てが新しいわけではない。


 古いものもある。


 袋の布が硬くなったもの。


 紐が傷んだもの。


 白点がかすれたもの。


 中には、塩が湿って固まっているものもあった。


 それだけ長く、この道が使われていた。


 ガルドたちは鉤で袋を一つずつ上げた。


 素手では触らない。


 布越しに受ける。


 袋は、特徴札箱と同じ扱いにする。


 セリアが数を記録する。


「黒糸袋、十七」


 十七。


 戻ろうとした者。


 失敗した者。


 怖くなった者。


 借りを返そうとした者。


 その数が、十七。


 もちろん、全員が善人とは限らない。


 中には、実際に危険な仕事をした者もいるだろう。


 だが、少なくとも、この袋は「戻ろうとした痕跡」でもある。


 それを欠け指は底へ沈め、また拾い、借りに変えた。


 袋の中には、木片が入っている。


 声、紙、置き、運び。


 未済。


 借り。


 倍。


 それだけではない。


 一部には、新しい刻みがあった。


 底済。


「底済?」


 セリアが読む。


 嫌な言葉だった。


 底を見せた。


 底に落とした。


 戻ろうとしたことを確認した。


 そして、借りを消すどころか、さらに縛る。


 そういう印だろう。


 ミゲルに照合させる必要がある。


 だが、意味はほぼ見えている。


「底済は、公表しないでください」


 俺は言った。


「なぜですか」


 マルセルが聞く。


「戻ろうとした人たちを晒すことになる。特徴が入っています。名前がなくても、誰かわかる人がいる」


 セリアが頷く。


「特徴札箱へ」


「はい。名紙箱と同じ扱いで」


 人を指すものは重い。


 井戸の底から出た袋も同じだ。


 証拠であり、救いの入口でもあり、危険な刃でもある。


 扱いを間違えれば、欠け指と同じになる。


     ◆


 古井戸の横穴は、祠の裏へ続いていた。


 人が通る道ではない。


 だが、細い鉤棒なら通せる。


 祠の裏石を外すと、そこに古い鉄の鉤と、麻縄、布包みが隠されていた。


 布包みの中には、目潰し粉の小袋。


 刺激臭の瓶。


 そして、細い木札。


 戻る者は、底を見た。


 底を見た者は、二度沈む。


 リーナがその文字を見て、顔をしかめた。


「最低ですね」


「はい」


 珍しく、彼女の言葉が直線だった。


 二度沈む。


 一度目は、塩の借り。


 二度目は、戻ろうとした弱み。


 欠け指は、戻る行為そのものを弱みに変えていた。


 それなら、戻る者はますます戻れなくなる。


 だから、こちらは逆にしなければならない。


 戻ったことを、弱みにしない。


 戻ったことを、道にする。


「黒糸返し札を広げます」


 俺は言った。


「今すぐに」


 マルセルが驚いた顔をする。


「まだ袋の確認が終わっていない」


「終わる前に出します。今日、井戸の底が見つかったことだけ伝える。詳細は出さない。黒糸袋は、井戸へ投げるな。ギルドへ持ってこい。戻った者を底へ沈めない、と」


 セリアがすぐ筆を取った。


 掲示文。


 黒糸袋を井戸へ投げるな。


 白い点や黒糸の袋は、ギルドへ。


 危険な仕事をする前なら、まず止める。


 やったことは記録する。


 ただし、戻る道を閉じない。


 古井戸は安全確認中。


 近づくな。


 責めるためではなく、止めるために。


 もう一文、俺は足した。


「戻ったことを、弱みにしない」


 セリアの筆が一瞬止まり、それからゆっくり動いた。


 戻ったことを、弱みにしない。


 それが今日の言葉だ。


     ◆


 掲示を出すと、反応は早かった。


 最初に来たのは、北馬屋の痩せた少年だった。


 黒糸ではない。


 白点一つの塩袋。


 借り付けの袋。


 彼は何も言わず、受付の前に置いた。


 手が震えていた。


 ノルが前に出た。


「ここで終わりにできる。名前は、言えるなら言え。嫌なら仮名でええ」


 少年は小さく言った。


「ルカ」


「仮名か?」


「……本当」


「わかった。ルカ。何を頼まれた」


「明日の朝、薬師診療所の前で泣けって。薬がもらえなかったって言えって」


 また薬師だ。


 欠け指はまだ諦めていない。


 リーナが静かに息を吐いた。


 怒りを抑えている。


 俺も同じだった。


「言わなくていい」


 俺は言った。


「その袋はここで止めます。今日食べていないなら、先飯を出します。その後、できるなら見守りつきの軽い仕事を」


 ルカはうつむいたまま、頷いた。


 次に来たのは、老婆だった。


 昨夜、袋を運ばされた老婆ではない。


 別の老婆だ。


 彼女は白点横の袋を持っていた。


 紙貼りの仕事。


 その次に来たのは、若い女。


 白点上。


 噂仕事。


 皆、井戸の底の話を聞いて来たわけではない。


 むしろ、井戸へ行くのが怖くなって来たのだろう。


 それでいい。


 怖さの向きが変わった。


 欠け指の底へ向かう怖さではなく、ギルドへ戻る勇気に近い怖さへ。


 黒糸返し札の受付には、名紙箱と特徴札箱が並べられた。


 名前も特徴も晒さない。


 だが、記録はする。


 やったことは消えない。


 ただし、戻る道も消さない。


 これが難しい。


 甘くしすぎれば、悪用される。


 厳しすぎれば、誰も戻らない。


 その間に道を敷く。


 俺たちは今、その細い線の上にいる。


     ◆


 夕方、ミゲルの照合で「底済」の意味がわかった。


 やはり、戻ろうとした者を再縛りする印だった。


 黒糸袋を井戸へ投げた者。


 あるいは、井戸へ持っていった者。


 その者は「底を見た」と扱われる。


 以後、借りは倍。


 断れば、戻ろうとしたことを周囲へ漏らす。


 家族に知らせる。


 雇い主に知らせる。


 そう脅す。


 戻る行為そのものが、次の鎖になっていた。


「だから、誰も抜けられなかったのか」


 ノルが低く言った。


 彼の声には怒りがあった。


 自分がその道に落ちかけたからこそ、わかるのだろう。


「黒糸返し札、もっと目立つところに貼ろう」


「貼ります」


 俺は頷いた。


「でも、符丁の詳しい意味は出しません。欠け指側に変えられる」


「わかってる」


「戻った人の名前も特徴も出しません」


「それもわかってる」


 ノルは拳を握ったまま、息を吐いた。


「俺、説明する。戻ったことは弱みにならんって」


「お願いします」


 彼が言うと、届く相手がいる。


 俺よりも、ガルドよりも、リーナよりも。


 黒い輪の近くまで行ったノルだから言える言葉がある。


 それは使うべき力だ。


 ただし、背負わせすぎないように。


「無理はしないでください」


 俺が言うと、ノルは苦笑した。


「それ、あんたが言うんか」


「俺が言うから重いんです」


「ほんまかいな」


 少しだけ、空気が緩んだ。


     ◆


 古井戸の底から、もう一つ見つかったものがあった。


 黒糸袋とは別に、小さな木箱。


 底板のさらに下、石の隙間に押し込まれていた。


 中には、乾いた土と、古い木札。


 木札には、切れた鎖の印。


 そして、地名が一つ。


 旧北門下道。


 ノルが顔を上げた。


「旧北門下道……昔の荷抜き道や。今は塞がってるって聞いた」


 マルセルが眉を寄せる。


「塩の古道か」


「たぶん」


 古井戸。


 祠。


 塩倉。


 保存肉屋。


 旧北門下道。


 乾いた道の輪が、さらに外へ伸びる。


 欠け指の逃げ道か。


 塩を隠す道か。


 裏仕事の集合場所か。


 まだわからない。


 だが、底は終わりではなかった。


 底のさらに下に、道があった。


「次は旧北門下道ですね」


 俺は言った。


 ガルドが頷く。


「今度こそ、踏み込むか」


「急ぎません。古い道なら崩れる。粉もある。罠もある。まず入口と出口を確認します」


「また面倒なことを言う」


「穴で急ぐと死にます」


 ガルドは、今度は否定しなかった。


 今日、井戸底の偽板と粉を見たからだ。


 危ない場所で急ぐ者から死ぬ。


 前の世界でも、それは同じだった。


     ◆


 夜。


 下宿へ戻ると、身体より頭が重かった。


 井戸へは降りていない。


 走ってもいない。


 戦ってもいない。


 それでも疲れている。


 底という言葉に、ずっと引っ張られていたせいだろう。


 底を見せる。


 二度沈む。


 底済。


 嫌な言葉ばかりだった。


 だから、戻り札に今日の言葉を足す。


「俺はアスト。役割は運び手。戦闘も推理も解析も目的じゃない。道を守る手段。情報も荷。善意も荷。礼も荷。人は荷じゃない。名は奪うものじゃない。特徴も人を縛る。借りは人を運ばせる。返す袋は、戻る道に変えられる。戻ったことを、弱みにしない。使ったら戻る」


【戻り札:有効】


【自己固定率:96%】


【危険構造把握残滓:低下】


【状態:疲労大・安定】


 戻ったことを、弱みにしない。


 今日の言葉だ。


 欠け指は、戻ろうとした者をもう一度沈めた。


 井戸の底へ袋を落とさせ、横穴から拾い、借りを倍にした。


 底を見たことを、弱みにした。


 こちらは逆にする。


 袋を持って戻った者を、底へ落とさない。


 やったことは記録する。


 でも、戻る道は閉じない。


 古井戸の底は、終わりではなかった。


 偽底があり、横穴があり、旧北門下道へ続く手がかりがあった。


 欠け指の道は、まだ続いている。


 だが、こちらも道を伸ばしている。


 黒糸返し札。


 特徴札箱。


 仮仕事札の階段。


 先飯。


 戻ったことを弱みにしない掲示。


 一つ一つは細い。


 それでも、底へ沈む道に対抗するには、上へ戻る道を作るしかない。


 俺は目を閉じた。


 信じ込めた力だけが、俺の武器になる。


 なら今夜は、こう信じる。


 俺は、底を終わりにしない。


 落とされた袋も、沈められた借りも、横から拾われた弱みも、もう一度たどり直せる。


 次は旧北門下道。


 底の下に続く、欠け指の乾いた道を見る。


第45話─了

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