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第5話 正体


「私がいれば、大丈夫なんだから」

「あなたは私がいれば大丈夫」

「あなたには私がいればいいんだから」

「だからそばにいて、離れないで」

「ずっとずっと一緒にいましょう」


 子供のように泣きわめく私を抱きしめて、彼女はずっと言葉を投げかける。

 染み込むように、擦り込むように。その言葉はずたずたに引き裂かれていた心の隅々にまでひろがり、柔らかな絹のように包んでくれる。

「本当にそばにいてくれる?」

「いるわよ」

「ずっと一緒?」

「ずうっと一緒に」

「私のためになんだってしてくれるって言った」

「言ったわ。なんでもするし、なんでもできるわ」

「じゃあなんで」

 私は、彼女の鞄に手を伸ばす。

「なんでこんなことしたの」

 彼女の鞄の中に、見覚えのある紐が見えた。あのお守りの紐だ。肌身離さず持っていられるように、首から下げていられるように付けた長い紐。それをにぎりしめて引きずり出す。やっぱりそこには、あの時貰ったお守りがくっついていた。

「これは……。借りたのよ、あとで返そうと思ったの」

「一年間肌身離さず持ってるように言われたの知ってるでしょう!」

 お守りをぐっと握りしめる。と、なんだか違和感を覚える。お守りが何かおかしい。探ってみると、中にあった厚みが無くなっている。彼女の顔を見上げる。

「なにをしたの……。なにが入ってたの!」

「別に、ただの木っ端よ。ゴミみたいだったけど、やっぱり本物だったのかしら」

「なんで、こんなことを……」

「だってあなた、だってあなたねえ! 私を頼ってくれたじゃない!」

 彼女が立ち上がり叫ぶ。黒々とした目を見開き、長い髪を振り乱す。

「あれがいる間、ずっと私を頼ってくれてたわ! 私の傍にいてくれた! 私、本当に幸せだったのよ! あなたはそうじゃなかったの!?」

「幸せ……幸せだけどそれじゃあ何にもならないじゃない。私はあなたとずっと一緒に入られない。その間ずっとあれに耐えろっていうの?」

「ずっと一緒にいればいいじゃないのよう……。なんで……」

 激昂していた彼女は、肩で息をしながらもだんだんと落ち着いたようになり、俯いたまま黙ってしまった。やがてぼそぼそとなにか呟きだす。

「……かん……だった……わ」

「え、」

「不完全だったわ。あの呪い。あなたにあれを取り憑かせた呪い」

「なに、言ってるの」

 呪い? 彼女が? ……私を呪った……?

「あの男よ、あなたのクラスメイトよ。あなたのことが好きだったから、私、大っ嫌いだったの。あなたがあいつのことを気にかけなくったって」

「……そいつになにしたの」

「山に連れて行ったの。私とあなたで遊びに行くからって誘って。あの男、本当に馬鹿みたい。ほいほい引っ掛かって、のんきについて来て。だから私、殺してやったの」

「殺したって……そいつは……?」

「知らないわ。川に流したのだけれど、見つかってないってことはきっとどこかに引っ掛かっているのかしら」

 きっとぶくぶくに膨れ上がっているんじゃないかしら。そう言いながら彼女は私を見おろす。こんなに美しいのに、輝いているのに、いまはもう、化け物にしか見えなかった。

「それで、あなた、私をどうするの。あなたをひどい目に合わせた私を、殺す?」

 私は、目をつむる。化け物を目の前にして。それでも彼女は何もしてこなかった。ただ一定の距離を保って、私を見つめているようだった。

 私はぐっと引き結んでいた乾いた唇を舐めて、喉奥から絞り出す。

「出て行って。もう二度と近づかないで」

「それでいいの?」

「彼を連れて行ってくれるなら、そうして」

 彼女は少し上を見た。見ながら目をつむり、そっと笑みを浮かべうつむいた。

「……できる。わね。私には」

 そしてポケットから小さなメダルを取り出した。円と細かく区切られた四角が並んだ模様。その中には虫がのたくったような跡が刻まれていた。

「魔除けよ。あいつを避けるのに使えるわ」

「……これを持っていたから、そばにいるときあの音が聞こえなかったんだね」

「そうね。私は、特別でも何でもない。ただの女だから」

「…………」

「さようなら」

 そう言って彼女は歩きだす。私は座り込んだまま、手にメダルをにぎりしめ、彼女が部屋を出るのを待つ。部屋を出た彼女はそのまま玄関へと向かい、お母さんと二三言話してこの家を出ていった。

 私はようやく窓から顔をのぞかせて、彼女の後姿を見送る。彼女は振り返ることなく、去って行った。

 どっと疲れた。

 起きていたくなかった。


 あれから数日たっても、彼女は私のもとへ来ない。私の言ったあの言葉を守っているのだろう。

 それから学校が始まったからも、私は誰に目をむけることなく、見分けのつかない有象無象と学校生活を送る。行方不明の彼はいまだ見つからず、死んだことを私たちだけが知っている。それを、誰かに伝えるつもりは、私にはない。

 私にとって大切なのはたった一人だった。たった一人、だった。

 最後にその一人を守れたのなら、なんて。馬鹿なことを考え続けている。


 終

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