魔女の使命
昨日のカレーは美味しかった。とても美味しかった。最初の世界とあまり変わりはなかった。
ちなみに、感想をそのままソラーネに伝えたらあっそ、といった感じで流されてしまった。
それから、何週間かが経過した。時計やカレンダーがないため、時間がよくわからない。
「おいおい、違うだろ。こうだって」
「はい!…こうって?」
現在、マロナ様による魔法の使い方講座の最中だ。しかし、まったく魔法が使えない。
いわく、杖を持ってやりたいことを想像したらできる。らしい。
「ファイヤー!」
「違う!」
「フレア!」
「違う!」
「メ…」
「違うだろ!」
彼女の魔法による、遠距離近接攻撃、拳骨をくらった。初めて拳骨、どころか暴力を受けたため、痛みに耐えられず、のたうちまわった。
「まったく才能がないな。教え甲斐がない」
「…すみません」
「まあいい。いずれできるようになるだろう。今日はもう飯にしよう」
「今日は何ですか?」
「ふふ。ナンだ」
ナンはこっちの世界にもあるようだ。パンがあったし可能だろう。だが、ナンは当然カレーと食べる。つまり、今日もカレーだ。
文句は言えない。が、朝も昼もカレーだった。どんだけ作ったんだ。と言いたくなるのは仕方ないだろう。
「今日のカレーは一味違う。このマロナ様の手作りだ!」
「おー!」
「…そう、ですか」
俺は楽しみだったが、ソラーネの反応でわかってしまった。マロナ様は、料理が下手だ。
「ほらほら。遠慮せずに食べるといい」
「いただきます」
「…いただきます」
やはりソラーネは食べたくないらしい。
とはいえ、食べてみなければわからない。ナンをちぎって、カレーにつけて口に運ぶ。そして、思いっきり放り込む。
「くちゃむしゃ」
「……」
不味い。ナンは美味い。カレーは不味い。ソラーネもこちらを見て、だろ?と目で言っている。
まあ、完食はしたが。食べ物は粗末にできないし、折角の手料理なのだから食べなきゃ損だ。
もう二度と食べたくないが。
「不味いか。そうか。ソラーネの味覚がおかしいだけだと思っていたが、違うらしい」
「あはは…レシピとか、無いんです?」
「レシピ通りにやっているんだがな」
「ある意味でも、マロナ様は天才です」
「天才だあ」
「…」
確かに。レシピ通りにやって失敗するのはある意味では天才的だと言える。
「さあてと。心、魔法の練習だ。今度は実践だぞ」
「いや、まだ魔法使えな…」
「私の魔法を直に受ける訓練だ。良いだろお」
「死んじゃいますって!」
「大丈夫だ。蘇生の魔法くらいある」
「んな!?」
「…御愁傷様です」
彼女は合掌した。マロナ様がそこまでするとは思えないが、恐怖はある。
結局死にはしなかったが、服も身体もボロボロにされてしまった。ついでに心も。
「やっぱり、雑魚だな。フッ」
少しだけ悔しいから、今は魔法の練習をしている。杖を構え、身体の魔力を集中させる。まったく魔法が使えない。魔力は感じる。操ることができないから、無いのと一緒だ。
「なあ。お前、前から思っていたが、ソラーネのことが好きなのか?」
「へやぁ!?な、ななな何を!?」
「一目惚れ、というやつか。初めて会ったときからずっと顔を赤くして、耳まで真っ赤で、わかりやすかったぞ」
「そ、そんなことは…ありますけど」
「応援するから頑張れよ〜?ソラーネは厳しいぞ」
「はい!頑張ります!」
これが恋なのは、なんとなく分かる。人生初の恋。あんなに人を魅力的だと思ったのも、目を釘付けにされたのも、ソラーネが初めてだったから。
深夜、俺は杖を持って、外に出た。魔法の練習のためだ。杖を振り、魔力を込める。
何度か試してみてわかったことは、才能がない、ということだ。魔力を感じることはできるが、魔法の才能はない。
ただ、不可能ではない。先程から、杖の先が微妙に光っている。この調子ならいつかはビーム的なものが撃てるようになるだろう。
休憩しようと、集中をやめると、疲れを感じる。もうヘロヘロだ。
「はい。お水です」
「ああ。ありがとう。てっきり、ずっと見ているだけかと」
「…バレてましたか」
「バレてました」
集中していると魔力の位置がわかるようになった。彼女がプレッシャーになって、練習時間も伸びた。
「よく練習できますね」
「俺、努力は得意だから」
「そうですか。私は魔法の才能があったので、よくわかりません」
「いいなあ。魔法使えるの」
「ちなみに、どんな魔法の練習をしているんですか?」
「ビームを撃つ魔法」
「初心者向けの攻撃魔法…小学生はみんなできますよ」
「言わなくて良いじゃん」
異世界人とこの世界の人間とでは才能の差があるのかもしれない。
「ビームを撃って、何になるんです?」
「え?」
「別に、戦う目的もないでしょう。できるだけ、戦わないほうが、きっと幸せです」
彼女はそう呟いて、去っていった。入れ替わるようにマロナ様が来た。
「どうかしました?」
「…ソラーネは、家族を殺されたんだ。その復讐のために、彼女は魔法を練習している。人間を嫌うのも、そのためだ」
「マロナ様は、人間じゃないんですよね」
「ああ。魔力を強く感じるだろう?つまり、魔物の一種だ」
「ですか」
「ああ」
薄々察していた。ソラーネから感じる魔力とはまったく違う魔力を持っていたから。
「戦いなんて、しない方がいい。だから、練習するなら、これを練習しろ」
そう言って、杖を振り上げた。すると夜空にいくつかの星が浮かび上がった。強い光を放っていて、魔力を感じた。
「綺麗だろ。私とソラーネが一番好きな魔法だ」
「綺麗、ですね」
「一つくらいならできるんじゃないか?」
「やってみます」
杖を構えて、振り上げた。強く光る星を思い浮かべた。美しい星を。
「できた!見ました?見ましたよね!」
「ええ。綺麗ですね」
「へ?」
横にいたのは、ソラーネだった。喜びから、魔力を感じることを忘れていた。
「本当に、綺麗」
彼女の質問を思い出す。戦う目的はない。きっとない。戦わないほうが、絶対に幸せだと思う。
異世界だから、特別な要素があるから、と戦いを求めていたことを反省する。戦う必要がないのに戦いを求めるのは、ソラーネのような人に失礼だった。
でも、俺には戦う理由ができた。ソラーネに恋をしたから。ソラーネが早く戦いを終えて、幸せになれるように、俺は戦う。
だってこんなにも、ソラーネの笑顔は美しい。星が霞んで見えるくらいに。
「ソラーネは?」
「戦いに行った」
とある朝。ソラーネがいなくなった。マロナ様に聞くと、戦いに行ったらしい。
おそらく、復讐のことだろう。
「どこに?」
「魔王の城だ」
「つまり?」
「魔王を殺す。それがソラーネという魔女の使命だ」
魔王。
なにそれめっちゃ異世界じゃん。