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終章:静かなる双星の余光

 王都の春は、相変わらず美しかった。

 だがその色は、かつてよりもずっと柔らかく、どこか優しかった。

 それは、この国が歩んできた時間の証でもあった。


 ――そして、その時間を形作った二人の女性もまた、静かにその終わりへと歩みを進めていた。



 王宮の一角、陽のよく入る静かな部屋。

 大きな窓のそばに、二つの椅子が並べられている。


「……今年も、きれいに咲きましたね」

 白髪をやわらかくまとめたマリアンヌが、庭を見つめて微笑んだ。


 その隣で、エリシアもゆっくりと頷く。

「ええ。毎年見ているはずなのに、不思議と飽きないものね」


 かつて鋭く輝いていたその瞳は、今では穏やかな光を宿している。


 長い年月が、二人の表情から角を取り、代わりに深い静けさを与えていた。


 窓の外では、若い官吏たちが忙しそうに行き交っている。

 その姿は、どこか昔の自分たちを思わせた。


「……皆、立派になりましたね」

 マリアンヌが呟く。


「ええ」

 エリシアは微笑む。


「もう、私たちがいなくても大丈夫」

 その言葉は、寂しさではなく、確かな安堵を含んでいた。

 かつて二人が築いた制度、価値観、人の流れ。

 それらはすでに国の“当たり前”となり、誰か一人に依存するものではなくなっている。

 それこそが、彼女たちの望んだ形だった。


「……ずいぶんと、長い道のりでしたね」

「本当に」


 ふと、二人は顔を見合わせる。

 そして、どちらともなく笑った。


「最初に会った日のこと、覚えていますか?」

 マリアンヌが尋ねる。


「もちろん」

 エリシアは即答した。


「大広間で、震えていたあなたのことを」

「もう……忘れてください」

「無理ね。あれがなければ、今のあなたはいないもの」

 からかうような声に、マリアンヌは小さく頬を膨らませる。


「……エリシア様こそ、あのときはずいぶん冷静でした」

「内心では、かなり怒っていたのよ?」

「そうだったのですか?」

「ええ。でも――」


 エリシアは少しだけ目を細めた。


「あなたを見て、すぐに分かったの」

「何がですか?」

「この子は、敵ではないって」

 マリアンヌは、驚いたように目を見開いた。


 そして、ゆっくりと笑う。

「……私もです」

「え?」

「あのとき、怖くて仕方なかったのに……エリシア様を見た瞬間、“この方は信じていい”って、なぜか思えたんです」


 静かな沈黙が流れる。

 それは気まずさではなく、ただ満ち足りた時間だった。


「……不思議ね」


「ええ」


 二人は、同じ方向を見たまま、そっと息をつく。

 外では、春の風が花びらを運んでいた。


「皆が、私たちのことをいろいろ言っているようです」

 マリアンヌがふと思い出したように言う。

「“国を変えた二人”とか、“歴史に名を残す偉人”とか」

「大げさね」

 エリシアは肩をすくめた。


「そうですね」

 マリアンヌもくすりと笑う。

「私たちはただ、目の前のことをやってきただけですもの」


「ええ。本当に」

 少し間を置いて、エリシアが続ける。


「それに――」

「それに?」

「一人だったら、ここまでは来られなかったわ」


 その言葉に、マリアンヌはゆっくりと頷いた。

「私も同じです」

 彼女はそっと手を伸ばし、エリシアの手に触れる。

 長い年月を共に過ごした手は、どちらも皺が増え、細くなっていた。

 だが、その温もりは変わらない。




「……楽しかったですね」


 マリアンヌが言う。




「ええ」


 エリシアは答える。


「とても」





「大変なことも、たくさんありましたけど」





「それも含めてね」






 二人は、穏やかに微笑み合う。


 その笑顔は、若い頃と何も変わらなかった。


 やがて、静かな時間がゆっくりと流れていく。


 言葉は少なくなり、代わりに、ただ隣にいるという事実だけが残る。


 それで十分だった。


 窓の外では、新しい時代が確かに動いている。


 だがこの部屋の中には、もう急ぐものは何もない。





「……エリシア様」





「なあに、マリアンヌ」





「来世でも……また、ご一緒できますか?」





 少しだけ、いたずらっぽい声音だった。


 エリシアは目を閉じ、ほんの少し考えるふりをする。


 そして――





「ええ。きっと」


 と、静かに答えた。





「またどこかで出会って、同じように笑っているわ」



 マリアンヌは、安心したように目を細めた。





「それなら、楽しみですね」






 やがて。

 春の光が、やわらかく二人を包む。

 その中で、二つの命は、静かに、穏やかに――

 長い旅路の終わりへとたどり着く。

 多くの人々に惜しまれ、語り継がれながら。



 けれど本人たちは、そんなことにはほとんど頓着せず。

 ただ最後まで――


 互いの存在を、信頼し、慈しみ、楽しんでいた。


 それが、彼女たちにとってのすべてだったから。


 王都の春は、今日も咲き続ける。


 その花の中に、確かに残るものがある。


 それは、権力でも名声でもない。


 二人の女性が紡いだ――


 静かで、確かな、信頼と友愛の軌跡であった。

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