第1話:その婚約破棄、前提が違います
この作品は生成AIを使用して作成しています
「エリシア、君との婚約は破棄する」
――やはり来た。
そう思ったのは、私だけだっただろう。
王宮の大広間は、水を打ったように静まり返っていた。
彼は、いつもの穏やかな微笑みを浮かべたまま、確信に満ちた声音で続ける。
「理由は明白だ。君はマリアンヌ嬢に対し、陰湿な嫌がらせを繰り返していた」
ざわめきが広がる。
私は一歩も引かず、ただ静かに答えた。
「いいえ。まったく心当たりがございません」
即答。
空気が、わずかに揺れる。
動揺していない――それだけで、流れが止まる。
「強情だな」
彼は小さく笑い、手を掲げた。
控えていた侍従が、書類の束を差し出す。
「証言書だ。複数の侍女が、君の行為を証言している」
差し出された羊皮紙。
視線だけで追う。
――整っている。
筆跡も、内容も、矛盾は見当たらない。
(よく準備したものね)
杜撰ではない。
だからこそ厄介だ。
「さらに――」
彼は続ける。
「マリアンヌ嬢の私物に、君の紋章入りの品が紛れ込んでいた」
証拠品が示される。
確かに、公爵家の紋章。
場の空気が、じわりと傾く。
――だが。
(まだ、足りない)
私はゆっくりと視線を上げた。
そして――
彼の隣に立つ少女を見る。
男爵令嬢マリアンヌ。
その顔は、血の気が引いていた。
勝ち誇るでも、怒るでもない。
ただ、困惑している。
(……やはり)
この子は、知らない。
ならば――
切り崩す場所は決まった。
「ひとつ、確認をよろしいでしょうか」
「……何だ」
わずかに警戒が混じる。
「マリアンヌ嬢は、あなたの“本来の立場”をご存じなのですか?」
一瞬。
本当に一瞬だけ、沈黙が生まれた。
彼はすぐに笑みを作る。
「当然だろう。何を――」
「では」
私はその言葉を遮り、マリアンヌに向き直る。
「あなたは、この方がどなたか、ご存じですか?」
「……え……?」
戸惑い。
周囲の視線が一斉に彼女へと集まる。
「その……地方の……男爵家の、ご子息で……」
ざわめきが爆発した。
「……今、何と?」
「男爵……?」
貴族たちの顔色が変わる。
彼の表情も、初めて揺らいだ。
「それが答えです」
私は静かに言った。
「この方は、ご自身の身分を偽っていらした」
「黙れ!」
鋭い声。
だがもう遅い。
ざわめきは止まらない。
「証拠はございます」
一枚の書簡を差し出す。
「王宮外で“男爵令息”として活動されていた記録。商会との取引履歴も確認済みです」
誰かが息を呑む。
ここで初めて、「あり得ない」という認識が広がる。
――なぜ王宮にいる人物が、そんな真似を?
「さらに、こちらの証言書」
先ほどの書類を指す。
「提出経路がすべて同一人物に集中しています。つまり、意図的に集められたもの」
侍女の一人が震え出す。
「“用意された証言”です」
「……っ」
沈黙。
やがて。
「……申し訳ありません……」
一人が崩れ落ちた。
「命じられて……」
場の空気が決定的に変わる。
疑いの矛先が、完全に移る。
そして――
王子は言葉を失う。
マリアンヌは震えていた。
「……アル様……私……」
「違う、これは――!」
「……アル様…どうして……」
マリアンヌが呟く。
「私は……ただ……あなたを信じて……」
その声には、かすかな嗚咽が混じっていた。
エリシアはゆっくりと彼女に歩み寄る。
「ええ、分かっております」
「……え?」
「あなたの行動は、すべて調べましたもの。誰かを貶めるようなことは、一度もなさっていない」
マリアンヌの瞳から、ぽろりと涙がこぼれた。
「でも……私は……」
「騙された側に、罪はありませんわ」
エリシアはそっとハンカチを差し出した。
「悪いのは、真実を隠し、他人を利用した者です」
マリアンヌは震える手でそれを受け取り、顔を覆った。
王子は何かを言おうとしたが、すでに誰も耳を貸さなかった。
そのとき、玉座の上から、重々しい声が響いた。
「――アルフォンス」
国王である。
「事の次第、すべて聞いた」
王子はびくりと肩を震わせる。
「婚約者を欺き、無実の罪を着せ、さらには身分を偽って他家の令嬢を誑かした。その責、軽くはない」
「ち、父上……私は……」
「言い訳は聞かぬ」
冷徹な一言。
「お前は王太子の資格を剥奪する」
会場がどよめく。
「そして、当面は領地へ下り、謹慎せよ」
「そんな……!」
王子は崩れ落ちた。
すべてが終わった瞬間だった。
その後、場は急速に収束していった。
王子は連れ去られ、証拠は回収され、貴族たちは口々に今回の愚行を非難した。
すべてが終わった。
人々がざわめきながら散っていく中。
「……エリシア様……」
か細い声。
振り向くと、マリアンヌが立っていた。
「私は……何も知らず……」
「ええ」
私は頷く。
「あなたは、騙されていたのです」
その言葉に、彼女の目に涙が浮かぶ。
「……どうして……信じてくださるのですか……」
少しだけ考えてから、答える。
「あなたの目を見れば分かります」
「……」
「嘘をついている人の目ではない」
彼女は、はっと息を呑んだ。
「もしよろしければ」
私は手を差し出す。
「我が家にいらっしゃいませんか?」
「……え?」
「あなたの誠実さは、価値があります」
しばらく迷った後、彼女はその手を取った。
「……はい……」
その瞬間。
ただの婚約破棄は終わった。
そして――
すべてが、ここから変わっていく。




